やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「すいませーん」

 

 「あ、いらっしゃいませー」

 

 しばらくすると、徐々にお客さんがやってきて教室の半分くらいの席が埋まりだした。キッチンが準備したケーキや珈琲を運ぶのに、ウェイトレスの加藤や川島はぱたぱた忙しくも笑顔は絶やさず働いている。そのサービス精神に敬礼。

 

 「あの、高坂さん」

 

 「どうしたの?」

 

 「お兄ちゃんと高坂さんって同じクラスなんですよね?」

 

 「うん」

 

 「それで部活も一緒で、しかも同じパート」

 

 「そうだけど、それがどうかした?」

 

 「これはもしかしてもしかするんじゃないですかね…。いや、でも流石に高坂さんは敷居が高すぎるか……」

 

 急に何かを考え出す小町。アホ面で頻りに首を振っている姿を見ていると、うちの妹はやっぱり頭が悪そうだ。いや、違うよ。それもいいところだなんだよ?

 

 「ちなみにまさかとは思うんですけど、お兄ちゃんと遊びに出かけたことがあったりとか…?」

 

 「?ないけど、どうして?」

 

 「あー、そうですよねー。………やっぱり優子さんの方が一歩リードしてるのか。よし」

 

 ぼそぼそと何かを呟いた小町は、身振り手振りをつけて捲し立てるように話し出した。

 

 「いやほら。あれです。あれ。小町的には兄の数少ない休日を一緒に過ごしたいわけでー。もし、お兄ちゃんと遊んでることとかあったら小町も一緒に遊びたかったなー、思い出作りたかったなー。みたいな?

 …ん?なんか言い訳がましかったけど、もしかして今の小町的に結構ポイント高かった?」

 

 「全然高くねえよ。なんでお前が付いて来ちゃうんだよ。高坂と出かける事実なんてないけど、いくら兄でもそれはちょっと引いちゃうよ。

 で、高坂はこの後、どっか回るのか?」

 

 「うん。クラスの手伝いもあるから、急ぎ足にはなっちゃうけど久美子と回るつもり」

 

 「加藤と川島は?」

 

 「二人はクラスの手伝いがまだあるんだって。なんでも欠員が出たらしい」

 

 「へえ。欠員ねえ」

 

 文化祭を休むのは中々度胸がいる選択だ。普段の授業と違って、休めばシフトに影響が出て学校に登校したときに周りからのバッシングがひどい。

 

 「うちのクラスは欠員は誰もいないよね?」

 

 「ああ。みたいだな」

 

 「みたいだなって、そんな他人事みたいに」

 

 「いや実際他人事みたいなもんだろ。俺たち、大会終わった後は今日のコンサートの練習もあったからクラスの手伝いなんて何もしてなかったし?」

 

 「それはそうだけど。なんかさっき教室の前通ったときは凄い盛況だったみたいよ?」

 

 「ふーん」

 

 盛況だって言ったって、俺ゴミ処理担当だしな。手伝う事なんて、ゴミ捨てること以外ねえし。…もしかして盛況だからって、またベランダにゴミ増えてねえだろうな?

 さっきまで分別してたのは昨日の準備で使ったものの残骸ばかりだったけど、今日は今日で補強だ修理だ昼飯のゴミだなんて言ってゴミが増えてたら最悪だ。ゴミ処理比企谷八幡の隣に、終わり次第フリーって書いてあった文言が嘘ってことで契約違反を訴える。

 

 「なんか比企谷らしいね」

 

 「俺らしいって何だよ?」

 

 「なんか一歩引いてて冷めてるところ。嫌いじゃないけど」

 

 「ああ。俺も自分のこういうところ、大好きだぞ」

 

 自分が自分を認めてやらないで他に誰が認めてやるというのだ。自分最高!自分、自分もっとこっち向いてー!

 そんな面白い話をしている訳でもないのにくすくす笑っている高坂を見て、小町が『おう…』とか言う謎の声を上げた。

 

 「あのあの!高坂さんはいつからトランペット吹いてるんですか?」

 

 「私は子どもの時からずっと吹いてる。お父さんがプロの奏者だから」

 

 「ほえー。凄いですねー。

 府大会の時、自由曲のソロ聞いてすっごい感動しました。なんか情熱的って言うか、上手く説明できないんですけど…」

 

 「そう?ありがとう」

 

 「く、クール…。何だか大人って感じがする。……小町も高校生になったらこういう感じで行こうかな?」

 

 「無理だから辞めとけ。背伸びしないで自然体でいるのが一番だ」

 

 「でもやっぱりあんな演奏聞いたら、吹奏楽やってる中学生みんな高坂さんに憧れちゃうよ」

 

 「嫌だぞ。俺家で小町が、『小町、特別になりたい!』なんて厨二病みたいなこと言ってたら」

 

 「何?もしかして比企谷今、私に喧嘩売ってる?」

 

 「はは。嫌だなー。そんなわけないじゃないですかー?」

 

 高坂が机の下で軽く蹴ってきたが、大して痛くはない。こんなもの、高坂と同じ席でお茶をしていることで向けられている周囲の男達からの視線に比べれば可愛いもんだ。

 高坂は黄前をまだ待つみたいだし、そろそろ小町と別の所へ行こうか。そう言いかけたところで、タライが落ちたような大きな音が教室に木霊した。

 

 「あ!ご、ごめんなさい!」

 

 手に持っていたお盆を落として、すぐに川島が恥ずかしそうにそれを拾う。何かを乗せていたわけではないようで、皿が割れた様子はなく無傷ではあるが、恥ずかしそうに顔を赤くしながらぺこぺこと頭を下げている。

 

 「くぅ…!たまんねえぜ…」

 

 「お兄ちゃん。みどりさんのミスを喜ばないで」

 

 「わかんねえか?あれはある意味、メイドさんの義務なんだぞ?その証明にほら。ここにいる客の誰も、責めないどころか顔がほわほわとして癒やされているじゃんか」

 

 「一ピクセルもわからないよ」

 

 「でも、確かに比企谷の言う通り、周りの客達みんな幸せそう…」

 

 「高坂さん。あんまり見ない方がいいですよ。闇みたいなもんですからね」

 

 メイド服にプラスどじっ子。どこまでもメイドのテンプレを突っ走っているが、王道で良いんだよ。それが川島なら尚良い。

 そんなことを思っていたときだった。

 

 「すいません」

 

 「ん?実行委員会の方ですよね?」

 

 「はい。本部の人間で、文化祭の見回りをしています。そこのあなた」

 

 「え?俺ですか?」

 

 文化祭実行委員会の腕章をつけた生徒が俺を指さした。あんまりにも突然のことに小町も高坂も目を丸くしている。でも、一番ビックリなの俺だから。

 

 「只今、校内で何人かの女子生徒から盗撮されたという苦情が入っています」

 

 「は、はあ」

 

 「犯人は貴方ですね?」

 

 「……え、ええ!?」

 

 ちっ、バレたか。確かにやりそうな目をして……っていやいや待って。違うから。

 あんまりにもドヤ顔で宣言されたものだから、一瞬本当に俺なんじゃないかなんて思っちゃったわ。

 

 「廊下に何かが落ちた大きな音が聞こえて来てみたら、目つきの怪しい男がいました」

 

 「目つきって…」

 

 「その目は犯罪者の目です!それに被害に遭った女性から、犯人と思われる人物が厭らしい目をしていたとの情報も入っていますので。白状しなさい」

 

 「独断と偏見過ぎる!

 違いますって。俺にはアリバイがあります」

 

 「そんなものは聞きません」

 

 「聞いてくれないの!?」

 

 何でこいつを犯人捜しの第一線に置いちゃったんだよ。一番探偵に向かねえだろ。

 

 「それにそこの可愛いメイドの方をみる目つきも酷かったですが、息がはぁはぁと荒いのも犯罪臭がします」

 

 「……否定できない」

 

 「おい。高坂否定してくれ……!クラスメイトが冤罪で人生の終わりを告げようとしてるんだぞ……」

 

 「とにかくです。話は職員室で聞きましょう」

 

 「話は署で聞くみたいな言い方しないで下さい。そこ行ったら、もうゲームオーバーですから」

 

 「うっさい、変態!女の敵!いいから付いてきなさい」

 

 違う違わないの押し問答。このやり取りは、高坂と小町がフォローしてくれるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 「まさか兄の学校の文化祭に行って、兄が犯罪者として捕まりかけているのを見るのは世界広しといえども小町だけだろうね」

 

 「本当だよ。心臓止まるかと思ったよ」

 

 「小町もお兄ちゃんが最初にあなたが犯人ですねって言われたときは、ついに何かやらかしたのかーって思って諦めちゃってた。……ごめんね」

 

 「おい。本気で謝るなよ。泣きたくなっちゃうだろ」

 

 さっきの見回りの文化祭実行委員会から逃げるように二つ上の階へと逃げてきた。目つきだけで言ったら他にも怪しいやついるだろ。あいつ俺のこと職員室に連れて行こうとしてたの、嘘じゃなかったぞ。

 

 「ま、まあ気を取り直していこうか。うん」

 

 「気ぃ、取り直せるか?俺もう帰りたいんだけど……」

 

 「お兄ちゃんは生徒だから帰れないでしょうが。頑張って」

 

 小町が鞄からパンフレットを取り出す。加藤達からもいくつかおすすめを聞いておいた。目星の所には星のマークが付けられたパンフレットを広げて、小町は現在地から近くの企画を指さした。

 猫カフェねー…。色んな意味で裏切られそうな気がするけど。だってうちの文化祭、動物禁止だし。

 

 「ほら。次はここに行こう。ここに」

 

 くいくいと俺の腕を引っ張って、上目使いで見つめてくる妹。あざとい小町の腕を引っぺがすと、やっぱりあざとく『あうぅー』なんて声を上げた。

 だが、こうやって甘えられれば、まあ俺も少しは頑張ってやろうという気持ちも湧いてくる。それが千葉出身のお兄ちゃんの性だ。仕方がない。

 

 「分かったよ。行くか。……ぐうぇっ!」

 

 「え、ええぇぇー!お、お兄ちゃんが!タタ、タックルされた!?」

 

 背中に中々強い衝撃を受けて思わず転びかける。幾分かの怒りも込めて振り返ればそこにいたのは黄色いウサギの着ぐるみだった。

 

 「えーっとぉー、これは一体どういう状況かな?小町、頭良くないからわかんないんだけど」

 

 「全くわからん。わからん……」

 

 何も話さないまま手を振っている人形。『三の二おいでやす』と書かれた紙が肩から下げられているが、このウサギでは一体何をしているクラスなのか、微塵も想像できない。

 文化祭が始まってすぐにベランダで一人ゴミ処理をやらされた挙げ句、教室に入ればゾンビだとビビられる。小町と合流したり、川島に癒やされたりしたと思えば文実に犯罪者扱いされ、今度はウサギに背中から突っ込まれる。

 この文化祭、いくら何でも災難過ぎるだろう。俺ってもしかしなくても嫌われてるんじゃなかろうか?

 

 「ど、どちら様ですか…?」

 

 もぞもぞと動かしにくそうな手を動かして、ウサギは頭をすぽんと取った。

 

 「…ばあ!ビックリした?」

 

 「か、香織先輩!?」


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