やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「プログラム十四番。奈良県代表、花咲女子高等学校。銀賞」

 

 演奏をしている十二分間もあっという間だったが、結果発表までの時間も同じようにあっという間だった。俺たちの順番が後の方だったから、時間的に短かったというのもあるけれど、それを踏まえても早い。

 滝先生は昨日、俺たちがいつも練習でやってる演奏をすればいいと言っていた。しかし、関西大会の俺たちの演奏はいつも以上の演奏が出来ていたと思う。

 ホルン、クラ、トランペット、フルート。どの楽器も息がぴたりと合っていて、誰一人としてミスはない。指摘されて何回も吹いていた部分は頭からビリビリと電流が流れて指にこうやって動くんだと命じているようにスムーズにできたし、五十五人によって奏でられていた『三日月の舞』は華々しく、キラキラと輝いていた。高坂の痺れるようなソロは会場を圧倒させたし、それだけではない。鎧塚先輩のオーボエのソロや、ユーフォのソロも入りの部分や低音から高音への急な移動が完璧だった。

 こんな演奏、もう一度やれと言われてもできない。だからこそ、これでもし金賞が取れていなかったら、俺たちの実力が純粋に足りなかっただけだ。そう声高く宣言して、胸を張って帰っていい。

 素直にそう思えるくらいの演奏だったと俺は思った。

 

 「プログラム十五番。大阪府代表、明静工科高等学校。ゴールド金賞」

 

 だよな。明らかに上手かったもんな。あれで金賞じゃなかったら、明静に恨みを持つどこかの学校が審査員の買収をしたんじゃないかと疑うまである。

 流石超強豪校と言えるのか、金賞と言うだけではあまり喜んでいる様子はなかった。金賞であるのは、あくまで通過点。彼らにとっては当たり前なんだろう。

 

 「次だよ?」

 

 「はい」

 

 近くに座っている誰かの声が聞こえてきた。発表が怖くって、思わず目を閉じる。

 

 「続きまして、プログラム十六番。京都府代表、北宇治高等学校。ゴールド金賞」

 

 「っ!……はー」

 

 「やったな!」

 

 「…ああ」

 

 隣に座っている塚本と手を合わせる。ぴしゃんと乾いた音が鳴った。

 良かった。本当に良かった。

 俺たちの前に発表された明静と違い、俺たちは金賞をもらえた時点で素直に大喜びだ。

 そりゃまあ、俺たち、去年まで弱小だったんだから。綽々としている余裕もなければ、覚悟だってずっとなかった。強豪校が始めから全国の舞台に標準を定めて、それ故にある程度の覚悟を持って練習してきたのに対して、俺たちは何回も先の見えない目標に挫けかけて、今やっとその目標に手が届きそうなのだ。

 北宇治の喜びの声に続いて、発表は進行された。泣いている声や喜ぶ声。最初から諦めていたかのようにため息を吐く音。当たり前だが、反応は様々だ。

 でも、俺に他校の生徒を気にかけている暇はない。

 

 「続きまして、全国大会に進む関西代表三校を発表します」

 

 大丈夫。大丈夫だから。全国に行くんだ。

 そう祈りながら手を合わせる。けれども心臓が痛い。頭もふらふらとしている気がする。本当は大丈夫な訳なくて、不安でいっぱいだ。

 

 「プログラム三番。大阪府代表、大阪東照高等学校」

 

 「プログラム十五番。大阪府代表、明静工科高等学校」

 

 次だ。次に呼ばれなければ、俺たちは全国には進むことは出来ない。

 大阪最強の二校が発する割れんばかりの歓声を聞きながら、俺は自分の制服の袖を掴んだ。今にもここから逃げ出したい。

 塚本の震える足。頭を下げて、目をぎゅっと瞑る部員達。ああ、頼む。

 

 「最後に。プログラム十六番。京都府代表、北宇治高等学校」

 

 「う、うおおおおぉぉぉ!!」

 

 今の絶叫は自分の声なのか。それとも塚本か。他の誰かなのか。

 そんなこともわからないくらいの嬉しい叫び声が、このホールの一角から響き渡った。

 

 「信じらんねえ!」

 

 「本当にすげえよ!なあ!?」

 

 塚本に腕を絞めるくらいに強く肩に回されて、思わず倒れた。前の席の背もたれにもたれかかる。

 ステージに上がって賞を受け取っている部長と副部長が誇らしい。周りの飛び跳ねる部員達の中に、香織先輩が目を押さえてうずくまる姿が見える。

 

 「っ…」

 

 それを見て、目頭が熱くなった。

 こみ上げてきた涙を拭うために、目を擦る。ぼやぼやとしている視界は、現実じゃないみたいだ。

 

 「やったぜ!」

 

 「おい!痛いって!おい!」

 

 何回も揺られる肩に、前のやつの身体が何回もぶつかる。ちゃんと痛い。初めてこの痛みに感謝した。良かった。紛れもない現実なんだ!

 ステージでは進行していた畏まった格好をしている審査員が何かを言っているが、そんなことを聞いている余裕はない。まだ喜びを発散しきれなくて、俺は歓声に混じって叫んだ。

 

 全国が待っている!


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