やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「遅いぞ、小町。文化祭の時間はあと五時間くらいしかないんだから早くしろ」

 

 「…急にテンション上がりすぎだよ、お兄ちゃん。……キモいからやめて。キモいから」

 

 「そういうのはへこむからやめ……はっ…」

 

 手に持っていた小町が受付で貰ったパンフレットを、思わず床に落とす。

 目の前の光景は何とも奇妙の一言に尽きる。夢の国をコンセプトにした水色の可愛いメイド服に身を包んだ三人が、お淑やかであるはずのメイドには似合わない組み体操紛いの何かをして客を集めている。加藤が『ダメかな?アグレッシブメイド喫茶』なんて言っている声が聞こえてきた。

 だが、その中に天使……。天使がおる……。

 

 「何やってるの、あれ?」

 

 「分からん。分からんけど、いいよな」

 

 「そ、そうかなー?」

 

 「そうだろ。何がいいって川島のメイド服だよな」

 

 「言うと思ったー…。みどりさん、可愛いけど絶対あれは変だよ…」

 

 「信じられないかもしれないけどな、あの三人。川島以外の二人も吹部なんだぜ」

 

 「え」

 

 「しかも全員低音だ」

 

 小町とそんな話をしていると、諦めたようにため息を吐いた三人の元に見慣れた黒髪が視界に入ってきた。

 

 「お茶がしたいので珈琲を頂けるかしら、ウェイトレスさん?」

 

 「麗奈!」

 

 げ…。高坂。

 何となく小町といるところで会いたくなかった。

 

 「うわ。あの人めっちゃ美人だね!すっごい顔小さいよ!」

 

 「……まあな」

 

 「モデルさんみたーい!あれ、あの人…見たことある…?」

 

 「あいつも吹部だからじゃね?」

 

 「あ、そうだ!トランペットのソロの人だよね!?」

 

 「……比企谷?」

 

 教室に入ろうとしている高坂が、興奮して大きな声で話していた小町に気付いて俺を見た。高坂が振り返ったことで、低音パートの三人も俺と小町に気が付く。

 

 「あ、小町ちゃん!」

 

 川島が嬉しそうに手を振って、俺たちは夢の国にご招待された。

 

 

 

 

 

一年三組の『Café in Wonderland』はガラガラだ。

おかしい。こんなに最高な夢の国に、なぜ人が集まらないのか。こんなの絶対おかしいよ!

だってメイド服着てるJKだぞ。しかも川島までいる。これが秋葉原のメイド喫茶だったら、夢の国に入るためのエレベーターで千円プラス、ケーキセットで千二百円は持ってかれますわ。

 文化祭後には表彰式がメインの閉会式が行われるが、教師陣が審査して決定する特別賞。体育館のステージで行われる企画で最も観客が多くて盛り上がった企画に行われるパフォーマンス賞。来場者や生徒達の投票も踏まえて決まる優秀賞。なんなら俺が個人的に決める八幡賞も合わせて、一年三組には四冠あげたいまである。

 

 「何でお祈りするみたいに手を組んでるの?」

 

 「いや。この企画考えた人に感謝が溢れ出てきて、身体が勝手に動くんだ…」

 

 「は、はあ…」

 

 おかしいと言えば、もう一つある。この席である。

 俺と小町と高坂。何とも異質な三人。小町にじろじろと見つめられている高坂は珍しく居辛そうにしていた。

 

 「それにしても、比企谷の妹ちゃん。全然似てないね」

 

 「うん。私もそう思った。本当に兄妹なのかな?」

 

 「本当ですよ。みどりも最初は驚きましたけど、とっても仲良し兄妹なんです」

 

 声、聞こえてるんだよなー。

 小町と二人でいるときに、兄妹を疑われるのはもう慣れた。多分小町の方も同じだろう。

 低音組の三人は俺たちが注文したケーキセットを持って来ると、そのまま俺たちの隣の席に腰掛けた。

 

 「また外でお客さん、呼び込まなくていいの?」

 

 「いいよー。皆見てるだけで入ってくれないしさー。麗奈達が来てくれたのが奇跡なくらいだもん」

 

 「そう」

 

 いやいや。そう、じゃないよ。ちゃんと働けよ。俺が言うのもおかしいけどさ。

 

 「お久しぶりですね。小町ちゃん」

 

 「はい!ご無沙汰ですー。関西大会は見に行けなかったんですけど、今日の演奏聞いたら府大会よりのときよりさらに上手くなってて、小町感動しました!」

 

 「でしょでしょー。みんな頑張ってるからね。勿論、比企谷君も」

 

 「うっ……ぐすっ……」

 

 「うえー!比企谷、何で泣いてるの!?」

 

 「川島に褒められた…!人生って素敵!生きてて良かった…!」

 

 「いい子いい子です」

 

 「…本当に比企谷の謎のみどり好きはぶれないなあ」

 

 「こんな兄といつも仲良くして下さってありがとうございます」

 

 「あ、いえいえこちらこそ、何だかんだお世話になってます。えっと、小町ちゃんでいいのかな?」

 

 「はい。小町でも、比企谷妹でも何でもいいですよ!」

 

 小町と加藤が仲良くなるのは早かった。二人ともコミュ力の高さには定評がある。川島も加えてぺしゃくしゃぺしゃくしゃと続くおしゃべりは終わり所が見当たらない。横やりを刺して場が白けでもしたら取り返しが付かないので、黙って出てきたケーキを食べる。 うん。スーパーで売られているようなただ甘ったるいだけの安っぽい味だ。嫌いじゃない。

 

 「じー……」

 

 「何ですか?葉月さん?」

 

 「いや…。目が腐ってないし、小町ちゃんって本当に比企谷の妹なんだよね?琥珀ちゃんはサファイアそっくりだからどうもしっくりこないんだよねぇ」

 

 「ちょっと葉月ちゃん!みどりですぅー」

 

 「あはは。別に兄妹、姉妹だからって似るわけじゃないんだよ。うちだって似てないもん」

 

 「そっか久美子のところもお姉ちゃんがいるんだもんね?」

 

 「逆に似てるところあげろって言われても、うちは髪色くらい?」

 

 「比企谷君のところは吹奏楽って共通点がありますよね?」

 

 「そうなんだ!小町ちゃんは何の楽器やってるの?」

 

 「小町は中学からユーフォやってます!」

 

 「嘘!?私もユーフォだよ!?」

 

 「そうなんですね!同じ楽器の先輩だ!えっと…」

 

 「あ、私は黄前久美子って言うんだ」

 

 「いつも兄がお世話になってますー」

 

 「へ?あー、えっとぉ……。う、うん…こちらこそ……あはは…」

 

 気まずそうに顔を逸らした上に、最後の方は声が小さすぎて何も聞こえなかった。そりゃそうなるわ。お世話になってるどころか碌に話したことがないんだから。友達の友達は全く友達ではない。

 そのことに小町が気が付かないわけがなかった。

 

 「本当困ったお兄ちゃんなんで、これからも皆さんに迷惑たくさんかけると思うんですけど、見捨てないでやって下さい。小町は妹としてそれだけが、それだけが心配なのです。よよよ」

 

 「今時よよよ、とか言って泣く奴いねえよ。どこの平安時代の貴族様だ」

 

 一瞬で黄前が気まずそうにしてるのを察して笑いに持って行くところは、流石の一言に尽きる。

 人間観察とそれ故に空気を敏感に察することに関しては前前前世くらいから継承されてきた比企谷家の固有スキルだが、小町はただそれを感じるだけ感じ取って後は大体悪い方向に持ってくことしか出来ない歴代比企谷家の面々とは違い、周囲との協調をきちんと図ることが出来る。下の子特有の要領の良さに加えて、俺という孤高のスペシャリストを見て育ってきたからなのだろう。

 

 「小町ちゃんは今中学生なんだよね?」

 

 「はい。二年です」

 

 「そっか。北宇治志望してるの?」

 

 「進路のことはまだあんまりちゃんとは決めてないんですけど、お兄ちゃんの吹部の話聞いたりしていいなって思ってます」

 

 「そっか!小町ちゃんが高校でもユーフォやってくれたら、私たちとは一年間一緒にやれるんだね!」

 

 「低音はあんまり人気がないからねー。再来年、小町ちゃんが入ってきてくれたら私たち本当に嬉しいな」

 

 高校生の低音のお姉様方にちやほやされてホクホクしてる小町を見ているのは、微笑ましくていいものだが、兄としてここは一つお灸を据えておかなくてはいけない。

 

 「でもお前、このままだと北宇治の入学試験受かるかわかんねえだろ?」

 

 「む。いいの。まだ一年以上あるんだよ?」

 

 「その余裕がだな…」

 

 「そういうお父さんみたいなのやめてよね!嫌いになるよ?」

 

 「その理論だと、父さんのこと嫌いみたいに聞こえるんだけど…」

 

 「大体お兄ちゃんだって、いつもは夏休みの宿題とか早く終わらせてるのに今年は『大丈夫だ…。まだ余裕あるから、へへ』とか言ってた癖に前日まで終わってなくてお母さんに怒られてたじゃん」

 

 「ばか。同級生の前でその話はやめろ」

 

 「…比企谷兄妹、仲良しだねえ」

 

 呟いた加藤と、意外そうにしている高坂と黄前。川島だけがニコニコと笑っていた。


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