やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「当日は八時から合奏練を始めます。また、いつも通りの時間に学校は開けてくれるそうなので、各自合奏練までは練習していても構いません。

 私たちの演奏は二時からになりますが、清良と立華の演奏は私たちより先にあります。特に全国常連の清良の演奏は聞いて、自分たちの演奏の足りない部分を明確にして下さいと滝先生も仰っていたので、演奏までは大分早いですが、学校を出発するのは十一時。それまでに各自準備は済ませておいて下さい」

 

 「「「はい!」」」

 

 「それでは連絡事項は以上になります。これから各教室でパート練習を行って下さい」

 

 小笠原先輩の指示で、すぐに何人かの生徒が立ち上がった喧噪に包まれた音楽室で、俺は連絡事項を一応メモしておくことにする。

 普段は細かくメモなどは取らないが、昨日見つけたメモ帳を何となく使いたかった。持っているのに、使わないというのは勿体ない気がしただけだ。

 

 「あれ?比企谷君のメモ帳、トランペットの柄なんだね?」

 

 こういう小物に目敏いのが女子というものなのか。席は離れているのに、香織先輩が気付いて声をかけてきた。他のパートのメンバーも俺のメモ帳を見て、少しだけ驚いていた。まあ俺のイメージっぽくはないわなあ。貰ったもんだし。

 

 「はい。ちょっと女物っぽすぎますよね」

 

 「ううん。そんなことないよ。なんか大人っぽいデザインで可愛い!」

 

 大人っぽい?これが?香織先輩、ちょっと変わってるしなぁ。

 だが、このメモ帳が女心にストライクなのはどうやら事実らしい。

 

 「確かに。トランペットが小ぶりで、目立ちすぎないのがいいね」

 

 「うん。センスある」

 

 隣に座っている高坂と、香織先輩の隣にいる笠野先輩も同意した。吉沢と加部先輩もうんうんと首を縦に振っている中で、訝しげに眉を寄せているのは滝野先輩だけだ。

 こうなると、自分で選んだ物ではないが、存外に気分が良い。そっかあ。似合っちゃうかぁ。可愛くて、大人っぽくて、センスあるものが俺には似合っちゃうのね、はは。

 

 「そんなの比企谷、持ってたっけ?私も欲しいかも」

 

 何とか溢れ出てきてしまいそうなドヤ顔を心の中で抑えていると、優子先輩が問いかけてきた。

 

 「いや多分探しても見つからないと思います」

 

 「なんで?」

 

「実は千葉にいた頃のもらい物なんですよね。しかも大分前に貰ったやつで、昨日部屋を掃除してたまたま見つけたから使って見ようかなって」

 

 「へえ。どのくらい前なの?」

 

 「それこそ十年近く前っすかね」

 

 「「「十年!」」」

 

 『化石じゃん!』と加部先輩が付け加えた。そんな値打ち物ではない。ただ、より興味を引くのには十分だったようで、パートのメンバーはずいずいと身体を寄せてきた。

 

 「よくそんなに前の物見つけたね。誰がくれたの?」

 

 「いや、当時仲良かった友達が」

 

 「友達……」

 

 「お前がそんなに目を丸くして驚くところ、始めて見たかもしれない」

 

 「だって普段教室だと全然人と話さないし…」

 

 「でで!その友達ってどんな人だったの?詳しく教えて!」

 

 「そ、そんな面白い話じゃ絶対ないですよ…」

 

 加部先輩に答えて、ふと思い出す。そう言えばこのパターンと非常によく似たことが、夏合宿のときにあった。あの時もこうしてパートのメンバーに囲まれた。

 だが、前回俺を陥れた(と今でも思っている)香織先輩は、興味ありげに両手を前で組んで話を聞こうとしている。大丈夫、ただ世間話に巻き込まれただけ。またスベったらどうしようなんて、震えることはない!

 

 「比企谷君が千葉にいたときの話ってあんまり聞いたことないし。それに十年前のプレゼントを大事に取っといたって、相当思い入れがあるものなんでしょ?気になるよ」

 

 「うんうん!」

 

 「えっと、その人は俺にトランペットを教えてくれた人だったんですけど」

 

 優子先輩の瞳が大きく揺れた。ただ、それに気がつけるのは前から見ている俺しかいない。矢継早に質問は飛んできた。

 

 「女の子?」

 

 「まあ、そうですね」

 

 「じゃじゃじゃ、もしかして好きな人だったとか!?」

 

 「待って下さい。恋愛に結びつけないで下さい」

 

 「だって女の子から貰ったものを何年も大切に取っておくってさー。もうこれ絶対キュンバナ、キュンバナ!」

 

 「まあまあ沙菜先輩。とりあえず聞きましょう!」

 

 こうなった以上、逃げる場所はない。俺は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 「えぇ!八幡の誕生日って八月だったの!?」

 

 「うん」

 

 「なんで言わなかったのー?もう二ヶ月も前じゃん」

 

 可愛らしく頬を膨らませた陽乃ちゃん。明らかに怒っていますよアピールには、もう慣れた物だ。こうすれば可愛いとわかってやっているその仕草に、どきどきはしていない。ちょっとだけしか。

 

 「聞かれてなかったじゃん?」

 

 「聞かなくたって、近付いたら教えてよ?」

 

 「なんか祝ってって自分で言うみたいで恥ずかしくない?」

 

 「ちなみに私の誕生日は?」

 

 「覚えてるよ。七月七日」

 

 「あ、ちゃんと覚えたんだ。偉い!………避けないで!」

 

 「嫌だよ。撫でられるの」

 

 「まあいいや。でも私だってちゃんと言ったじゃん。あの時の私、恥ずかしかったって言うの?」

 

 「うん」

 

 「ひどいよ!お姉ちゃん、泣いちゃうよ!?」

 

 「だって当日に誕生日だからって、あれしてこれしてって。なんだっけ、お姫様ごっこだっけ?」

 

 「う。そのネーミングは恥ずかしい」

 

 「やってたことも恥ずかしかったよ。少なくとも、俺は」

 

 「だって恥ずかしがってる八幡が面白かったから羽目外しちゃった…。と、とにかく!生まれてきたことは祝われるべきことなんだから、何も恥ずかしくないし、ちゃんとアピールしないとダメ!」

 

 おお。なんかかっこいいこと言ってる。ただ、どこか陽乃ちゃんっぽくない言葉だなと思う。

口には出さないけど、少しだけ笑ってしまった。

 

 「むー、何よー?」

 

 「別に何でもないよ」

 

 「それに、こういうのは祝った者勝ちなの。先に祝われちゃったら、嫌でもお返ししなくちゃいえない感じになるし、貰ったものと同等かそれ以上。少なくともそれ以下のものはあげられないでしょう?」

 

 うわ。お返しが目当てなのかな。たち悪い。

 陽乃ちゃんは置いていたユーフォニアムを手にとって片付けを始めた。

 

 「今日はもう帰る」

 

 「え?いつもよりちょっと早くない?」

 

 「最近、日が暮れるのもちょっとだけ早くなってきたしいいでしょ?それとも、八幡はこの後も一人で練習してく?」

 

 「ううん。陽乃ちゃんが帰るなら帰るよ」

 

 トランペットをしまいながら、一人もっと吹いていたかったとごねる。ただ一人で練習するのも寂しいし、『こういうとき』の陽乃ちゃんの気持ちを変える難しさを、俺は良く理解している

 では、その『こういうとき』と言うのはどんなときか。

 

 「ねえ、八幡。明日も絶対に来てね」

 

 こんな風に何か面白いものを見つけて、ニコニコとしているときだ。

 


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