やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「それで俺からの部への不安ですか?」

 

 「うん。ないならないでいいよ。私から比企谷君に言いたいことは山ほどあるから、その時間を多く取れるし」

 

 にこにこと笑顔を浮かべている小笠原先輩。その顔が作り笑顔であるのは誰が見ても分かる。とりあえず何とか質問で引き延ばして、小笠原先輩から俺に話をさせないように時間を稼ごう。

 

 「ど、どうしたら部長と仲良く出来ますかねー、みたいな……。はは……」

 

 「そうだね。まずはその腐った目」

 

 「最初からどうすることも出来ないやつだったー」

 

 「後は香織を誑かすのもやめて欲しい」

 

 「それは待って下さい。俺、誑かしてなんていないですもん」

 

 「それから、もっと部員ともコミュニケーションを取るべきだな。最近はペットの皆とは上手くやってるって聞いてるけど、他のパートとも話して。吹部の闇ってあだ名、定着しちゃうよ?」

 

 「だって話す必要ないで……え、俺そんなあだ名で呼ばれてるんすか?もうちょっと詳しく」

 

 「それから何より余計な問題に首突っ込まないで。あすかから聞いたもん。希美ちゃんの復帰の問題にも一役買ってたって。何やってるの?ねえ?」

 

 「むしろ田中先輩に関わるように仕向けられたんですが、それは…」

 

 つーか結局、小笠原先輩から俺への改善事項みたいになっちゃってるんだけど。まだ話したそうに次から次へと俺への改善事項を口から発する小笠原先輩は少し楽しそう。俺の勘違いでなければ、後輩へのアフターケアが目的だと思っていたのに、むしろ小笠原先輩のストレス発散の時間になっている気がする。

 

 「あと何と言っても、私に迷惑をかけないことかな。私、部活引退したら絶対に病院行って、胃に穴が開いてないか診断して貰おうと思ってるんだ」

 

 「胃に穴が開くとただの腹痛とかだけじゃなくて、発熱とか呼吸困難、血圧低下の症状があるって聞いたことありますけど、そんな症状あるんですか?」

 

 「ううん。ないけど、絶対開いてるもん!」

 

 「そうやって思い込んでいると本当に開くからやめた方が良いですよ。緊急手術とかで切開とかもあるって聞きますし」

 

 「え、そ、そうなの……。じゃ、じゃあ胃に穴開いてない……」

 

 「はぁ。苦労人ですよね。先輩」

 

 「うん。特に今年は本当にね。滝先生に続いて、高坂さん、比企谷君に希美ちゃん。次から次へと立て続けに問題が…。休む暇がないよ」

 

 「合宿の時も物真似やらされてましたしね」

 

 「あーあれなー……」

 

 「めちゃくちゃ上手かったですけどね」

 

 「え?」

 

 「俺、ちょっと感動しましたもん。あのクオリティで鑑定団の結果発表できる人は、小笠原先輩しかいないなって。実はすごい練習してたんだなって伝わってきました」

 

 「ひ、比企谷君……」

 

 ぶわっと、小笠原先輩の目に涙が貯まる。え、ちょ、ちょっと…。

 

 「そうなの。実はね、絶対物真似やるように振られるなって思って私、あの為に一ヶ月前から練習してたの。それなのに誰も笑ってくれなくて、後輩とかも気まずそうにコメントしてて……。

 一番酷いのがホルンの二年と三年でね、合宿前にこっそり学校で練習してるの見つかっちゃったから見て貰ったら、絶対面白いから合宿でも自信持ってやりなよって言ってくれてたのに、いざ合宿の物真似大会になったら周りの皆が笑わないからって、その子達も気まずそうにキョロキョロ周り見て俯いちゃってさ。私関係ないですよー、みたいな。裏切りだよ…」

 

 「そ、そうなんすか……」

 

 矢継早に愚痴をこぼす小笠原先輩に、何とか相槌を返す。あんまりにも早すぎてどのタイイングで、『はい』とか『そうなんですね』と入れれば良いかわからない。久しぶりに誰かと会話する難しさを教えられている気分だ。

 時間にして五分くらい。話しすぎて疲れたからか、机の下から出した水を飲むと小笠原先輩は一つ頷いた。

 

 「……私、比企谷君の好感度上がったよ」

 

 「はあ。良かったです」

 

 「うん。君は最高の理解者だ!」

 

 「ちなみにどのくらい上がりましたか?」

 

 「平均五十で、これまでの比企谷君が十だったとしたら今六十くらい」

 

 「上がりすぎだろ」

 

 チョロすぎじゃないですかね、いくら何でも。来年、大学行ったら悪い男に騙されてそう。誰かが見ててあげないと。

 

 「もうね、比企谷君に話したいことは何もないよ。香織のことも本当は助けて貰ってたって、少しは思ってたから。もしまた部活で何かあったら、その時はよろしくね?」

 

 「は、はい…」

 

 「でも、何か行動するときは一言私に相談してからね?」

 

 俺の首をコクコクと振って理解をしましたアピールに、小笠原先輩は満足そうに頷いた。

 

 「あ。そうだ。話は終わりにしようかと思ってたんだけど、あすかから聞くように言われてることがあるんだった」

 

 「え?話し終わりにするってまだ占い、何一つしてないですよ?」

 

 「やってもいいけど私の占い、結構適当だよ?」

 

 「いやいや。やってる側が言わないで下さいよ」

 

 「しょうがないよ。吹部の皆そうだと思うけど、準備の時間なかったからさ。占いって意外と色々覚えなくちゃいけないことあるし。まあ、やってみたいならやってみてもいいけど…」

 

 よくそれで占い師やろうと思ったな。そう言おうかと思ったけど、俺だってゴミ処理係だから人のことは言えない。

 小笠原先輩が赤い敷物で覆われた机に広げたのはタロットカードだった。タロットの知識はゲームでしか知らない。こうして実物を見たのは初めてだ。コミュ全Maxにするの、『P3』も『P4』も『P5』も大変だったなあ。

 

 「じゃあこの裏返しのカードの中から一枚選んで?」

 

 「これで」

 

 「これね。えい!」

 

 占い師らしからぬ掛け声とともに、めくられたカード。そこに描かれているのは。

 

 「確かこれ『塔』ですよね?」

 

 「そうなんだ?あ、でも下に『the tower』って書いてあるからきっとそうだよ」

 

 「で、占い結果は…」

 

 「え、えぇーっと…。あ、見て。この絵、雷が落ちてる。そう言えば、今日って夜台風らしいよ?」

 

 「天気予報で言ってましたよね。でも外、晴れてるから信じられないですけど」

 

 「だよね。風もそんなだし。じゃあ比企谷君の占い結果は、この塔が雷で折られてるみたいに今日の台風で人生が変わるような何かが起こります、です」

 

 「うわ、本当に適当ですね。なんかタロットって、上と下どっち向きだったかとかも結果に関わるらしいです」

 

 「う。ちょっとは勉強しておきます…」

 

 しょんぼりと肩を落としているが、大丈夫。この人の扱いはもはや心得ているっ!

 

 「…まあ、小笠原先輩は部長ですし忙しいから仕方ないですよね」

 

 「ひ、比企谷君!もはや好感度カンストしたよ!」

 

 ……わーい。激チョロだーい。こんなんでうちの部長は大丈夫なのか。

 

 「さて、そんじゃ俺そろそろ行きますね。さっきの田中先輩のあれなんですか?」

 

 「あ、うん。実はもう今からちょっとだけ来年の吹部の運営のこと考えてるんだ」

 

 「吹部の運営って、要は部長とかですか?」

 

 「うん。後は副部長とか現一年生の学年代表とか、指導係とか。あとパトリもか。

 その辺の部の中心になる係は先に候補くらい考えといておいても良いんじゃないかってあすかと話してて。候補だけでも決めといた方がいざ選ぶときに、今から全国までの間に判断する決め手が見つかるかもしれないしね」

 

 「まあ、そうですね」

 

 「それでさ、来年の部長の候補をあくまで一意見として聞いとけばってあすかが。私が言うのもあれだけど、部長を誰にするのかって一番大切だからさ。その子次第で部がどうなるか大きく変わってくるもん」

 

 「え、それは分かりますけど、何故に俺?」

 

 「三年生の話し合いだけで選ぶんじゃなくて一年生の意見もいくつか聞いときたいのは事実だし、その中でも聞くなら比企谷君みたいに部を俯瞰的に見てくれる子がいいよって」

 

 「あの人に評価されてるの、嬉しいって言うか怖いんだよな」

 

 「あー、ちょっとそれは分かるかもな。私的にはね、ホルンの岸部海松ちゃんか、クラの島りえちゃんがいいと思うんだよね。二人とも優しいし、吹奏楽の経験も中学からやってたから長い。特にりえちゃんは人数が多いクラのパートで上手くやってきてたから吹部みたいな大所帯を纏めるのも上手そうかなって思うの」

 

 「なるほど。俺は先輩達の意見と決定に反対することはまずないですけど」

 

 「じゃあ、この二人に賛成?それが比企谷君の意見?正直にこの人がいいんじゃないって人がいたら言って良いんだよ?」

 

 「……個人的には来年の部長の候補、一人だけだと思うんですよね」

 

 「誰?」

 

 「それは――」

 

 

 

 

 

 「あ、お兄ちゃん。遅かったね」

 

 教室の外に出ると、香織先輩と田中先輩もすでにいた。三人で楽しそうに話しているが、小町と二人の年の差四つあるんだよな?すげえな。何の話すんの?

 

 「どう?楽しかった?」

 

 「……まあ、そこそこですね」

 

 「そっか。それじゃあ良かったよ」

 

 ニコニコと笑っている田中先輩に香織先輩は首を傾げているが、俺が話していたのが小笠原先輩だったことは知らないみたいだ。

 

 「で、質問の答えにはなんて答えたの?」

 

 「『あすかと一緒で驚いた』って言われました」

 

 「相思相愛?」

 

 「違いますね」

 

 「ぶー。冷たーい。でも同じ考えの人がいて良かったよ」

 

 「小笠原先輩は凄い反対みたいですけどね?さて、そんじゃ俺と小町は他のクラス見て回りますね?」

 

 「あ、うん。私もそろそろクラスの手伝いに戻らないとだ」

 

 「そっか。それじゃあ、小町ちゃんだけは学校で会わないからさようならだね?」

 

 「はい。あすかさんも、香織さんもありがとうございました」

 

 「うん。全国大会、見に来てね?ね、あすか?」

 

 「……」

 

 「…あすか?」

 

 「ん?うん。勿論だよ!きてきてー。私たちの晴れ舞台にかもーん!」

 

 「はい。小町、絶対に見に行きます!頑張って下さいね!」

 

 田中先輩の無言と、不安そうな顔をした香織先輩。それがなぜかしばらく頭を離れなかった。


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