やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
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暗闇の中、体育館で行われたオープニングセレモニーは別にシークレットで誰かが踊り出すとか、準備期間中の風景をスクリーンに映し出すとかは一切なく、ただただシンプルに北宇治高校の文化祭、通称北高祭の実行委員長が開催の宣言をしただけだった。それでも『これより北高祭を開催します!』というたった一言で、それはもう大いに盛り上がるのは文化祭というイベントが持つ、DKとJKにのみ特化した魔法のようなものなのだろう。
クラス単位で集まっていた中、端の方に座り、呼吸すらしない勢いでひっそりとその様子を見守っていたが、よくあんなのでこいつらこのテンションになれるな?コスプレをしている生徒や『フォーー!』と急に奇声を上げている生徒。何、お前。HGなの?
文化祭とはつくづくボッチには退屈なイベントであるなんて遠い目をしていたが、それでも関西大会が終わってまだ一週間も経っていない。そうした中で訪れた北高祭は、全国大会進出というホットすぎる事実のほとぼりを冷ます良い機会かもしれないな。
そんなことを考えていたときもあったはずなのに。
「ちくしょう。何だよ、この菓子のゴミは…」
ところで全国一億人のロリかっけえ皆さんに質問だ。あなたは文化祭と言ったら何を思い浮かべますか?
例えば俺は異世界に転生したらスライムだったりとか、出会いだけは運命的だったものの、普通の女の子だったから『オラ、ちょっとメインヒロインに育ててあげっべ!』的なノリで冴えないヒロイン教育しちゃったりとかライトな小説を読むことで常日頃から独学しているのだが、そういった小説の中で文化祭というものは大変良く出てくる。特に学園を舞台にしたシリーズなら、イベントの発生確率は百%と豪語したって構わない。
文化祭とは世の学生に取って、一年間でクリスマスやバレンタインに並ぶ一大イベントの一つとしてカウントされている風潮にあるからだ。その位置付け的なものは今はとりあえず、どっすんこと横に置いておくとして。
比企谷八幡の考える文化祭像。……うーん。例えば部員の一人が売り物の本を多く発注しすぎて、それを売り切るために事件に巻き込まれたり料理大会に出たり。
もしくは、そうだな…。嫌々、文化祭実行委員会をやらされることになって、記録係をやりながら色んな面倒な仕事に追われたりだとか、クラスメイトのぐ腐腐と笑う女の子が手がけたボーイズでラブが止まらない劇をクラスでやることになって、受けの役が自分に回ってきそうになったりだとか。散々文化祭で働いたご褒美に、自分に向けてステージから歌ってくれている人がいたりなんてしたら、きっとその光景は一生忘れない。
中学生の頃はきっと、空いている教室を点々とする一日なんだろうなあなんて思っていたイベントも、いざ近付いてくると少しばかりはそんな期待もしてしまう。
「うわ…。汚ねえ。なんで濡れてるんだよ…」
現に俺の一年六組は『こわぁいお化け屋敷』という、怖いって書いてある割に全く怖くなさそうな企画を行っているのだ。いくら部活が忙しくて、北高祭の当日まで一切準備を手伝えなかったって言っても、当日は『比企谷君、悪いんだけど人手が足りないから、お化け役やって貰っていいかな?』みたいなのがあると思うじゃん?
今思うと浮かれていたんだろう。各クラスで出し物をするうちの文化祭だが、どきどきしながらおそらく文化祭の準備を率先してやっていたと思われるクラスメイトから配られた、今日のシフト表と仕事の割り振りを見る。
見慣れた比企谷の名前を探すと、まるで俺の期待を煽るようにその名前は一番下に書かれていた。
『ゴミ分別 比企谷八幡(ゴミ分別が終わり次第、フリー)』
こうして俺の初めての『分』化祭は始まった。
「うわ!」
「きゃっ!ビックリしたー!」
驚かす声と、驚かされる声を交互に聞きながら、俺は一人、ベランダに存在するゴミの山で黙々と仕事を行う。
クラスの文化祭の準備を仕切っていた奴の話を整理するとこうだ。
昨日まで行っていた準備は、大がかりな仕掛けの作成やドッキリポイントの追加によって、お化け屋敷の制作をするので気が付けば時間は夜の九時。文化祭前日の帰宅時間のぎりぎりであった。そこで出てしまったゴミは全て一度ベランダに出してしまって、後々処分しようという話になったらしい。何でもうちの実行委員会の連中、引いてはゴミ回収業者はゴミの分別にはやけに五月蠅いらしく、例えば。
「このガムテープ、最初からくっついてるやつだろ…」
段ボールに付いているテープ類は全て剥がす。他にもペットボトルのキャップとラベルは取らないといけない。そんなルールがいくつか存在する。
とは言え、俺も準備には一切関われていなかったし、やれと言われれば文句は言わずにやるしかない。俺と同じ境遇のはずの高坂はちゃっかりお化け、しかもメイクとか大分凝った役なのはどういうことなんだと思わなくもないが、まあそこは大人の事情ってやつなんだろう。
ちなみに、どこのクラスもこんな感じらしい。絶対嘘だ。俺と同じ惨めな文化祭、もといゴミを分別する『分』化祭を過ごすやつが何人もいたら、ボイコットが起こる。時代錯誤の学生運動。言葉の響きだけかっこいいな。
「おい。今の子可愛くなかったか?」
「くー。あの子もう一回こねえかな?」
ただ、しばらく作業を進めてみると、この作業も存外悪くないと思い始めていた。最初こそゴミ処理という言葉で嫌悪したものの、こうして始めてしまえばクラスメイトのくだらない話をBGMに、誰の迷惑になるわけでもないどころか必要とされながらベランダでまったりとした時間を過ごすことが出来る。実にボッチらしい楽な仕事じゃないか。
変に普段話さない奴らと関わる必要もないし、誰からも存在を認識されないからサボって手を止めてても怒られない。こうしてまた一つ、ゴミが製造されるんですね。
「はー。いい天気だなあ」
本当にこんなにいい天気なのに、夜には台風が来るのだろうか。お天気お姉さんもたまに予想を外すけど、それは今日だとしか思えない。
ベランダで日向ぼっこをしながら、何となく外を眺めてみるとまだ北高祭が始まってそう時間は経っていないがそこそこの来場者が来ているようだ。うちは特に文化祭を含めて行事にあまり力を入れる学校ではないから、大盛況万歳、と言うほどではないのだが楽しそうにしている中学生っぽい来場者を見ていると、来年は是非うちの高校へ、と言いたくなる。
言わないけどな。俺が言ったら逆に北宇治に来なくなりそうだし。
あ、中学生見てて思い出した。
「小町、何時頃来るんだろうな」
スマホを確認すると、まだ連絡は来ていない。誰か友達と来るのかと聞くと、今日はお兄ちゃんに会うから一人で行くよ、と言っていた。言葉を深読みしなければつくづく可愛い妹だ。
うーん、仕事自体は楽でいいんだけども…。スマホを弄る自分の腕をじっと見つめる。つい作業の手を止める。じっと手を見つめてみる。作業の手は止まっている。この負のスパイラル。
最も来場者が多いのはお昼らしいが、その時間を使って全国大会進出という実績を残した吹奏楽部は体育館で演奏会を行うことになっている。小町もその演奏会には来るだろうし、そこまでには一段落させないとな。
そんなことを思いながら、俺はベランダの手すりにぐだーっと身体を預けた。