やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 『立華が、銀賞…?』

 

 関西大会、当日。

 午後の部の俺たちは控え室で楽器を取り出していた時に、その午前の部の結果は耳に入ってきた。

 同じ京都府予選を勝ち上がったライバル。少なくともサンフェスの時までは格上で、どうやったって敵わないと思っていた相手が、この関西大会では銀賞で終わった。

 築き上げてきた練習や努力が粉々に打ち砕かれた気分になってくる。まじかー。あの立華で銀なのかー。これはもう、俺たち銅かもしれないなー…。

 その影響が少なからず演奏に出ている気がする。滝先生はおもむろに手を叩いた。

 

 「はい。止めて。では、一回だけ深呼吸しましょうか?大きく息を吸って……」

 

 すぅと、コンクールメンバーが大きく息を吸う。肺の中に入ってくる空気の中に、モヤモヤとした何かが混ざっている気がして気分が悪い。

 

 「吐いて…、吐いて、吐いて…。気持ちを楽にして、笑顔で!」

 

 はは。

 浮かべた自分の笑顔を鏡で見れば、蘭ねーちゃんが『もう、新一のやつー!』と目の前で怒っているときのコナン君の引きつった笑みみたいになっていることだろう。

 だが、皆の笑顔は自然じゃない理由は不安や心配も勿論あるのだろうけど、この笑顔にさせ方が下手くそってのも間違いなくある。

 

 「私からは以上です」

 

 「ですよねー…」

 

 「部長。何かありますか?」

 

 「へ?私ですか?」

 

 困り切った小笠原先輩は何かを言おうとしたが、その言葉は遮られた。

 

 「先生。部長の前に少しだけ」

 

 「はい。田中さん、どうぞ」

 

 「…去年の今頃、私たちが今日この場所にいることを想像できた人は一人もいないと思う。二年と三年は色々あったから特にね。

 それが半年足らずでここまで来ることが出来た。それは紛れもなく滝先生の指導のお陰です。その先生への感謝の気持ちも込めて、今日の演奏は精一杯全員で楽しもう」

 

 「「「はい」」」

 

 「…それから、今の私の気持ちを正直に言うと、私はここで負けたくない。関西に来られて良かった、で終わりにしたくない。ここまで来た以上、何としてでも次へ進んで北宇治の音を全国に響かせたい!」

 

 …これは本音、なのか?

 勝ちたい、という田中先輩の言葉と瞳に紛れもなく強い思いが込められていると思う。仮面を被って吐かれる虚言と、仮面の下の本音。その区別が付きにくいけれど、少なくとも今は後者である気がする。

 

 「だから皆、今日はこれまでの練習の成果を全部出し切って!」

 

 「「「はい!」」」

 

 「それじゃあ部長、例のやつを」

 

 「え、あ、はい」

 

 「では、皆さん。ご唱和下さい。北宇治、ふぁいとぉ……」

 

 「「「おー!!」」」

 

 

 

 

 

 舞台袖にいれば、聞きたくなくても聞こえてくる明静の演奏は圧倒的なまでに上手かった。

 

 「優子先輩。顧問変わって下手になった説、嘘でしたね」

 

 「うん。これ、去年よりも上手くなってるわ」

 

 府大会が終わった日の帰りに、全国に行くためには顧問が代わった明静が弱体化することにかけるしかないと豪語していた優子先輩は、あっさりとその希望を打ち砕いてみせた。

 流石。かっけえっす。マジリスペクト。

 

 「比企谷、府大会の時みたいに緊張してないのね?」

 

 「いや、緊張はしてます。でも、もはやここまで来たらやれるだけやればいいやって。玉砕粉砕大喝采みたいな?」

 

 「ごめん。何言ってるのか全然わかんないんだけど」

 

 「要は一周回ったってことです」

 

 「じゃあ最初からそう言いなさいよ…」

 

 「いて。ちょ、肩叩かないで」

 

 トランペットパートの面々は、高坂以外は固まって集まっている。高坂は黄前の隣にいた。何やらやたら近い距離で話をして、くすくすと笑っていて楽しそう。

 

 「…なんか二人見てたら落ち着いて来ちゃったよ」

 

 「え、沙菜先輩、それどういうことですか?」

 

 「その、なんかいつも通りだから…」

 

 俺たちのやり取りを見てぼそっと呟いた笠野先輩の言葉の意味が良くわからなくて、優子先輩として二人して首を傾げていると、隣にいる滝野先輩が口を開いた。

 

 「だから、笠野先輩はいつも通り比企谷が意味わかんねえって言ってるんだよ」

 

 「ち、違う違う。……七割くらい違う」

 

 そ、それじゃ三割はいつも俺のこと意味わかんないって……。合宿以降辺りから、パート練の時も少しは話してたし、笠野先輩にはそんな風に思われていないと思っていただけあって死にたくなってくる。笠野先輩に比企谷君と名前を呼ばれて、舞い上がっちゃってたのがばれていたのか?

 他人を信じたらダメ。ボッチとしての基本三権を忘れてた。もう、信じない。

 

 「そうじゃなくって優子ちゃんと比企谷君がそうやって話してるのがなんかね、そのー…」

 

 「あ、私沙菜の言いたいことわかるよ。なんか距離が近いよね?物理的な距離じゃなくて、なんか――」

 

 「か、香織先輩!?何言ってるんですか!」

 

 咄嗟に香織先輩が訳がわからないことを言い出したので、とりあえず優子先輩から距離を取る。あまりの衝撃的な言葉に、トランペットを落とすところだった。あぶねえあぶねえ。……いや、それは本当にあぶねえよ。 

 

 「……チッ…」

 

 思いっきり俺を睨みながら、滝野先輩が舌打ちをした。え?何?

 ぱたぱたと手を動かしながら、顔を真っ赤にして香織先輩と笠野先輩にマシンガンみたいに何かを言っている優子先輩は中川先輩と喧嘩をしてる時を彷彿とさせる。いつもと違うのは流石に余所の学校が演奏中だから、と声のボリュームを落としていることだけだ。

 …あ、なるほど。これが今先輩達が言ってた、いつも通りを彷彿とさせて落ち着くというやつなのか。

 落ち着いて見てみれば、香織先輩は穏やかに笑っていた。穏やかに、と言えば聞こえはいいけれど、どこか達観しているようにさえ見える。その先輩は優子先輩が落ち着くのを待って、口を開いた。

 

 「……優子ちゃん」

 

 「はぁ…はぁ…何ですか?香織先輩」

 

 「これからも、部のことよろしくね?」

 

 「へ?」

 

 それは最後の言葉のようだった。いや。香織先輩は間違いなく最後の言葉のつもりで言った。それくらい、俺にだってわかる。

 だから今ここで話している同じパートでこれまでやってきた全員、それを察したはずだ。

 

 「皆も、今までこんな私に付いてきて――」

 

 「香織先輩。違います」

 

 「え?」

 

 「ここで終わりじゃありません。私たちが目指しているのは全国です。

 私たちは香織先輩と一緒に、全国に行くんです!」

 

 優子先輩が指を上げる。それに続けて、笠野先輩と滝野先輩も指を上げた。

 

 「…お前も」

 

 「……」

 

 滝野先輩に言われて、俺もすっと指を上げた。何を指さしているのかわからない。何かをさしているのではなく、一を表現したいのかもしれないけれど、今度はそれが何の一なのかわからない。

 けれど、気が付けば周りも指を上げていた。高坂も、そして黄前も。川島も低音パートの面々も。部長も副部長も、ここにいる香織先輩以外の北宇治の代表全員が。

 

 「ほら、香織」

 

 笠野先輩が香織先輩の腕を取った。

 最後に指を上げるのは俺たちのパートリーダーだ。

 

 「……うん。行きましょう。皆で全国へ!」




作者のてにもつです。いつも読んでくださってありがとうございます。
ここの部分を書いたら、あとがきに書きたいと思っていたことがあります。

今回の話の分の関西大会前の本番直前の舞台袖で、優子が香織に『全国に一緒に行く』というシーン。僕が響けのアニメの中で一番好きなシーンです。
優子が本番直前にこのように宣言するシーンは実は原作小説にはないんですよね。つまりアニメのオリジナルなのですが、色んな意味で優子らしさがこれでもかと良く出たシーンだと思うんです。
諦めた香織を励ましているのは一期から優子が香織を支え続けていたことの延長線でもある。それに、一年二年三年関係なく優子に引っ張られる様に指を上げるそのカリスマ性は、優子が翌年度の部長になることの決め手の一つだったと思います。
また、アニメ二期の前半部分、ここまでの関西大会前はみぞれと希美が話の中心ですが、小説ではあすかが一連の騒動のMVPは優子であると評すシーンがあります。良くも悪くもみんなを引っ張るだけじゃなくて、支えることもできることを証明するシーンでもあるのかな。

もはやこのシーンが好きすぎて、ここのために書いてきたと言っても過言ではないくらい(それは流石に過言か笑)好きです。優子らしさの詰まった大切で価値のある描写だと思います。
これだけは書きたかったのであとがきに残しました。
他にも伝えたいことがあるのですが、次回の話で関西大会編は終了。前回の府大会終了時と同様、またあとがきを残すので、そちらに書き残させていただきますね。
それでは!

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