やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 閉会式が長かったような短かったようなイベントの終わりを告げ、教室に戻る。どこのクラスも努力と汗の結晶はそのままの形で残されたままだ。明日は授業がなく、原状復帰の日として設定されているため、今日は片付ける必要がないためである。

 一年六組も他のクラスと同じように、お化け屋敷のために制作した物を解体することなく、真ん中にスペースを作って集まった。ざわざわと騒々しく、笑顔は絶えない。俺は今日のクラスの手伝いもほとんどしていないので、達成感みたいな物が一切ないんだが。

 クラスメイト達の喜ぶ声で溢れかえる教室は、どこかコンクールで次の大会に行けることが決まった後のようでさえある。その理由は、黒板に大きく書かれた文字と、クラス代表が手に持っているたった一枚の表彰状が理由に他ならない。

 

 『優秀賞 一年六組 こわぁいお化け屋敷』

 

 来場者や生徒達の投票も踏まえて決まる優秀賞。通常なら例年、文化祭に気合いを入れている三年の団体か、どこかの部活動が持って行く賞を俺たちが受賞した。

 一年の受賞は歴史ある北高祭の中で初めてのことらしい。受賞したからと言って、残念ながら特に賞金とかがあったりするわけではない。オブジェクトとして、表彰状がもらえるだけ。

 

 

 

 

 滝野先輩が囲まれたのを見送って、教室に帰ってきたときは本当にあまりの大盛況に驚かされた。隣のクラスにまで伸びる人の列。

 まさか、今日ちょくちょく噂に聞いていた一年で人気のクラスが俺のクラスだったなんて。しかも、ここまで人気になっているとは。

 

 『あ、ねえ!手伝って!』

 

 『え?お、おう?何すればいいの?』

 

 『受付…はちょっとあれだから…。とりあえず、列整理でいいや』

 

 『いや、あれって……。まあいいけど。了解』

 

 あんまりにも忙しかったため、猫の手も借りたかったのだろう。俺も手伝わされる始末であった。

 列整理をしながら、並んでいる人たちの声に耳を傾ける。聞いている感じだと、学生を中心に人気が広まって、長蛇の列を見て来場者が人気そうだし、遊びに入って見ようか、という感じだったらしい。

 

 『なあなあ。俺たちの時には出るのかな、ゾンビ?』

 

 『いや、どうだろうな。でも百人に一人のペースでは出るらしいし。ほら。今も並んでると、たまにめっちゃでっかい悲鳴聞こえてくるじゃん。それが絶対ゾンビだよ』

 

 ん?うちらの企画、ゾンビの演出なんてあったか?

 もしかしたら、よりインパクトを強めるために驚かすポイントを増やしたのかもしれない。某遊園地の人気お化け屋敷みたいにお化けが追いかける演出が増えてたりして。

 

 『最初にゾンビを見たって言ってた、放送委員の二年の女の子、軽い気持ちで入ったらゾンビがいたんですーって放送中に思い出して、途中泣き出してたもんな』

 

 『その子がお化け屋敷から出てくるところ見てた俺の友達も、あれはマジな反応だったって言ってた。顔青ざめながら、呪われるってわんわん泣いて話してたってさ』

 

 『やべえ。どんどん楽しみになってきたな!』

 

 ゾンビ。泣き出す女子。

 

 『い、い…、いやあああああぁぁぁ!ゾンビいいぃぃ!』

 

 忘れられない悲鳴が頭の中で何度もリフレインする。

 ……え。もしかして…。いや、もしかしないだろ。間違いなく、それ俺……。

 

 

 

 

 「おし、そんじゃ今日は盛大に打ち上げしようやー!」

 「お、賛成賛成!」

 「いいねー」

 

 浮ついているクラスメイトの声を聞いて、受賞したことの影の立役者である俺は、一人クールに口角を上げた。

 とは言え、ここまで人気になったのは俺の全く意図していなかったゾンビ効果だけではない。ゾンビ出現情報から本物のゾンビが出ると噂が広まり、それを聞いて入った来客が今度はクオリティの高いお化け屋敷だったと評判をどんどん広げていった。その成果が、この優秀賞である。

 だからこそ、クラスメイト達がこうして喜ぶのはもっともだ。当日の貴重な文化祭の時間を忙しさに追われて、ほとんど回ることも出来ずにクラスの手伝いをしていただけでなく、今日の北高祭のために、以前から大がかりなセットや大量の制作物を作り上げてきた。素直に、お疲れさんと心の中で最大の賛辞を送る。

 離れたところから喜ぶクラスメイトの輪を眺めていると、隣に高坂がやってきた。

 

 「お疲れ」

 

 「うん。お疲れ」

 

 「なんか嬉しそうだな。お前も」

 

 「こないだ部活の時も言ったけど、私はやるからには良い成績残したいから」

 

 「まさか、こんなに人気がでるとは思わなかったんだけどなー」

 

 「本当にね」

 

 白い装束をまだ来ているのは、閉会式が始まる直前までお客さんが残っていたため、着替える時間がなかったからだろう。長い黒髪に白い肌。幽霊役には申し分ない。高坂以上の適任はいないと言っても過言ではないナイスキャスティングだ。

 

 「皆、ちゅうもーく!この後、打ち上げ行ける人は前にある紙に丸付けてねー」

 

 「比企谷は打ち上げ行く?」

 

 「まさか。今だってこうして、輪に入ってない時点でわかんだろ。あいつらと一緒に盛り上がれない時点で、行ったところで余計な気をつかわせるだけだ。

 こういうのはちゃんと準備も当日も頑張ってきた奴らで行けばいい。俺は準備からずっとほとんど手伝ってねえからな」

 

 「それにクラスの皆とは普段から、かくれんぼして遊んで貰ってるようなもんだしね?」

 

 「それは仲間に入れてとか何も言ってないのに、勝手にいない子扱いされてるだけなんだけどな」

 

 「ふふ」

 

 「お前は?行くのか?」

 

 「ううん。誘ってはくれたけど、比企谷と同じで準備とかやってたわけじゃないから断った」

 

 「なんだよ。それじゃ、俺のとこに来たのは誘われてないことの当てつけ?折角誘われたならいきゃ良いんじゃねえの?」

 

 「違うよ。ただの確認」

 

 高坂は少しだけむすっとして立ち上がった。

 真面目に高坂が行けば喜ぶと思う。主に男子が。トランペットパートにいると忘れがちだが、高坂は間違いなく美人でクラスの高嶺の花に違いない。

 

 「今日、滝先生と一緒に橋本先生と新山先生来てたの。会った?」

 

 「いや、知らなかったわ。会ってない」

 

 「先生達に今日は台風が来るからあんまり遅くならないように気をつけなさいって言われた。それもちょっと理由にある」

 

 「真面目ちゃんかよ」

 

 「別に真面目なんかじゃない。でも滝先生がそう言うなら」

 

 「はいはい」

 

 「あ、最後に皆で写真撮ろう!教室の外の装飾の前で撮るからすぐに教室出てー!」

 

 クラス代表の言葉で、ぞろぞろとクラスメイト達が廊下に向かいだした。

 改めて教室を見返せば、何とも奇妙な空間である。怖がらせるための演出で使っていたこけしや、天井からぶら下がっている赤の絵の具を付けたお札は、真っ暗だとどうしようもないくらい怖いはずなのに、明かりが付いていると恐怖ではなく、気持ち悪さが優る。

 

 「行こう」

 

 「いや、俺はいいわ。どうせいなくても気付かれないし」

 

 「別に認識されてなくたって大丈夫」

 

 「それ何も大丈夫じゃない」

 

 「でもクラスに何も貢献してないわけじゃないでしょ、ゾンビ役ん?」

 

 「ゾンビ役んって…お前、わかってたのかよ?」

 

 しかも比企谷君とゾンビ役組み合わせたのかもしれないけど、全然うまくねえし。

 

 「そりゃ、ゾンビの演出なんてなかったからね。じゃあ一番ゾンビに近いの誰だろうって考えたら比企谷だった」

 

 「そんな特定のされ方嫌なんですけど……」

 

 「こういうのって誰か一人でも気が付いてくれる人がいた方がいいでしょ。自分の事を見ていてくれるって嬉しくない?だから私はソロを吹きたかったの」

 

 「お前みたいに自信があるわけでもないからな。誰にも見られてたくなんてねえよ。それに急に吹奏楽の話持ち出すなって。また明日から練習だろ?オフの日くらい吹奏楽から離れたい」

 

 「それもそうね。ほら。私たちも早くしないと」

 

 「…はぁ」

 

 高坂について、教室を出る。

 ゴミ分別から始まって、気が付けばクラスが優秀賞を取るための引き立て役になっている。盗撮の犯人扱いされたり、ウサギに突っ込まれたり。占いの館では、まさかのお説教が待っていた。

 けれど、まあ。誰かから見れば、散々な様に見えるこんな文化祭でも、終わってみれば悪くはない。

 

 そんな初めての北高祭は、こうして幕を閉じて。

 決して忘れることのできない、嵐の夜が訪れる。


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