やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「あー!!」

 

 次はどこに行こうかとパンフレットを広げて悩んでいると、顔を上げた小町が何かに気が付いて走り出した。ぴゅーっと駆けていく小町の先にいるのは二人の女子生徒。

 っていうか小町ちゃん。廊下は走っちゃ行けません!そして俺を置いていかないで。廊下の真ん中で一人パンフレットを広げてると、場所が場所だけに凄い寂しい奴みたいになっちゃうから。現実再認識しちゃうから。八幡的にポイント低いから。

 

 「でも優子。比企谷君の事――」

 

 「だから、違うんだって!…確かに比企谷には私、色々と――」

 

 「おーい!ゆーうっこさーん!」

 

 「きゃっ!」

 

 何やら並んで話していた優子先輩と鎧塚先輩。少しだけ顔を赤くしている優子先輩の背中に、小町が飛びついた。

 

 「お久しぶりですー!」

 

 「小町ちゃん!北高祭に遊びに来てたんだね」

 

 「はい。優子さんに会いに来ましたー」

 

 え、そうなの?俺に会いに来たんじゃなかったの?

 とりあえず嬉しそうに小町に抱きつかれたままの優子先輩と、相変わらず無表情ながら戸惑っているような気がする鎧塚先輩の元に急いで向かった。

 

 「げっ。比企谷」

 

 「えっ。げってなんですか」

 

 「いや、あの…。ちょうど今色々あって……」

 

 「…優子」

 

 「何、みぞれ?」

 

 「私、いない方が良い?」

 

 「だから違うんだってば!」

 

 さっきからいまいちこの二人が何の話をしているのかわからないけれど、焦っている優子先輩を見るに、何かからかわれているって事なのか。

 

 「わかった。ところでこの子は?」

 

 「小町ちゃん。比企谷の妹よ」

 

 「あ、小町ちゃん。この子はみぞれ。私と同じ二年の吹部」

 

 「いつも兄がお世話になっております。妹の比企谷小町です」

 

 「……」

 

 無言でぺこりと頭を下げた鎧塚先輩は首を傾げた。

 もう今日一連の反応でわかる。本当に俺の妹?マジかよ、みたいなあれだろ。

 鎧塚先輩はメイド服を着ていた。川島達のクラスのメイド服と比べると王道のメイド服という感じがする。鎧塚先輩が身に纏うメイド服と比べて、一年三組の場合はテーマが夢の国だったから、色合いは水色が基調だったり、デザインも可愛らしさを重視していた。

 きゃりー系メイド服か、王道のメイド服か。どっちも捨てがたいな。とりあえず川島にはこっちも着てみて欲しい。

 

 「優子さん。前にたまたま会って連絡先交換したときに、今度遊び行こうって話したじゃないですか?でも優子さん、部活が忙しすぎて中々遊びに行く機会なかったんで小町、今日一緒に北高祭回れたらなって」

 

 「嬉しい!ちょうど今、みぞれがシフトに入るのに合わせてみぞれのクラスのメイドカフェに行こうとしてたの。一緒に行こうよ?」

 

 「はい。行きます!」

 

 「え、さっき行ったじゃん。川島のメイドカフェ」

 

 「ばっか。うるさいよーお兄ちゃん。どこに行くかじゃない。誰と行くかが大事なの」

 

 「妹がかっこいい…」

 

 「比企谷は分かってないわねー。はぁーあ。本当にこのコミュ力の五十分の一でも比企谷にあれば良かったのに」

 

 「俺そんな責められること言ったかなあ…」

 

 少しへこんでいると、くいくいと袖を引かれた。鎧塚先輩だ。

 

 「私のところのメイドカフェの方が凄い。希美もいるし、提供するデザートも本格的だし、希美もいる。だから来て」

 

 「お、おう…」

 

 傘木先輩がいるかどうかは正直あんまり関係ないんだけど。鎧塚先輩に取っては超大事だから二回言ったんだろうな。多分。

 

 「まあ。鎧塚先輩がそう言うなら俺も行かないことはないですかね」

 

 「うん。すぐそこだから。行こう」

 

 鎧塚先輩に付いていく。廊下は歩くのが難しい程ではないが、人は多い。北高祭が終わるまで二時間くらいだというのもあって、むしろ生徒達は自分たちの企画に呼び込むのに必死みたいで多くの来場者に声をかけていた。

 

 「小町ちゃんは比企谷と一緒に回ってたの?」

 

 「はい。北高祭は活気が凄いですね。中学は文化祭とかないんで早く高校生になりたいなって思いました」

 

 「わかるかも。私も中学の時、北高祭来て楽しそうだなって思った記憶あるもん」

 

 「あと、吹部の方達もたくさん会って、みんないい人ばかりでした」

 

 「そっかー。誰に会ったの?」

 

 「えっと、みどりさんとか高坂さんとか。後は三年生の香織さんとあすかさんにも会いましたね」

 

 「嘘!?香織先輩に会ったの?私、今日まだ一回もエンジェルに会えてないんだけど!?」

 

 「え、エンジェル?」

 

 優子先輩の急なテンションの爆上がりに、小町は優子先輩に気が付かれないようにさっと距離を取った。後ろから見てる俺じゃなかったら見逃しちゃうぜ…。

 

 「どこどこ、どこにいたの?香織先輩、朝から霊圧が消えてるの…!」

 

 「霊圧ってどこの死神代行ですか…。

 宣伝隊長とか行って着ぐるみの中に入ってましたよ。ウサギです」

 

 「ああ。あのちょくちょく見かける着ぐるみね。

 深読みしすぎたわ…。宣伝だから公演には出ないとは聞いてたけど、宣伝するならあのスーパーエンジェルスマイルを振りまきながら紙とか配ってるんだと思ってた。まさかあの中に入ってるとは…。流石、香織先輩。裏をかいていた…!

 お陰で香織先輩のクラスのコスプレパフォーマンス、毎公演行っちゃったもん」

 

 「もはや、やってることがストーカーと大差ないんだよなぁ」

 

 「…なんか急に小町が知ってる優子先輩じゃなくなった?」

 

 「着いたよ」

 

 俺たちが話している間も、黙々と歩いていた鎧塚先輩が立ち止まって指さした。

 『二年二組&三組合同 ストロベリーホイップ』と書かれた看板には、クレープやケーキが描かれている。ピンクや黄色を基調にした教室は、二年と言うこともあってだろう。確かに一年よりも装飾のクオリティーも高いし、教室の中は賑わっている。

 それにしても合同の出店もありだったのか。合同だなんて言葉を聞くと、ノリで一緒にやることにしたけど、人数も多い分意見が割れるし、仕事や担当の割り振りで揉めるしで思ったよりも大変で、どちらかのクラスの企画担当が仕事押しつけられている想像ばかり膨らむのは私だけでしょうか。

 

 「おぉ。みぞれの着てるメイド服とマッチして、クラスの雰囲気も可愛いね」

 

 「それにお客さんが食べてるクレープとかパフェも本格的です」

 

 「うん。私は何もしてないけど。

 あ、えーっと。どうぞ、ここ」

 

 鎧塚先輩は拙い動きで俺たちが座る席を指定した。笑顔の片鱗もないし、俺と同じで全く接客業には向いていない。

 けれど、ここはメイド喫茶である。『いらっしゃいませー、ご主人様ー!すぐにお席にご案内するから、もうちょっとだけ待ってて欲しいニャン!』って言うところだろう。でもやっぱり、流石にそんなこと鎧塚先輩がノリノリでやってたらビックリだから無しだな。

 

 「ご注文は?」

 

 「えっと、みぞれ。メニューは?」

 

 「あ。ごめん。はい」

 

 「なんかおすすめとかあります?」

 

 「ない」

 

 「えー…。じゃあ俺、珈琲だけで良いです。あんま食べると、小町が作る夜ご飯食べられなくなっちゃうし」

 

 「別に良いよ。その分今日少なめにするし」

 

 「いや、いいんだ。小町が作る飯が、一番美味いから。いつもいつもありがとな」

 

 「うぅ、お兄ちゃん……。こういうちっちゃな感謝でも言ってもらえると、小町も嬉しい…」

 

 「あんた達の会話、兄妹の会話じゃないわよ。なんか結婚前の夫婦みたい。私はいちごクレープにしようかな」

 

 「あ。小町も優子さんと同じので」

 

 「わかった。すぐ作るから待ってて」


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