やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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あの時、雪ノ下陽乃に伸ばせなかった手を。
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 「ごめん。お待たせ」

 

 「いいえ。そんな待ってないです。って言うか、別にもっとゆっくりで良かったですよ?さっきまで傘木先輩と話してたみたいだし」

 

 「ううん。今日の宿題の話で、そんな長くするような話しでもなかったから。待たせてるから急いだ訳じゃないの」

 

 「そうですか」

 

 優子先輩の鞄を受け取って、自転車の籠に入れる。

 

 「ふふ。ありがと」

 

 「……いーえ」

 

 ぷいと顔を背けると、優子先輩は何が楽しいのかまたくすくすと笑った。この感じがなんかもどかしくて、けれども嫌ではない。

 付き合ってから五日が経過した。

 流石に付き合って早すぎるというのもあって、誰にもばれてはいないはずではあるものの、やっぱりこれは時間の問題かもしれないと思うような日々が続く。どこか浮ついてしまっている感が否めない。付き合った日の事を思い出せば、ベッドだろうがソファーだろうが思い出してゴロゴロと悶えるし、教室で告白を振り返れば机に頭を打ち付ける。

 そのせいでクラスメイトのイメージ的には影が薄いだけだったはずの俺が、急に机に頭をぶつけまくる変な奴に変わっているという話を、ついこの間高坂から聞いた。

 ただ数日経てば、少しばかりは浮き足立っているのも落ち着いてきて、付き合って初めて会った日はそれはもう練習で目が合えばお互い真っ赤になったり、並んで歩けばご主人様と従者みたいな距離であったりとしたものの、今はきちんと隣を歩けるようになるまでは復活している。

 

 「そう言えばさ、八幡は球技大会、バスケに出るって言ってたよね?」

 

 「そうですね。一応そういうことになってます。全くやる気ないですけど」

 

 「うわー…。でも、知ってるだろうけど、最低でも一試合に一度は出場しなくちゃいけないんだよ?」

 

 「知ってます。今の予定では、コートに足入れて即座に交代する予定です」

 

 「それズルくない?」

 

 「ズルくないです。ルールの穴を突いたと言って下さい」

 

 「そんなんじゃ、今日配られた球技大会の予定を見てないんだろうけど、うちのクラス、八幡のクラスと男子バスケの予選当たるんだって」

 

 「へー。そうだったんですか?」

 

 「うん。見たかったなー。八幡の大活躍、見たかったなー」

 

 この明らかに期待と煽りを混在させた言い方。しかも揶揄うみたいにニヤニヤしてるし。こんな何気ない仕草さえも可愛く見えてしまうんだから、小町が買ってきてリビングで読んでる、『夏!恋!しゅわっとハジけて気分爽快!』って見出し文句が書かれた雑誌に連載されてたアホそうなコラムに書いてある『いつも通りの彼の姿にきゅんとしちゃう。きっと、この恋は成長期』とかいう訳わからん貰い文句も、三パーセントくらいなら理解できる。

 それにしても、大活躍って。俺バスケの経験ゼロだし。バスケの知識は漫画しかない。

 

 「それは無理な相談ですね。クラスでも存在感ないのはまだいいです。一クラス、三十人以上もいるので。でもバスケはコートの中に十人。一チーム五人です。その中でさえパス回ってこなくて、存在感なかったら流石に死にたくなってきます」

 

 「えー。私のクラスとの試合だけでいいからさ。そんなこと言わず、ちょっとくらい出てよ?私は見てるから」

 

 「…それって……」

 

 「っ!違うから!告白された日のこと、意識して言ったわけじゃないから!」

 

 慣れたけど、やっぱりどこか初心なまま。そんな俺たちの頬と同じように、進む帰路には茜が差している。少しだけ陽が落ちるのが早くなった気がする。生暖かい風は俺たちの間を抜けて、道草をそっと揺らした。吹き抜ける風に気恥ずかしさを乗せて、俺は別の話題を振る。

 

 「そんなことより、駅ビルコンサートですよ」

 

 駅ビルコンサートは京都駅で行われる吹奏楽のイベントだ。京都の玄関である宇治駅の駅ビルは、それはもうとんでもなく広いし大きくて、引っ越しにあたって新幹線を下車して初めて訪れた時には驚かされた。あながち冗談ではなく、修学旅行の時に一人でぶらぶらしていた名古屋の駅ビルなんかよりかでかいんじゃないかと思ったくらいであったが、このコンサートはその京都駅の吹き抜けで開催される。

 コンクールはオーディションで決められたAメンバーの五十五人で吹くのに対して、駅ビルコンサートは人数の上限が特に決められていないため、文化祭の時と同様、全員で吹くことになる。

 

 「私たち、全国も控えてるから参加しなくてもいいのにね?パトリの先輩たちも反対してたらしいんだけど、滝先生が演奏できる機会は大切にしなさいって」

 

 「まあそれもありますけど、そんなことより清良ですよ、清良!」

 

 清良女子高等学校と言えば、もはや語るのも烏滸がましい吹奏楽の名門である。

 もちろん、俺たちと同じく全国への出場が決まっている、福岡の強豪校の清良は全国大会金賞の常連であることもさながら、マーチングに至ってはもはや世界レベルでも活躍している、我らが吹奏楽部の星だ。CDやブルーレイの販売もしていて、地元のコンサートでは人気が高すぎて席が足りないこともざらにあるらしい。同じ京都の強豪である立華と共に吹奏楽、マーチング共々全国に名を響かせる学校の演奏を間近で聞くことができる。しかも、ライバルではあるものの、全国コンクールのようにより良い賞を取るべく争うわけではないから純粋に楽しめる機会。

 俺からしたら、出場しない訳がない機会です。滝先生、ありがとうございます。

 

 「うわ、テンション高……。目がキラキラしてる。ちょっとだけ腐りがましになってる…」

 

 「そりゃ高くもなりますって!」

 

 「そういえば、あんたサンフェスで立華見た時もそんな感じだったっけね」

 

 むしろ俺から言わせればなんでみんなこんなに落ち着いていられるのかわからない。もっと熱くなれよ!……そうしてくれないと、なんか浮いちゃうでしょ…。

 

 「確かに憧れるし凄いなって思うし、楽しみだよ?でも八幡ほどじゃないかなー」

 

 「やっぱりこの楽しみは川島としか共有できないかー」

 

 「む」

 

 「ほら、川島が貸してくれたんですよ。清良のCDと、コンクールまでの道のりっていう特番の録画。

 川島は吹奏楽オタクですからね!関西大会でも何枚もCD買ってましたし、愛と熱量が他の部員とは違います。『みどり以外にも、強豪校好きがいて良かったですー』って話してくれましたけど、あの時は天に昇るんじゃないかと思いましたね」

 

「……へー。……はぁ。この川島さん好きは追々なんとかしないとなー」

 

 優子先輩がぼそっと呟いたが、ばっちり聞こえている。でもこればっかりは多分、どうしようもならない。優子先輩にとっての香織先輩と同じ。俺にとっては川島がエンジェル。

 正確には香織先輩もエンジェルだけど、ちょっと方向性が違う。どっちかっていうと、香織先輩は女神とか地母神に近い存在である。

 そんなこんなで話している間に、互いの家の分かれ道に着いた。

 だが、今日はここで別れることはない。優子先輩が俺の家に置いたままにしているギターを取りに来るためである。

 家にいるのは今日も小町だけ。勿論、小町にはお付き合いをさせて頂いていることは報告している訳だが、交際してから初めて会う小町に優子先輩はどこか緊張していた。




作者のてにもつです。

お待たせ致しました!試験が終わり(色んな意味で…笑)、プライベートが落ち着いたので投稿を以前のペースで再開します。
敢えてこのタイミングで書くことではないかもしれませんが、一年生編の本編完結はあと二章を予定しております。最後までお付合いよろしくお願い致します!

また、一つ重要なお知らせがございます。この作品の読者様の梵尻さんが、ファンアートを書いて下さいました!この話の直前の二話部分(つまり告白シーンです)の挿絵でして、二つ前の話である143話の後書きに貼らせて頂いております。
まさか挿絵を頂けるとは思っていなかったのでとっても嬉しかったですし、あまりにもお上手ですので、僕だけでなく皆さんにも見て頂きたく思います。
(当然ですが、公開の許可は頂いています。)
梵尻さん、改めてありがとうございます!

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