やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「すー…はー…。すー…はー…」

 

 「優子先輩、緊張しすぎじゃないですか?」

 

 「う、うっさい!」

 

 「小町しかいないんで、そんな何か覚悟して入らなくても大丈夫ですよ?」

 

 「それでも彼氏の家族に会うのって緊張するもんだから…。八幡だって、私の家に来ることになってお母さんいたらこうなるでしょ?」

 

 「……にににに逃げ帰りますね……」

 

 「そこは逃げられたら困るんだけど。めっちゃ足震えてるし…」

 

 でも、小町みたいに妹に会うのと付き合ってる相手の両親に会うのは比較対象違うじゃん。両親はヤバいじゃん。特に父親の方はなんか色々ヤバいじゃん。

 

 「なんか男らしくない八幡見てたら落ち着いてきちゃった」

 

 「いや、むしろ俺の男らしさで優子先輩を落ち着かせてみせたんじゃないですか?」

 

 「それ鏡の前で言える?想像なのに、すっごい汗かいてるよ?もし本当に会うことになったらどうなっちゃうの?」

 

 多分、ビビって優子先輩の家に行ってもずっとトイレにいたいんだろうなあ…。

 

 「よし、じゃあ開けますね?」

 

 「うん」

 

 京都に引っ越してきてからの数か月間で、もはや見慣れた扉を開く。何も言わずともぱたぱたという音が聞こえてきた。かまくらが来る音だ。

 

 「ただいまー」

 

 「お、お邪魔します」

 

 「あ、お帰りなさーい!」

 

 小町のいつもの何倍か元気な声が聞こえてきて、まず最初にかまくらが玄関に姿を見せた。そのまま靴を脱いだ俺の足の匂いをいつも通りすんかすんか嗅いで、すぐに優子先輩の足元にすり寄った。

 こいつ、俺のことよりも優子先輩の方が可愛がってくれることを知ってるな?当の優子先輩は顔を綻ばせて抱き上げる。

 

 「優子さーん!いえ、優子お義姉ちゃん!」

 

 「おねっ…!」

 

 「おい、小町!そういうのやめ……」

 

 「小町、優子さんみたいな人がお兄ちゃんをもらってくれて嬉しいです!」

 

 小町は俺の話は聞かずに、優子先輩に駆け寄った。抱きついた優子先輩の腕に頬をスリスリしている姿は、かまくらと変わりない。

 

 「小町ちゃん、色々恥ずかしいよ…。お、お義姉ちゃんって…」

 

 「あはは。お義姉ちゃんは気が早いですよね?いやー、小町先走っちゃいました!てへっ」

 

 「もう。まだ比企谷家のお母さんとお父さんにもご挨拶してないし、そもそも八幡まだ高一で結婚できる年齢じゃないんだし…」

 

 「おお…。意外と結婚まで考えてくれてるっぽい…。小町、お兄ちゃんのことを本当に貰ってくれる人がいることに感動で涙が出てきたよ…」

 

 俺もビックリだよ。頬を染めて、なんか結婚ちょっと匂わせてるけど、話が膨らみすぎている。勿論、別れるつもりは決してないけど。

 

 「小町はずっと、お兄ちゃんと付き合ってくれるとしたら優子さんしかいないと思ってました!」

 

 「そ、そう?」

 

 「こないだの北高祭でたくさん、お兄ちゃんの周りの人に会いましたけど、やっぱり優子さんだなって」

 

 「そっか。あの、比企谷八幡君とお付き合いさせて頂くことになりました吉川優子です。小町ちゃん、改めてよろしくね?」

 

 「はい!こちらこそこれからもよろしくお願いします!

 あと、捻くれてて面倒くさいところもいっぱいある兄ちゃんですが、優しくて良いところもたくさんあるので、面倒見てあげてください!」

 

 「照れるって。何、小町。お前母さんなの?」

 

 「お兄ちゃん。そんな照れてないで、これからは優子さんの前ではピシッとしないと。さっき優子さんがお付き合いさせて頂いてますって改めて挨拶してくれた時も顔真っ赤にしてたけど、男なんだからそこら辺もうちょっと考えて」

 

 「いやだって流石にこんな畏まって挨拶すると思ってなかったし。そりゃ、おいおいって思うでしょ?」

 

 俺の言葉に優子先輩は少しだけむっとした。

 

 「本当のことなんだし別におかしくないでしょ?」

 

 「本当のことですけど、いくら身内だって言ったってああやってはっきり言われるとなんか……」

 

 「私だって恥ずかしいけど、こういうことははっきり言いたいもん!それに、さっき玄関でも少し話してたけど、八幡だって私のお母さんとお父さんに会ったらこうやって挨拶するんだからね」

 

 「いや、俺は……。……でもそうですね。まあもし本当にその時が来たらちゃんと言いますよ」

 

 「ふふ。ちゃんと聞いたから。約束よ?」

 

 「うわー。小町、なんか砂糖をジョリジョリ食べてるみたい。二人の言葉数自体は多くないんだけど、この…何だろう、雰囲気的に胃がムカムカしてきちゃう…」

 

 

 

 

 

 部活が終わってから来たため時間も遅いし、家ではお母さんが料理を作って待ってくれていると言う。だから今日は荷物だけを取ったらうちでは遊んでいかずにすぐに帰ると言っていたが、小町の『ちょっとだけ。ちょっとだけだから』という、エロアニメとかエロゲで言ってそうなワードにつられて、優子先輩はうちに寄ってくことになった。

 

 「かーくん、本当に優子さん大好きですね。ずーっと膝の上にいますもん」

 

 「もうほんっと、今日この子持って帰らせて欲しい。ダメ?」

 

 「ダメですよー。持って帰るならお兄ちゃんにしてください」

 

 「おい」

 

 「嫌。私は八幡じゃなくて、かまくらがいいの」

 

 「……」

 

 「うわー…。お兄ちゃんがかーくんに負けて、灰みたいに真っ白になってる……」

 

 ちくしょう!飼い猫に手を噛まれるとはこういうことか!さっきから優子先輩の膝の上でなんか得意げな顔してるのも腹立たしいというのに…!

 でもかまくらは気分屋だから膝の上が熱いなって思ったら、どうぜ冷たい床に移るだろう。その時になって、俺の方を連れて帰りたいって言ったって、もう絶対に行かないんだから!ご両親もいるだろうし!

 

 「さて、それでですねー優子さん。小町ー、どうしてーも聞きたいことがあるんですよー?」

 

 「うん?」

 

 「あのですね、兄が何回聞いても教えてくれないんです。どうやって告白したのか」

 

 「小町。パンドラの箱って言葉を知ってるか。世の中には知らない方がいいこと、知ってほしくないことに溢れてるんだぞ?」

 

 「あれでしょ?こないだテレビでやってた食パンの種類」

 

 「それはパンドミ」

 

 パンドミの方が知名度低いわ。ホームベーカリーでも買うつもりなのか。

 

 「やっぱり、小町的には兄の一世一代の瞬間がどうだったのかが気になって夜も眠れないわけなんですよ。勿論二人が付き合ったっていう結果が一番大事ですけど、その過程も気になっちゃうみたいな。

 いつ!どこで!誰が!どうやったのか!」

 

 「『誰が』はもう明白だろ…」

 

 「えー。告白の時はねー」

 

 「話しちゃうのかよ」

 

 「しかも優子さん。話したかったのか、ちょっと嬉しそうだし」

 

 俺と小町の呟きに耳を傾けず、優子先輩はかまくらを撫でる手を少しだけ早めた。

 

 「知ってると思うけど、台風が凄くってさ。雨の音が凄かったから、最初は聞き間違いなんじゃないかって思ったんだけど」

 

 「ほうほう。あの雨の中、どこか落ち着いた場所とかではなくて急だったと。嵐の中の恋。いいですね。なんかアイドルの曲のタイトルになりそう!女神の名前をしたグループの!九人組のスクールアイドルの!」

 

 「よくわかんないけど、なんか妙にピンポイント…。そう。でも告白自体はすごいシンプルにしてくれたよ。好きですって」

 

 「かー!あのお兄ちゃんが!」

 

 「うん。今みたいに顔真っ赤にしながら」

 

 「くー!この顔で!」

 

 「もう人生終わりにしてくれ…。恥ずかしぬ」

 

 「何言ってるの、お兄ちゃん!小町的にちょーポイント高いから!ほら、見てくださいこれ!」

 

 小町が手にした雑誌を俺と優子先輩の間に広げる。

 

 「見てください。ここの『告白されるならどんなシチュエーションで、なんて言われたい?』のとこ。一番は二人の時にシンプルに好きって言われたいが圧倒的に一番ですよ」

 

 「俺的には九位の『好きだ。気がおかしくなるほど惚れてる。俺が欲しいのはおまえだけだ。みたいなこと言われながら、強引に抱きしめられる』ってやつが気になる」

 

 超有名な少女漫画で見たことあるシチュエーションなんですけど。それで女の子の方は『あたしがあんたを幸せにしてあげてもいいよ!』って言うんでしょ?かー、やだやだ。今の中高生はこんなシチュエーションに憧れんのかよ。

 他にも『デートの予算は?』とか、『食べたいご飯は?』みたいな質問と、回答のランキングがぎっしりと並べられている。優子先輩が一つの質問を指さした。

 

 「『これが浮気の兆候!あなた彼氏は大丈夫?』の一位。隣を歩いてても目が合わないだって」

 

 「いや、違いますよ。俺の場合は習性みたいなもんですから」

 

 「あー、お兄ちゃんならその心配はないですよ。お兄ちゃん、変なところでしっかりしてるし、浮気させる方が逆に難しいかなって思います」

 

 「まあ別に疑ってないけど」

 

 「それにそもそも、お兄ちゃんに二人と付き合うなんて甲斐性も度胸もないですしね」

 

 「…否定はしない。こう、やっぱりリスクってやつを考えるとだな…」

 

 「はいはい。お兄ちゃん」

 

 「そういう長いのはいいから」

 

 うわー。小町ちゃんと優子先輩の息がぴったりだ。

 素直にお口チャックして、口元を緩める二人を見やる。仲良さげに雑誌を見てあーだこーだと言い合う様子はどこか姉妹の様でさえある。

 これからも末永く仲良くしてくれたら、俺としても嬉しい限りである。

 優子先輩の膝の上のかまくらが、なぁと鳴いた。


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