やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「それじゃあ小町はそろそろ帰りますね?」

 

 「そうか。まあ大分回ったもんな」

 

 「うん。満喫満喫!ありがとうお兄ちゃん。楽しかったよ」

 

 「そうか。俺も小町が来てくれて良かったぞ。危うくこの北高祭をベランダだけで終えるところだった」

 

 「?どういうこと?……まあいいや。優子さんもありがとうございました。家も近いことですし、今度是非、我が家に遊び来て下さい」

 

 「え?比企谷の家に?そ、それはちょっとなんて言うか…」

 

 「ああ。大丈夫ですよ。うち基本的に両親は家にいないんで。小町とお兄ちゃんと家主のかまくらって名前の猫が歓迎します」

 

 「そういう問題じゃないんだけど…。まあいっか。ありがとうね」

 

 「はい。それじゃあ、また!」

 

 ぶんぶんと手を振りながら去って行く小町が小さくなっていく。二人でそれを見送った後、俺たちは踵を返した。北高祭も残すところ、あと一時間もない。

 

 「私、この後最後の公演あるんだけど、比企谷はどうするの?」

 

 「俺は小町も帰ったことですし、教室でゆっくりしようかなって。何だかんだでずっと回ってたんで」

 

 「そっか。流石に今日の放課後は練習なくて良かったよね。比企谷の言う通り、やっぱり文化祭って疲れるし」

 

 「本当ですよ。なんなら閉会式とか、人気クラスの発表もなしで帰りたいです」

 

 「でも比企谷、北高祭今年初めてじゃない。意外と閉会式は盛り上がって楽しいよ?」

 

 「嫌ですよ。どうせ盛り上がって、ノリで打ち上げとか言い出すんでしょ?」

 

 「そりゃそうなんじゃない?あ、それじゃ私教室こっちだから」

 

 「はい。頑張って下さい」

 

 優子先輩は階段を登っていく。ひらりひらりと揺れるスカート。すらっと伸びる足は細すぎるくらいで、さっきまで食べていた生クリームも少しくらい足でも腰でも付いた方が良いんじゃないかなんて思ってしまう。

 ……いけない。この間の靴飛ばしを思い出してはダメだ。

 煩悩を振り払うようにぱっと廊下の奥を見た。

 

 「…ん?」

 

 あれは…。滝野先輩と笠野先輩と……。

 

 「トランペットパート大集合じゃねえか」

 

 高坂と香織先輩、そして今別れたばかりの優子先輩以外の面々が揃っている。

 珍しい光景だ。普段のパート練では一緒にいるが、逆にその時間以外は一緒にいることなんてない。学年も違えばクラスも違う。

 

 「あ、比企谷君」

 

 そんなことを考えていると吉沢が俺のことに気が付いた。その声で、他のパートメンバーも俺を見る。

 

 「お疲れ様です」

 

 「うん。お疲れ」

 

 「おー比企谷。どうだー?文化祭楽しんでるかー?」

 

 「え?なんすか?」

 

 いつになく馴れ馴れしく肩を組んでくる滝野先輩は明らかに様子が変だ。その滝野先輩に刺さる三人の視線が妙に冷たいのも気になる。何をしたんだ、この人。

 

 「さて、比企谷。一緒に――」

 

 「滝野君」

 

 笠野先輩の一言で滝野先輩がぴたりと止まる。近くで見れば汗をかいていた。これが所謂、冷や汗というやつか。初めて見た。

 

 「比企谷。滝野に何か聞いたりしてないよね?」

 

 「何をですか?」

 

 「待て、加部。本当に違うんだって。言わないでくれ」

 

 「滝野が女子を盗撮してたって噂があるの」

 

 「え?それって…」

 

 「だから言うなってば…」

 

 『只今、校内で何人かの女子生徒から盗撮されたという苦情が入っています』

 

 頭に浮かぶ、一年三組で文実から聞かされた事件。一時は犯人にされかけたが、その犯人がまさか…。

 

 「おい。比企谷信じてないよな?」

 

 「いや俺そんな滝野先輩のこと知らないっていうか、大して仲良くないんで」

 

 「冷静に事実並べるのやめろよ……」

 

 とりあえず、すっと距離をとって吉沢の隣へ。これで滝野陣営には本人一人しかいない。あっち側にいたら、いつ飛び火が来るかわかったもんじゃない。

 

 「最初、私が同じ二年の友達に滝野が怪しい動きしてたって聞いたから問い詰めてたら、笠野先輩と秋子ちゃんも滝野を探してて」

 

 「三年のクラスメイトが滝野君がカメラを鞄に隠してたって言ってるの」

 

 「私も一つ上の先輩に急に写真撮られたって聞いたんだ」

 

 「……」

 

 流石に三つも証言があるならもう犯人で確定なんじゃ…。滝野先輩、ずっと黙ったままだし。

 ひくわー。比企谷だけに。ひっきーだわー。

 

 「滝野先輩。いえ、滝野メンバー。撮った写真を出して下さい」

 

 「そうよ。秋子ちゃんの言う通り。出しなさい」

 

 「もう…ダメなのか……」

 

 滝野先輩が諦めかけたその時だった。

 

 「見つけました!犯人はあなたですね!」

 

 さっき聞いたばかりのフレーズに、ぞわりと総毛立った。この声、さっき三組にいて俺を犯人にしかけた文化祭実行委員会の奴だ!

 

 「え、なんのことですか?」

 

 「とぼけないで!あなたのその面、間違えありません。貴方です」

 

 「だ、だから何の事って……」

 

 聞こえてくる誰かと文実のやり取りに、滝野先輩が控えめに呟く。

 

 「…も、もしかしてあいつが犯人なんじゃねえか」

 

 「でも…」

 

 「一応見てこいって。な?」

 

 「それじゃあ私たち見てくるから、比企谷君、滝野君の見張りお願いしてもいい?」

 

 「ま、まあいいですけど…」

 

 「よろしくね!すぐ戻るから絶対逃がしちゃダメだよ!」

 

 文実の声が大きいから、なんだなんだと人が徐々に集まってくる。すぐに三人の姿は人混みに呑まれて見えなくなった。

 

 「ふぅ…。あぶねえあぶねえ」

 

 「暗に自分が犯人だって言ってるような気がするんですけど、間違いじゃないですよね?」

 

 「ああ。でもここまで来れば勝ちだから。後は撮った秘蔵の写真を比企谷に渡して、見逃して貰うって寸法だ。忖度!賄賂!」

 

 「クズだなぁ……。まさか。更衣室とかで盗撮とかしてないですよね?」

 

 「流石にそこまでするわけないだろ。俺のこと、何だと思ってるんだ?」

 

 「普通にしてそうなんですよね」

 

 「コスプレしてる女子とかくらいだよ。こういう時くらいしかないだろう。コスプレの女子とかを写真撮る機会って。東京とかだと、一年に何日かでっかいイベントが開催されるらしいよな。行ってみたいよ」

 

 「ああ。有明でやってるやつ?」

 

 「そうそうそれそれ……ってそんな話してる場合じゃなかった。とりあえずこの場を離れないと、笠野先輩達が戻って来ちまうぜ」

 

 滝野先輩はおもむろにカメラを取り出して、データを開いた。うわ。すげえ。この人、朝から何枚撮ってるんだ。中には、話したことはないが顔は知っている吹部の面々もいる。というか、吹部が多い気がする。

 

 「そうだなー。こんなのどうだ?」

 

 「か、川島!結構ノリノリでポーズ決めながら写ってる……」

 

 「そうそう。このクラスのメイド喫茶は行ったか?一年には適当に、吹奏楽部員の文化祭の記録を残してるからって嘘吐いて写真撮らせて貰ったんだわ。

 特におすすめはこれだな。いわゆる『はい、あーん』を恥ずかしがってる感じでやって下さいってお願いした一枚だ!」

 

 「ガッツリ一年に騙してますけど、確かにこの写真は……いい!」

 

 「だろー。あ、メイドと言えば、二年もやってるんだよ。これ、良くないか?」

 

 「中川先輩、恥ずかしがってますねー」

 

 「ああ。メイド服を着て接客をし始めてからすぐに撮った写真。意外と着てみたらスカートの丈が短かったみたいで照れてる中川」

 

 「普段、クールっぽい感じの人だからこそ、味のある一枚。す、素晴らしい…」

 

 「お、そうだ。俺たちはトランペットパートだから、欠かせないのはやっぱりこの人だろ」

 

 「香織先輩ですか?でも、あの人はウサギの中だからそんないいカットを撮れないんじゃ」

 

 「そう。流石だ、比企谷。でも、まだ甘い。

 逆に考えるんだ。そんな時だからこそ、撮れる一枚ってものをな…」

 

 「こ、これは…!」

 

 「ずっと着ぐるみの中に入ってた後にクラスシャツに着替えた香織先輩だ。わかるか?」

 

 「はい。汗で髪がおでこに張り付いちゃってたり、シャツがちょっと汗で染みちゃって透けてるところが」

 

 「エロいよなー。たまらんわ」

 

 この人、意外と写真を撮るセンスあるぞ。なんて言うか、素材の味をきちんと活かしてる。それに一枚一枚の写真全てに誇りを感じるし、もしかしたらカメラマンとしてのセンスがあるのかもしれない。やってることが基本的に盗撮なのがとにかく痛いが。

 

 「そろそろお前も懐柔されてきたんじゃないか?なあ、欲しいだろ?見逃してくれよー」

 

 「くっ。抗えない…」

 

 「そうだ。こんな写真もあるぜ」

 

 「ゆ、優子先輩?これ、なんですか?」

 

 撮影場所は中庭の、比較的人目に付きにくい場所だ。風が吹いてきたようで何気なくスカートを抑えているだけの写真だが、舞い上がる亜麻色の髪や、風で晒された日焼けという言葉とはほど遠い白い足。流石美少女。こんな日常の一コマも絵になる。

 

 「あいつさ、今日の午前中、この場所に呼び出されて告られてたんだよ」

 

 「え?」

 

 「相手は多分、同じ二年だと思うけど。ほらよく言うじゃん、文化祭マジックって。ノリで前から気になってるやつにアタックして、いけたらラッキー。ダメでも文化祭の熱で書き換えちゃおうみたいな。

 はは。ま、俺から言わせればそんなもん、ある訳ないけどな」

 

 「それで、優子先輩は?」

 

 「さあ。わからん。でも相手落ち込んでた感じだったし、振ったんじゃねえの。それかお友達から始めましょう、みたいな感じとか?」

 

 「……」

 

 俺は一体、何に安心しているんだろうか。どくんどくんと自分の心臓の鼓動が聞こえる。

 

 「あいつ、顔は良いからなー。香織先輩への愛が止まらなかったり、ずけずけ何でも言って中川と良く喧嘩してるけど、そういうの踏まえても人気があるって言うんだからすげーよ。

 まあでも、こうして写真で見ると分からなくもないか。髪も綺麗だし、顔は幼い感じだけど整ってるし、スタイルも悪くないし、脚綺麗だし。

 あの性格さえ何とかなればなあ。はーあ。残念だよなー」

 

 「……」

 

 「比企谷?どうしたんだよ、そんなムッとして」

 

 「せんぱーい。笠野せんぱーい。犯人ここにいまーす」

 

 「え?本当!?」

 

 「お、おいいいぃぃ!比企谷、てめええぇぇぇ!」

 

 勘違いしないで欲しい。俺は一度も見逃してやるなんて言ってない。甘い言葉に惑わされかけたけど。

 むしろ、てめええぇぇ、と叫びたいのはこっちだ。お陰で妹の前で犯人にされかけて、恥をさらしたんだぞ。何もしてないのに。してないのに!

 涙を流しながら、笠野先輩と加部先輩と吉沢に詰め寄られる滝野先輩。俺はこの場をそっと後にした。


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