やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 滝先生の指示通りにパート練を行って、その後に居残り練習をこなす。居残りや居眠り、居座り。居るというワードが付くと、どれもマイナスな意味に捉えられてしまうのは俺だけだろうか。居るとは存在することを意味するが、存在することが罪というオタクにはダメージがでかい言葉もあるし。俺も昔はよく言われたなあ。しみじみ。

 どうでもいいことを考えながら、チラリと伺ってみる。優子先輩も帰る準備を進めていた。多分優子先輩はいつも通り加部先輩と話してもう少し時間がかかるだろうから、先に校門に行って待っていよう。

 

 「すいませーん。ちょっといいですかー?」

 

 「げ」

 

 一つに束ねられている髪の色は明るく、どこかやる気のなさそうな声も相まって不良に見えなくもない。

 ガラガラと教室の扉が開けられて顔を出したのは中川先輩だった。トランペットパートに顔を出すなんて珍しい。そして、嫌そうな声を上げたのは優子先輩。こっちは何も珍しくない。

 

 「何の用?私たち練習してるんだけど?」

 

 「別にあんたに会いに来たわけじゃない。邪魔だからどいてくんない?」

 

 「うーっわ。こないだ美術の宿題協力してやったのに、何その態度」

 

 「はぁ。協力してくれたのはみぞれでしょ。あんたはただぎゃーぎゃー騒いでただけじゃん」

 

 「二人とも、落ち着いて。ね?」

 

 香織先輩の一言で止められても、まだぐるぐると威嚇し合っている二人に加部先輩や笠野先輩が呆れたように笑った。

 どうして優子先輩も中川先輩も互いに、あんなに突っかかるのだろう。ラブライバーとプロデューサーなの?俺はワグナーだけど。

 

 「それでどうしたの?」

 

 「あ、そうそう。比企谷。ちょっといい?」

 

 「え、俺ですか?」

 

 付いていくなと、本能が訴えかける。申し訳なさそうに手招きしている中川先輩の隣にいる優子先輩が原因だろう。

 

 「あの、要件は?」

 

 「ここだとちょっと話しにくいから、どっかで」

 

 「えー、そのー」

 

 「飲み物くらいなら奢るからさ」

 

 「俺ほら、人から施しは受けないって決めてて…」

 

 「合宿の時も奢ったじゃん。いいから来てよ」

 

 確認の意味も兼ねて優子先輩を見た。

 

 「そう。行っちゃうんだ?へえ。ふーん。そう。ふーん」

 

 こっわ!こわこわこわこわこっわ!

 優子先輩は怒っていた。俺まだ行くとも何とも返事してないのに!

 

 「別にいいじゃん。比企谷、あんたの物じゃないでしょ?」

 

 「っ!そ、そうだけど…」

 

 「そうだよ、優子ちゃん。それじゃ比企谷君が可哀想だよ」

 

 「か、香織先輩まで…。だからぁ…、だってぇ…!」

 

 顔を赤くして、何か言いたいのを我慢するように口をもごもごと動かしている優子先輩を見て、近くにいた加部先輩がどこか不審そうな顔をした。

 

 「……ねぇ比企谷」

 

 「な、なんすか加部先輩?」

 

 「優子と付き合ってんの?」

 

 「はは。まかさ」

 

 「まかさ?」

 

 「ち、違います。マッカーサーって言ったんです。とにかくそんな訳ないじゃないですか」

 

 「……ふーん」

 

 「…何ニヤニヤしてるんですか?」

 

 「べっつにー。比企谷が付き合ってないって言うならそうなんだろうなーって」

 

 これ、終わったやつ?ばれた?咄嗟に顔を加部先輩から逸らす。

 

 「でも隠すつもりならもっとうまくやった方がいいよ?あ、疑ってるわけじゃないよ?ほんとほんと」

 

 確実にばれていた。…いや。鎌をかけている可能性がある。とにかく、こういう時はっ!

 

 「中川先輩」

 

 「ん?どうし…って!わっ!」

 

 「え、ちょ。待ちなさいよ、比企谷!」

 

 逃げるに限る!

 

 

 

 

 

 低音パートにあてがわれた三年生の教室に、すでに川島や加藤など低音のメンバーはいなかった。窓際の席に腰かける。

 だが、そんなことよりも加部先輩に困った。どうしよう。とりあえず付き合っていることは、黙っておいて欲しいってことは伝えた方がいいのか。でもまだばれたって限らないし…。いや、あれは明らかにばれただろ。めっちゃニヤニヤしてたもん。

 

 「比企谷、めっちゃ急いで教室出て行ったけど何かあったの?」

 

 「いや。かくかくしかじかで」

 

 「なるほど。ってわかるか」

 

 「いてっ」

 

 軽く立ち上がったままだった中川先輩に軽く頭を叩かれた。暴力反対。暴力の果てには必ず敗北がある。ガンジーの名言。だが待って欲しい。俺はアンパンマンが負けているところを見たことがない。アンパンチでばいきんまんがいつも吹っ飛ばされる。

 

 「それで話を済ませようとするやつ、初めて見たよ」

 

 座っていなかった中川先輩は俺の前の机に座る。ちょっと脚を開きすぎではないだろうか。そういうところ、もっと女の子意識して!って言うか普通に椅子に座って!

 

 「んで、話ってなんですか?」

 

 「ああ、うん。実は聞きたいことというか、ちょっと相談があって。あのさ」

 

 「待ってください」

 

 「何?」

 

 「その前にどうして俺なんですか?」

 

 「そりゃ、あすか先輩が一目置いてたくらいには優秀な人材は早いところ取っとかないと。合宿の時の優子の時みたいになりかねないし」

 

 合宿の時。傘木先輩の復帰を止めたことを持ち出してくるとは。

 

 「いや。あん時も言いましたけど、別に早い者勝ちとかじゃないんですってば。先に言われたから優子先輩側に付いてた訳じゃないんです。それより、その言い方だと誰かと何かを争ってるんですか?」

 

 「ううん。今回はそういう訳じゃない」

 

 中川先輩は相変わらず口角を上げたままだ。釣り目がちな目は俺を少しだけ高い位置から見下ろしていて、けれど意外と高圧的だとは感じない。どこかやる気のなさそうな話し方や声のお陰かもしれない。

 

 「さっき部長が言ってたじゃん。あすか先輩が戻ってきたときのためにちゃんとしようって」

 

 「はい」

 

 「でもね、あすか先輩、もう戻ってこないのかもしれないんだ。ちょうど一週間前くらいにあすか先輩が部活に来なくなったじゃん。その時にパトリの仕事の引継ぎされた」

 

 「……そうなんですか。まあそうかもとは思ってましたけど」

 

 香織先輩と小笠原先輩を拒絶した田中先輩の姿。あの姿は今でも俺の中で、小学生の陽乃ちゃんと重なっている。

 

 「……そっか」

 

 「一週間前に部長と香織先輩と田中先輩が三人で話してるところをたまたま聞いて。さっきの小笠原先輩の言葉はかなり前向きだったというか、田中先輩が戻ってくるの前提みたいな言い方だったんで、ある程度戻ってくる目星がついてるのかと思ってました」

 

 「希望的観測みたいな感じだと思う。一応、部長にそれも聞いてみるけど、一昨日の合奏練の前に滝先生があすか先輩が全国で吹けない可能性があるからそのつもりで練習しておいて欲しいって言われたし」

 

 それはもう思っているよりも戻ってこない方向性で固まっているじゃないか。

 ただ、いつまでも本番にでれるか分からない人をメンバーとしてカウントするのはリスキーだ。このまま田中先輩が本番に出ることがなかったらユーフォは黄前一人になるわけだし、あのパートにはソロもある。

 

 「……もしそうだとしたら、やっぱり今日の副校長が退部届を代理で受け取ったってのは本当みたいですね?」

 

 「多分。私たちに余計な心配かけたくないからそんな事実はないなんて言ったんだと思う。今、あすか先輩が辞めますなんて言ったら全国大会どころじゃなくなっちゃうから。さっき部長も言ってたけど、特に二年生以上はね」

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