やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 部員の押しに負けて、滝先生を呼んで帰ってきた小笠原先輩はやはり困った顔をしていた。

 

 「思ったよりも早かったですね」

 

 そんな部長の隣で、滝先生は爽やかな笑顔で暢気なことを言っている。

 二人の反応は対照的だが、それぞれの席に座る部員達の反応も二極化している。方や何の不安もなさそうで、方やその逆。前半は二年生以上に多く、後半は一年生が多いという印象。流石、先輩方。さぞや乗り越えてきた場数が多い故の自信なんでしょうなあ。

 

 「それじゃあチューニングをします」

 

 小笠原先輩がチューナーを持って周波数を測る。合図を区切りに、教室に管楽器のB♭の音が響いた。

 高校から吹奏楽を始めた初心者は、今回の合奏に加わらず聞いているだけだ。楽器に触れてから間もなく、吹くことすらままならないので仕方がない。初めて見る合奏前のチューニングに興味を持って、キョロキョロとしている一年生達の様子が見ていて初々しいからか、緊張していた小笠原先輩が少しだけ微笑んだ。

 

 「いい?先生、よろしくお願いします」

 

 「では、皆さん。今日が初めての合奏になりますね。よろしくお願いします。では、最初から一度通してやってみましょうか」

 

 小笠原先輩と入れ替わって、壇上に上がった先生の手が上がる。それと同時に俺は軽く息を吸い、マウスピースに唇をつけた。いよいよだ。

 

 「…3、4」

 

 演奏が始まる。

 明るい雰囲気の楽曲。耳に馴染むメロディーを紡ぐために、それぞれが音を出す。

 だが、それは決して合奏と言える代物ではない。指揮と全く合っていない。ミスやズレ。

 

 「はい、そこまで」

 

 演奏が止まったときに安心してしまったのは、開放感からだったかも知れない。多くの一年生が俯いているのが見えた。

 

 「何ですか、これ?」

 

 滝の言葉は冷たかった。

 笑顔が怖い。普段笑っている人が怒ると怖いと言うが、そういうのとはまた違う気がする。

 

 「部長。私、言いましたよね?合奏できるクオリティになったら呼んで下さいって」

 

 「すみません…」

 

 「皆さん、合奏って何だと思います?」

 

 その質問に答える生徒は誰もいない。

 

 「では塚本君」

 

 「ああ、はい。ええと…」

 

 当てられた塚本という生徒はトロンボーンのひょろっとした男子だった。急に当てられたこともあって困惑しているが、気持ちは凄く分かる。

 あぶねえ、良かった。こんなところで絶対当たりたくねえ。

 とは言え、俺はステルスヒッキーの異名を持つ。まるでレーダーに感知されないミサイルのように、誰にも気が付かれないのは得意だ。

 

 「みんなで音を合わせて演奏すること、ですか?」

 

 「そうですね。しかし、各パートあまりに欠陥が多くて、これでは合奏になりません。あなたたちは今日まで一体何をしていたんですか?」

 

 「ちゃんと練習やってました!毎日みんなで音合わせて」

 

 「っていうか、どこがダメだか具体的に言ってくれないと分かりません」

 

 塚本を庇うように声の上がったトロンボーンパートからの反撃に、滝先生は変わらず笑顔のままだった。まるで張り付いているかのような笑顔が、どこか仮面のようにも見える。

 

 「そうですか。わかりました。トロンボーンの皆さんは、このメトロノームに合わせて最初から吹いて下さい」

 

 カチカチ、と響くメトロノームの音。それに合わせて吹き始めるトロンボーンパート。

 多くの部員達の前で緊張してることもあるのかもしれない。だが、何よりやはり練習不足なのだ。呼吸のタイミングや音を切るタイミングが全く合っていない。

 やたら大きく聞こえるメトロノームの音が何かを宣告するカウントダウンに思えた。

 

 「はい、そこまで。皆さん、この演奏を聞いて良いと思った人?」

 

 こんなの上げられる分けねえだろ。あらかじめ答えが出ているような質問だ。

 

 「良くないと思った人?」

 

 部員達の手が上がる。ぱらぱらと上がったその手は、まるで多数決の時のように最後は全員の手が上がっていた。

 

 「私はトロンボーンだけでなく、他のパートも同じだと思いました。聞くに堪えないものだと。でもそれでは困るのです。あなたたちは全国に行くと決めたんですから。最低基準の演奏はパート練習の時にクリアして頂かないと。これでは指導以前の問題です。私の時間を無駄にしないで頂きたい」

 

 誰かの息を呑む音が聞こえた。それだけの迫力が滝先生にはある。

 隣に座り、俯いている高坂はトランペットを強く握っていた。

 

 「今日はこれまでにして、来週の水曜日にもう一度合奏の時間を取りましょう。以上です」

 

 「あ、あの!」

 

 教室を出て行こうとする先生を止めたのは、中世古先輩だった。

 

 「サンライズフェスティバルの曲は…?」

 

 「あなたたちはそういうことを気にするレベルにありません。来週、まともなレベルになっていなかったら、参加しなくて良いと私は思っています」

 

 失礼。その一言を残して、今度こそ滝先生は教室を出て行った。

 

 「何なの、あいつ」

 

 「今年から来たくせに。毎年、恒例のサンフェスに出なくて良いとか言ってさあ」

 

 「部長、絶対言った方が良いよ」

 

 「はいはいはーい!とりあえず、各パートで一回話し合おう。それからパートリーダー会議で話し合う形じゃないと、意見がまとまらないよ」

 

 ね、という言葉とアイコンタクト。あすか先輩のフォローに、小笠原先輩が頷いた。

 初めての合奏練習。こんな形で終わると予想していた人はきっと誰もいないだろう。

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