やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
帰宅部も顔負けである程、学校をすぐに出ることに定評がある俺だが、忘れ物に気付いて取りに戻ったせいで少しだけ帰るのが遅くなってしまった。
別に俺個人が滝先生に怒られたというわけではないが、なんとなくモヤモヤとした気分のまま自転車を走らせていると、目の前に見慣れたベージュのリボンが目に入った。比較的小柄な身長もあって、後ろ姿のシルエットがウサギっぽく見えなくもない。当然、あの大きなリボンは耳。
そういえば今日の合奏に気を取られてすっかり忘れていたが、川島に水道でトランペットパートの三人と話すという約束を強制的に結ばれたのだった。
高坂とは川島が去った後すぐに話したし、中世古先輩が合奏だからと呼んでくれたのも会話の内に入るだろう。意識してなかったのに、目的の三分の二を果たしているとは。流石、八幡。やればできる子。
ということは、川島との課題で残すのは目の前の先輩だけという訳だ。
歩く度に揺れているクリーム色の長い髪が、赤い太陽の光を反射してキラキラと輝いている。しっかりとケアされているのだろう。男と女で比べるのはおかしな話だが、俺のゴアゴアな髪とは大違いだ。
女性の美への、特に髪への洒落にならんからな。去年、小町の誕生日に『お兄ちゃん、小町の誕生日プレゼントはシャンプーとリンスのセットでいいから』と言われ、大した値段しないだろう、と思って二つ返事で許可したところ、後から値段を見て六千円超えてて腰抜かしちゃったもん。俺の使ってるシャンプーより容量少ないのに。俺の使っているものなら八本は買えた。
小さな背中に声をかけようか悩んだ結果、俺は声をかけないことにした。
三人のうち一人と話している時点で三十三%。つまり、赤点は回避している。ましてや二人なら約七割。七割って言ったら、ほら、あれだから。地球の中の海が占める割合だから。オッケーオッケー。……自分で言ってて、よくわからん。
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
通り過ぎようと思った俺に、独特の高い声で声をかけたのは、当然吉川先輩だ。
だが、本当に俺に声をかけたのか。比企谷って呼ばれてないし。振り向いて、何ですかと話しかければ、吉川先輩のお友達がいて、『いや、あんたじゃない』と笑われるオチが待っているかもしれない。
「何無視してくれちゃってんの?」
だが、吉川先輩が声かけたのは紛れもなく俺だったようだ。少し先にいた俺の元に、怒ってますよというアピールなのか、少し頬を膨らませて近付いてきて並んだ。
不覚にも、かわいい。このちょっと怒ってますアピール。
「あんた、後ろから来たんだから私のこと気付いてたでしょ?挨拶くらいしなさいよ」
「はあ。すいませんでした」
「全く、後輩なんだから。ちょっとは後輩らしい可愛いところ見せなさい」
吉川先輩が俺の自転車のカゴに置いていたスクールバッグの隣に、自分が持っていたスクールバッグを並べて置いた。付いているキーホルダーはトランペットのキーホルダー。運動部の奴らが自分のやっているスポーツのキーホルダーをつけるのと同じで、吹奏楽部員も楽器関連のキーホルダーをつける人は多い。
「おっけー?」
「いや、確認する前にもう置いてるじゃないですか?」
「ほんと?ありがとう!」
「許可してないんだよなあ…」
遠慮ないな。まあいいんだけど。
吉川先輩の少し後ろを歩く形で帰路を辿る。吉川先輩からは女子らしい良い香りがした。そう言えば、京都に来てから小町と帰り一緒に帰ることはなかったから、こうして誰かと帰るのは初めてか。
「それにしても、滝先生よね。あんな爽やかな顔して、なにあの嫌な感じ!」
「そうですね」
「こっちだってやってきたやり方とか、文化とか風潮とか色々あるのに、急に来て何よ。あの態度」
「そうですね」
「大体、あんな言い方じゃ逆にやる気なくなっちゃうじゃない。言い方よ言い方!」
「そうですね」
もう終わってしまった平日お昼の生放送番組に映る観客ばりに、『そうですね』を繰り返す。こういうときは自分の意見は極力抑えて、聞き手に回るに限る。
「比企谷って確か高校からこっち来たのよね?」
「はい。そうです。千葉県にいました」
「京都と比べてどうなの?千葉って。なんか東京が近いからかあんまイメージがないんだけど」
「まあ控えめに言っても、千葉の方が最高でしたね。千葉県と比べたら日本のどこの都道府県も、いや、世界中のどこも劣ってるように思えちゃいますもん。何より、こっちにはマックスコーヒーがない!」
「全然控えめじゃないわね!」
そうか?これでも抑えたつもりだったのだが。
そもそも東京と同じ土俵で比べて欲しくない。京都だって大阪が隣だが、比べられるのは何というか違うだろう。千葉にいたときは大阪のがつがつしてて、どないやねんどないやねんを繰り返してるヒョウ柄のおばちゃん達のイメージ強すぎたが、京都には京都の良いところがあると理解していた。長い歴史と伝統のある建築物など。
それと同じで、東京という日本の経済の中心に対して、隣接する千葉にはまた東京とは違う良いところがたくさんあるのだ。落花生の生産量全国一位だし、九十九里海岸から見る星が綺麗だったりして自然豊かだし、幕張新都心のイオンモールは日本で二番目にでかいイオンモールで何でも揃ってるし。
「何よ、そのマックスコーヒーって…」
「千葉県民のソウルドリンクですよ。あれがないと千葉県民は三分しか活動できないんです」
「なんかウルトラマンみたいね…。ていうかぜっっったい嘘でしょ。千葉県民って話の規模が大きすぎるのよ」
頭がくらっとするほどの甘さ。あれを飲まないと脳が活性化されない。
一日の始めにマックスコーヒー。あー、思い出したら千葉に帰りたくなってきた。