やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「さて、それでは皆さん。お手々を合わせて。せーの」

 

 「「「いただきます」」」

 

 机の上に並べられた三つの大皿。俺が作った肉多めの野菜炒め。小町が作ったチーズ入りの卵焼き。そして優子先輩が作った揚げ出し豆腐。

 みんなで調整して少なめにしようと言っていたが、やっぱりそんなことできなかった。とんでもなく多いわけではないが、いつも通りの夕食だ。

 基本的には小町と二人で食べることの多いこのテーブルに、三人いるというのは何とも新鮮に感じた。

 

 「小町、ビックリです。揚げ出し豆腐ってフライパンだけで、しかも揚げなくても作れるんですね」

 

 「うん。お母さんとお料理のサイトで調べてるときに見つけたんだ。揚げると片付けるのが手間だけど、これなら簡単だしすぐにできるから結構よく作ってる」

 

 「ほへー。勉強になりました。さっき作り方も見てたし、小町も今度やってみよう」

 

 そう言いながら、小町の箸は早速揚げ出し豆腐に向かっている。俺も頂こう。

 

 「ふ、二人とも。どうかな?」

 

 「すっごい美味しいです!ね?」

 

 「うん。美味い」

 

 「ほ、ほんと?」

 

 「勿論ですよ!」

 

 「よ、良かったぁ…」

 

 優子先輩は不安そうに俺たちの様子を見つめていたが、俺たちの言葉を聞いて安心したように息を吐いた。いや、本当に美味しい。

 

 「味もいいですけど、揚げ出し豆腐っていうもの自体が家庭的でいいですよね!この優子さんのチョイスの段階でポイント超高いです」

 

 「ポイントって、いつもの小町的にーってやつのことか?」

 

 「うーん。近いけど違う。まあ、ポイントのことは置いといて、お兄ちゃんも美味い以外になんかないの?」

 

 「いや、俺グルメレポーターじゃないから味の説明のボキャブラリーそんなないんだけど。でも、あれですね。優子先輩がお母さんが作ってくれるって言ってたお弁当の味に似てる気がしますね」

 

 「え、待って待って。小町、初耳なんだけど。お兄ちゃん、優子さんにお弁当貰ってたの?」

 

 「ああ。夏休みの間、小町特製弁当がなくてコンビニで買ったときは、優子先輩がおかずくれてたんだよ」

 

 「比企谷のお昼ご飯が少ないからね」

 

 「ほう。それでその味が、優子さんの作ったこの揚げ出し豆腐と味の付け方が似ていると…。ふーんなるほど、ほほうほほう、ほっほっほー」

 

 「何、そのサンタさんみたいなやつ?」

 

 「そのお弁当ってもしかして優子さんがつ――」

 

 「小町ちゃん」

 

 ぴしゃりと優子さんが小町の名前を呼んだ。ニヤニヤしたまま黙りこくる小町。

 今このテーブルを挟んで、努力家の目つきが悪い生徒会長と、策略家の天才お嬢様副会長ばりの心理戦が二人の間で繰り広げられている気がする。

 やがて話し出したのは小町だった。

 

 「小町、休みの日のお弁当は作らない方がいいですか?」

 

 「いやいや。そんなことないに決まってるでしょ。比企谷、小町ちゃんのお弁当食べるとき、本当に嬉しそうにしてるし」

 

 「そうだよ。何言ってるんだ小町」

 

 「小町的には嬉しいけど、お兄ちゃん今めちゃくちゃ勿体ないことしてるって分かるから、どう反応したらいいか困っちゃうよ」

 

 小町はしばらくうんうんと額に手を当てて悩んでいたが、しばらくして考えがまとまったからか、再び箸を手に取った。

 

 「あ、小町の卵焼きも食べて下さい。大したものではないですけど」

 

 「うん。ありがと!卵焼きって意外と奥が深いよね。作り方はシンプルだけど美味しく作ろうと思うと、いつ火から離すかとか綺麗に丸くしたりとか難しいし」

 

 「ちゃんと作ろうと思うとそうですよね。お弁当の何かはどうせ冷めちゃうし、巻いとけばオッケーみたいな感じですけど」

 

 小町の作る卵焼きは、何かの料理に使うには少なすぎる、余りものの食材が加えられることが多い。我が家の家計をやりくりしている小町らしい節約術の一環。刻んだネギや魚の白身、余った部分を細かくしたニンジンなど。仕事で疲れたお父様が小町の作る夕食の中で一番好きな物が卵焼きだというのは、きっとこのアレンジの多さ故なのだろう。

 今日の卵焼きの中身はチーズ。これは半端に残っているシュレッドチーズの残りだな。

 

 「うん。いつも通りだな」

 

 「違うでしょ?いつも通り小町の愛がたっぷり詰まってて最高に美味しい、でしょ?」

 

 「はっ」

 

 「うわー。鼻で笑われたー…」

 

 「隠し味は愛だとか、一番の調味料は愛だとか。バカ言うな。一番の調味料は塩に決まってんだろうが。塩を奪い合うために、かつては戦争が起こってたくらいだぞ?」

 

 「あーはいはい。そうだねー」

 

 「大丈夫。小町ちゃんの作った卵焼き、すっごい美味しい」

 

 「優子さぁーん…」

 

 「さて、それじゃ比企谷の野菜炒め食べてみよっと。お肉多いね」

 

 「本当は生姜焼きとかにしようと思ってたんですけど、さっき男料理どうのこうの言われたんで野菜も使うことにしました」

 

 「ふんふん。なるほどね」

 

 「今回はキャベツ使ってますけど、全部もやしときのこと肉にしたら大学生の一人暮らしにはお財布に優しい、かつ健康的ですよね」

 

 「なんかお兄ちゃんは、もし一人暮らししたら毎日もやし食べてそうだよね」

 

 それが本当のもやしっ子。…っておい。どういうことだ、それは。

 

 「あー、やっぱお兄ちゃん味って感じがする!」

 

 「そうだろうそうだろう。焼き肉のタレ味だ」

 

 「うん。小町が作る野菜炒めは塩と胡椒で味付けることが多いから新鮮だよ」

 

 「本当だ。美味しい!」

 

 「良かったです」

 

 「このキャベツの切り方とか、結構ざっくり大きめなカットにしてあって、本当に男料理って感じ。私、普段こういうの食べないからまた今度、他の料理も食べたいな」

 

 これはあれなのか。遠回しにまた今度、うちに来て料理作ろうっていう誘いみたいなものなのか。

 でもまあ、ただ野菜切って肉と一緒に炒めただけなのに、こんなに喜んでもらえた。悪い気はしない。

 

 「やっぱり小町の『比企谷家プレゼンツ!わくわくみんなでお料理大会』は大成功だったね!」

 

 やだこの企画、そんなださい名前だったのかよ。

 

 

 

 

 

 「あー。やっぱりお父さん達、まだまだ帰って来れそうにないって。電車も止まってるし、そのせいでタクシー待ちの列も凄いことになってるからどっかに泊まれそうだったら泊まって来ちゃうってさ」

 

 「まあこの雨だもんなあ」

 

 台風は俺たちが帰ってきたときよりもさらに強くなっていた。斜め降りの雨が窓を叩き、風の甲高い音が鳴っている。

 

 「打ち上げ行かなくて良かったね」

 

 「…そ、そそそうですね」

 

 「…優子さん。小町的には今日ずっと小町に付き合ってくれていたからポイント高かったし嬉しかったんですけど、兄は昼からずっと一緒にいられたんです。その訳を察してやって下さい」

 

 「あ……。あの、ごめん…。本当にそんなつもりじゃなかったの…」

 

 「一応、言っときますけど、行くかどうかは聞かれましたからね?」

 

 「嘘…、そうだったの?小町、逆にびっくりだよ?」

 

 嘘は吐いてない。高坂に聞かれたもんね。

 

 「あ、今友恵から連絡来たんだけど、明日学校休校なんだって…」

 

 「ま、まじですか」

 

 「うん……」

 

 「え、二人とももっと喜ばないんですか?お兄ちゃん、中学の頃まで『今日は徹ゲーだ』とか言って台風で休校になったら飛び跳ねながら喜んでたじゃん?」

 

 「あー、いや。そりゃ嬉しいよ。嬉しいんだけど…」

 

 「うん。今日も練習出来なかったしね」

 

 しまったな。トランペット、持って帰ってくればよかった。

 

 でも小町に言われてみると、確かに中学の頃からは大分考え方が変わった。まさか俺が休校で素直に喜べない日が来るなんて、中学の頃の俺は勿論、少なくとも府大会前の自分じゃ考えられないだろう。

 ここまで来たのなら、全国の舞台でより良い結果を残したい。

 関西大会で代表に選ばれたからと言って、全国でも同じように努力が報われるとは限らないけれど、それでも練習をしたい。金賞なら言うことはないが、例え銅賞か銀賞であっても努力は自分の慰めになるし、本番まで消えることのない心を蝕む不安の唯一の緩和剤だ。

 

 「……すごいな」

 

 「すごいって何が?」

 

 「二人の熱量っていうか、気持ちの入り方がです。優子さんはともかく、お兄ちゃんは昔からじゃ本当に考えられない」

 

 「…ま、全国まで行くことになったしな」

 

 「そうだよね。全国目標にやってきたけど、いざ全国に行くことが決まったら、毎日吹かないと練習しないと何か怖い。府大会とか関西大会とは違って、もう次はないのにね」

 

 「小町にはその感情がよく分からないけど、優子さんもお兄ちゃんも頑張っててかっこいいなって思います」

 

 「そ、そうかな?」

 

 「はい。今日の北高祭でも思いましたけど、やっぱり小町も北宇治の吹部に入りたいです」

 

 「大変だよ?来年から今年よりももっと大変になると思う。それで小町ちゃんが入学してくる再来年はもっとキツくなってるよ?」

 

 「それでも…。小町も、高校生活の三年間を吹奏楽に捧げたい。二人のこと見てると大変そうなのに、かっこいいから」

 

 妹に真面目にこんなことを言われると、何だかむずかゆい。それでも小町がこうして北宇治に来て俺の最後の一年を小町と過ごせたのなら。

 そうだ。これは俺が入学したばかりの頃から願っていたことだ。嬉しいに決まってる。

 だから小町が少しでももっと来たいと思ってくれるように。

 『全国で成果を残す』。これがすでに目的が果たされた北宇治の、たった一つの新しい目標だ。


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