やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「うぇるかーむ。迷える子羊たちよー」

 

 「わー。あすか似合ってる。可愛いよ!」

 

 「でしょー?ふふん」

 

 占い師の格好をした田中先輩は、真っ赤な敷物の広げられた机に手を置いて座っていた。何と言っても目に付くのは大きな水晶玉だ。他にもかぼちゃや月、タロットカードなどが貼り付けられている机や教室の壁は完璧に出し物として占いをしていることをアピールできている。

 知的な赤い眼鏡や真っ黒くて長い髪、そして何と言っても大人びた妖しげなボディ。いつもと違うところと言えば、指に塗られた赤いマニキュアくらいだろう。

 香織先輩の言う通り、田中先輩の格好は似合っていた。どこからどう見てもおとぎ話に出てくる、『あの悪い魔女の仕業よ!』って最初に言われる悪い魔女にしか見えない。

 一人で教室の前にいる辺り、受付担当なのだろうか?

 

 「他の人は何をしてるの?」

 

 「全員占い師だよ?」

 

 「多すぎないかな?」

 

 「これでも意外と繁盛してて足りてないくらいだからー。それよりそれよりー!気になるのは香織と比企谷君が連れてきたその子だよ!」

 

 「こ、小町ですか?」

 

 「小町ちゃんって言うんだね?上の名前は?」

 

 「比企谷です」

 

 「嘘!?比企谷君の妹ちゃんなの!?」

 

 「はい。兄がいつもお世話になっています」

 

 「ううん。私の方こそ、比企谷君には色々と頑張って貰ってるよ。色々と、ね」

 

 意味深に笑う田中先輩。怖い。魔女っぽい格好してるから尚のこと怖い。

 

 「あ、比企谷君。今、この水晶玉に占い結果出たよ」

 

 「え、俺何も言ってないじゃないですか?」

 

 「何々ー…。比企谷君の過去は…。お。見えてきたよー!」

 

 「な、何ですか…?」

 

 「ここに写し出されているのは、南国…うーんペルー辺りかな。拾われてくる子ども…。この目、もしかして比企谷君?じゃあ、この拾ってる人は…お母さんってことに?

 そうか。比企谷君と小町ちゃんは全く似ていない。それはつまり、比企谷君が実の子じゃなかったって事なのか!」

 

 「おい。何言ってるんだあんた。こんなインチキ臭い場所……」

 

 「なーんてね。冗談冗談

 それより、本当に水晶に見えたのはねえ、……比企谷君の部屋?本棚?中学生の時の、歴史の教科書のカバーがして――」

 

 「!!そ、そんなことより、田中先輩!ひゃやく案内して下さい!」

 

 「お、お兄ちゃん?」

 

 「なな何でもない。何でもないから忘れてくれ。忘れろください」

 

 どうなってるんだ!あの人の水晶玉!なんで俺が中学生の時話し掛けられてちょっと軽く好きになっちゃった同級生と似てる女の子が表紙にのってたから、変装までして本屋で買ったえっちな本の隠し場所分かっちゃうんだよ!?

 俺の動揺に、ホクホクした表情の悪女は満足したのか、最初に小町を呼んだ。

 

 「それじゃあまずは、お嬢さん。君はまだ北宇治高校の受験を考えている、もしくは受験に不安を抱えているね?」

 

 「嘘!どうして……。もしかして、また水晶に!」

 

 そりゃ、北高祭に来てる中学生なら大体そうだろう。こんなのに騙されてたら、お兄ちゃんちょっと心配だよ。

 

 「そう。今、この水晶玉に写っているよ。心優しい女の子には、その不安を取り除いてから運命を占わせてもらうよ。教室の中に入って、すぐ左の一番の部屋にお入り。きっと君を導いてくれるはずさ」

 

 「わ、わかりました。お兄ちゃん、中世古さん。先行きますね」

 

 「うん。行ってらっしゃい」

 

 「おーう。先に終わったら、この教室の前で待ってろよ」

 

 ちらりと見た教室の中は黒を基調としており、キラキラと赤や黄色の照明や宝石の玩具が施されていて、中々占いの館っぽい雰囲気を醸し出している。きっと番号の書かれたカーテンで区切られているスペース事に占い師がいるのだろう。教室を空けて感嘆の声を上げた小町は、そのまま神妙な足取りで左に進んでいった。

 

 「面白いですね。受験生のカウンセリングって言うか、相談みたいなのも兼ねて占いをするみたいな感じですか?」

 

 「うん。そうそう。中学生には個別で進路の相談をして、まだどこ受験するか迷ってるーって子には北宇治に来るといいことがありますよって話したり、受験大丈夫かなって思ってる子には、この参考書がいいよって教えてあげてるの。でもそれも普通にやったんじゃ面白くないから、あくまで占いをしている体で。

 文化祭は貴重な学校の宣伝の場だからね。入学生を増やすために有効活用しないと。

 あ、でも勿論恋の占いとかもするけどねー!」

 

 「おー。頭いいね。流石、三年の進学クラスの出し物だ」

 

 「ちなみに吹部のことも超アピールしてるから。高校に入学したら変わりたい、とか挑戦したいって言ってる子は吹部に来ないと呪われるって」

 

 「良いことあるよ、とかじゃないんですね…」

 

 「あはは。さて、それじゃ二人も占っていこうかー。比企谷君はもう決まってるよ。入って四番の部屋」

 

 「え、何でですか?」

 

 「入ればわかるよ。吹奏楽部員は基本的にその部屋にご案内してるんだ」

 

 「い、嫌な予感がする」

 

 「香織はどうしようかなー」

 

 「私も吹部だけど、比企谷君と同じ部屋じゃないの?」

 

 「うん。香織にはあんまりその部屋に入る必要がないって言うかね。

 その代わり、特別に私が占おうかな?」

 

 「え?本当に?嬉しい!」

 

 香織先輩が今日一番の笑顔を咲かせた。この人、本当に田中先輩のこと好きなんだよなー。

 

 「それじゃあ私は他の子にしばらく受付変わるようにお願いしてくるから、香織はちょっと待っててね。比企谷君は中にどうぞー」

 

 小町の時よりも俺の方がかなり適当な感じなのは、この企画が中学生の受験相談とターゲットを明確にしているからだろうな。まあ、別に良いんですけどね。

 二人に手を振られながら、俺は四番の部屋に入った。

 

 

 

 

 

 「来たわね、迷える子羊。…いえ、問題児!」

 

 「ど、どうも……」

 

 四番のカーテンの奥には、田中先輩と同じ占い師の格好をした小笠原先輩がいた。俺の姿を見て、明らかに眉間に皺を寄せる小笠原先輩。俺はお客として来たのに、この仕打ちはなんたることか。

 

 「に、似合ってますね?」

 

 「ホント?ありが……ごほ、ごほっ。そんなお世辞はいりません」

 

 「別にお世辞じゃないですけどね」

 

 「さて、ここでは普段あなたが『吹奏楽部』に対して思っている不安や悩みを私が聞いて、あなたの行く先を占ってあげましょう。ただし、あなたのこれからを占うに際して、これからの運気を高めるために私からもいくつか指摘させてもらうから、その点はこれからの行動に反映していくように。いいですね?」

 

 「……はは。なるほどねー……」

 

 思わず笑いが零れた。つくづく上手いことやるな。

 中学生の相談に乗る名目で北宇治の宣伝をしたりと打算的だが、吹部も同じように占いという口実に隠された蜘蛛の糸があるみたいだ。

 そもそもこのクラス、多くの吹奏楽部員に人気があるというか行きたいと思わせられる要素は目の前にいる小笠原先輩と、受付をしていた田中先輩である。もし仮に、吹部の誰かと北高祭を回るとなれば、部長と副部長が揃っているというのはそれだけでこの占いに行く動機になるし、なんならコスプレまでしてるというのだから尚のことだ。

 

 では、吹部が多く来る見込みがあるこのクラスをどのように上手いこと利用しているか。一つは部員からの不安を聞くこと。個別のブースであることや、暗めの照明、それにあくまで文化祭の一企画の占いという名目であるため肩に力が入らないという状況が、普段あまり部長と話すことのない後輩であっても不満や不安を話しやすくしている一因になるのだろう。

 全国を控えているということもあって、もやもやしていることを部長に話すことが出来た。その事実だけでも、少しはその解消に役立つのかもしれないし、部の運営をやりやすくすることにもつながるはずだ。

 そしてもう一つはその逆である。つまり部長と副部長という部の運営をする側からの改善して欲しい点を伝える機会。こちらも同じように一対一のため話しやすいし、また普段は聞きにくい情報なんかを仕入れることができる。特に三年と二つ学年の離れた一年については、パトリ会議で三年から話を聞いているのとは別の側面からの貴重なご意見になる。

 

 香織先輩は普段から二人といる時間が多いし、むしろ部の運営の中心的な存在だから小笠原先輩と話すこの部屋に案内する必要がなかったという訳だ。

 誰が考えたんだ、こんなこと。うん。田中先輩だろうな。


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