やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「ねえ待って。可愛い可愛い本当に可愛いんですけどー!」
かまくらのメロメロこうげき。吉川優子は何も出来ない!
『流石に無理してでも帰るよ』
『でも危ないから、外に出ない方がいいって警戒も出てますし…』
『色々泊まるための用意もしてないし、お母さんには帰らないと心配かけるだろうし』
『じゃあ迎えに来て貰うってのは?』
『大丈夫だよ。私の家、ここからならかなり近いから。あ、傘は借りてもいい?』
『そりゃ、勿論いいですけど』
『ありがと。今度ギター回収するついでに、今借りてる服と傘を返しにくるから』
そんな感じで帰るつもり満々だったはずなのに、自分の太ももの上で丸くなっているかまくらに頬を緩めまくっている優子先輩は、一歩たりとも動く気配を見せなかった。
さっきまでの宣言は何だったのか。制服もほとんど空っぽの鞄の中にしまっていたのに。台風の中帰らせるのは、俺も小町も流石に気が引けるから全然構わないのだが。
「カー君、優子さんに懐いてますね」
「比企谷家以外の人があんま来ることねえからなあ。もしかしたら嬉しいのかもしれないな」
「でもカー君って人見知りじゃん?」
「え、そなの?」
「うん。たまに外に連れ出すと野良猫とかぷいって見ないし、犬からは逃げるし」
「じゃあ犬見知り、猫見知りなんだな」
「それに『かわいい猫ちゃんねえ』ってお隣のおばさんとかに触られると嫌そうにしてる」
家族以外の他の動物を毛嫌いしている。流石、比企谷家の飼い猫。孤高の魂の持ち主。
でも優子先輩にすりすりしたり、毛並みを確かめられたりしてるのを見る限りでは全くそうは見えない。
「それなのに私には懐いてくれてるって!もうほんと超好き!」
「ふす…」
鳴き声も満更ではなさそうだし。
かまくら、いいなあ。寝て起きて飯食ってちやほやされて、寝て起きて飯食って散歩して、寝て起きて食ってゴロゴロして。俺もこんな生活送ってみてえよ。
きっとなあ。毎日働きに出てる父さん達とか、嫌々学校いってる俺たちのこと笑ってるんだろうなあ。『人間とは実に愚か。自分の生きたいように生きる。それをできる我が輩は猫である』って。
「ああ。私も将来絶対、猫かウサギ飼おっと」
「結婚前にペット飼うと、一生結婚できないって言いますよ」
「え、そうなの?」
「ペットが一人暮らしの寂しさを埋めるかららしいです」
「そうなんだ。はぁー。でも、今はその気持ち分かるかも。帰らないといけないのに、この温かさが手放せない」
もふもふとしている優子先輩が動き出したのは、それからしばらくしてのことだった。
時間は十時を過ぎている。少しだけ雨と風が弱まっているのがラッキーかもしれない。すぐに強くなるだろうけど、優子先輩が家に着くまではこのまま落ち着いたままであることを祈るばかりだ。
「よし、それじゃ帰るね。名残惜しいけど…」
「あはは。優子さん、本当に顔が勿体ないって顔してます」
かまくらが優子先輩の動きを敏感に感じ取ってさっと動いてリビングを出た。どこに行くのやら。
「ぅぅー…」
「また今度来て下さい。カー君も待ってますし!」
「ありがとう。今度本当に来るからね」
「ええ。ぜひぜひ!小町もお話しできて楽しかったです!」
「うん。私も二人の料理食べられたりして楽しかったな」
三人で玄関に向かう。そこには、すでに見送りの準備をしている猫がいた。
「なぁー」
「かまくらぁー!」
こいつ、人間の会話分かってんのかな…。かまくらに頬をすりすりしているのは、さっきまでかまくらが優子先輩にしていたのと逆の構図だが、今度はかまくら、少し嫌そうにしてる。
「いい子…いい子ね…。ごめんね。連れて行ってあげられなくて…」
「うちのカー君が、いつの間にか優子さんのみたいに…」
「まあ、ちょっとくらい夢見させてやろうぜ…。小町、タオル用意しといてくれ」
「うん。りょーかいであります!お兄ちゃん、優しいじゃん。小町的にポイント高いじゃん」
「ああ。家まで送っていかないと比企谷家の門はくぐらせないとか、前に誰かさんに言われたからな」
「もう。素直に優子さんが心配だからって言えば良いのに」
かまくらとの別れを終えるのにはまだ時間が掛かりそうだ。先に靴を履いて待ってるか。
玄関にはすでに小町が応急処置で乾かした優子先輩の革靴が置いてある。俺は靴箱の中からスニーカーを取りだした。すまない、スニーカー。お前にはこれから、地獄を見て貰うことになる。
「え、比企谷。もしかして私のこと送って行ってくれようとしてるの?いいよ。こんなに雨降ってるし」
「いや、ちょっと他に買っておきたいものがあるんで」
「またそんな…」
傘を二つ手に取る。母さんが急な雨が降ると、傘を買っちゃう人だから、四人家族にしては明らかに多い傘の中から適当に選ぶ。安っぽいビニール傘はやめておこう。風でぶっ壊れるかもしれない。
「お兄ちゃん、一応カッパも被ってけば?」
「いい。蒸れる感じ嫌いだし。傘で十分だろ」
「わかった。二人とも、気をつけてね」
「おう」
「う…。本当に送ってくれなくっても…」
「優子さん。こんな大雨の中で女の子が夜道一人は危ないですから。兄の厚意に甘えて下さい。こんな中で優子さんが一人で帰ったら、小町もお兄ちゃんも安心して眠れません」
「……じゃあ。ありがとう、比企谷」
「いや、だから別に送ってくのが目的じゃないんですってば。ほら、今なら少しだけ雨も弱いですし行きましょう」
玄関を開けば、暴れるように強い風が吹き込んで、かまくらは明かりの点いたリビングへと戻っていった。
石を叩く音や、川に打ち当たる音。雨は打つものによって異なる音を奏でるというけれど、どれも一緒だ。ざあざあと吹き荒れる雨。その中で違う音が聞こえるとすれば、傘を叩く音だけである。
まだ申し訳なさそうな顔をしている優子先輩。この雨の中で無言のまま歩いていると、流石にどうしようもなく気分が沈みそうになる。
『そう言えば、今日告白されたらしいですね?』
だからこそ何か話をしなくてはと思ったが、振ろうとした話で黙りこくる事になった。この質問をする意味はないはずだ。
「なんかさ、さっきまで北高祭だったって信じられないよね。この台風と一緒に、どっかに飛ばされてかれちゃったって気分じゃない?」
「…まあ、言いたいこと分からなくはないです」
「二年のクラス合同のメイド喫茶、出てきたクレープは最悪だったけどみぞれのメイド姿は可愛かったなあ。夏紀のメイド姿は全然似合ってなかったけどね。ぷぷ。思い出しただけで笑っちゃった。今度馬鹿にしてやろ」
「やめた方がいいですよ。中川先輩と優子先輩のどうしようもないやり取りを見てる感じ、多分返り討ちにされます」
「どういうことよ!?それにどうしようもないやり取りとか、ちょっと酷くない?」
後半に関しては多分、部員の全員の満場一致で同意だと思う。
「比企谷は?一番の思い出は何?」
「川島ですね」
「だろうなとは思ってた…」
「でも純粋にメイドとしてのクオリティで見るなら、傘木先輩が一番だなって思いました。二年のメイド喫茶の方が、正統派のメイド服でしたし」
「希美ねえ。確かにあんたデレデレしてたもんね。でも希美はシュッとしてるし、何着させても似合うんじゃない?」
「多分、俺メイドに関しては傘木先輩は香織先輩さえも上回ると思うんですよね。勿論、川島のメイド姿も最高だったんですよ。最高にキュートでした。でもメイドって求められる物は可愛さだけではないじゃないですか。分かりますかね?考えて見て下さい。メイドのテンプレの台詞と言えば『萌え萌えきゅん!』ですけど、あれをただ元気に可愛くやっても、それはそれでいいんですけど、足りないなって。その足りない物こそがアンサー。それは恥じらいです。普段は活発で元気でも、メイド服着たりとかご主人様とか言うのは照れてしまう。でも給仕のために仕方なくやらないといけない。そこで生まれる恥ずかしさっていうのを傘木先輩が一番上手く表現できたと思うんですよね。見た目に関しても、メイドと言えば黒髪と絶対領域。でも、同じ黒髪でも高坂だったらああはいきませんよ。高坂の場合は冷たすぎますね。俺たちが求めるメイドはああじゃない。やっぱり傘木先輩みたいな、って痛い痛い痛い!腕つままないで!」
「………むぅ」
いや、冷静に考えて俺キモかったよ。それは否定しない。でも聞いたの優子先輩じゃん!
明らかにむすぅっとしている優子先輩がぱっと距離を取った。それから怒濤の口撃を仕掛けてくる。
「キモすぎ…」
「……す…」
「流石にひくんですけど…」
「……すみま…」
「ってか前から思ってたんだけど、比企谷の周りって女子多すぎじゃない?」
「吹部ですし。それにそんなこと言ったら優子先輩だって、今日男子にこく…あっ」