やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

155 / 177
11

 「はっぴぃばーすでーとぅーゆー」

 

 「……」

 

 「はっぴぃばーすでーとぅーゆー」

 

 「……」

 

 「はっぴぃばーすでーでぃーあ、はーちまーん」

 

 「……」

 

 「はっぴぃばーすでーとぅーゆー!」

 

 「……」

 

 「はい拍手ー!」

 

 陽乃ちゃんは俺の手を掴んで、ぱんぱんと掌を何度も打ち付ける。公園のベンチで響くハッピーバースデーの祝音に心がほっこりすることはない。それに強く合わせすぎて痛い。自分の手で拍手して。

 

 「あのー。陽乃ちゃん?」

 

 「ん?どうしたの?」

 

 「昨日も言ったんだけどね、俺の誕生日は二ヶ月も前なんだけど…」

 

 勘違いして欲しくないのは、面倒くさいとかそんなことはない。嬉しいよ。俺のために歌われたバースデーソング。すっごい嬉しい。

 でも誕生日が二ヶ月前のお陰で、なんで祝われてるんだろう感の方が強い。

 

 「でも八幡。どうせ誕生日、家族にしか祝われてないでしょ?」

 

 「どうせとか辞めて。傷つく。俺が誕生日を祝われないのは夏休み真っ只中のせいだもん」

 

 「むしろ八幡のお母さんには感謝しないとでしょ?夏休みに誕生日があるお陰で、誰にも祝われなくたって何とか理由付けができるんだから」

 

 「ずけずけくる…」

 

 思わずむっとした俺のほっぺたを、陽乃ちゃんはうりうりーと引っ張ってくる。なんなんだ、この人。本当に俺の誕生日をおめでたいと思っているのか?

 俺が徐々に不機嫌になっていく様子に、ごめんごめんとは謝ってはいるが、言葉とは裏腹に本当に楽しそうに笑っている。しばらくして俺から離れた陽乃ちゃんの白い腕は、自分の鞄の中に向かった。

 

 「今日は八幡にあげるものがあります。はい。これ」

 

 「…これって」

 

 「誕生日プレゼントだよ。改めて、お誕生日おめでとう。八幡」

 

 「……」

 

 陽乃ちゃんが持っている小さめな紙袋。目の前に突き出されたそれを、ただじっと見つめることしか出来ずにいた。

 

 「どうしたの?別に怪しいものじゃないよ?」

 

 「俺に、誕生日プレゼント……」

 

 「そうだよ?」

 

 「実は中に入ってるのがカエルの死体だったりとかはしないよね?」

 

 「そんなわけないでしょう。ほら、早く開けてみて」

 

 ぐいぐいと押しつけられて、やっと紙袋を受け取った。思っていたよりもずっと中身は軽い。

 誕生日なんてものはただ年を取るだけの日。お父さんとお母さんにプレゼントをもらえるし、流石にそこまでは思っていないけれど、大体は他の夏休みと何ら変わらない一日ではあると思っていた。

 むしろ変わらないどころか、嫌な一日かもしれない。ほんの少しだけ楽しみにしていた夕食の誕生日ケーキは、肝心の俺の名前が間違っていたことがあった。それに、何ともないとは言うけれど、本当はやっぱり家族以外の誰からも祝われないことがほんの少しだけ寂しい。

 ああ。確かに陽乃ちゃんが昨日、俺に話した通りなのかもしれない。ちゃんと八月八日は、自分の誕生日なんだと伝えておけば良かった。そしたらきっと俺は誕生日の一日が好きになれたから。思っていた以上に誰かに祝われるというのは嬉しい。

 久しく味わうことがなかった心の奥からどきどきとする高揚感に包まれながら、ゆっくりと紙袋の中に入っているものを取り出す。

 

 「これって…」

 

 「手帳だよ。昨日別れた後に探したんだー。八幡のトランペットがたっくさんあって可愛いでしょ?」

 

 「…うん。俺が使うにはちょっと可愛すぎないかなってくらい」

 

 「そんなことないよ。お姉ちゃんの目を信じなさい?」

 

 ふふんと胸を張っている陽乃ちゃんに素直に信じてありがとうと伝えると、陽乃ちゃんはまたにっこりと笑った。たまに見せる作ったような表情ではないその笑顔に、なぜだか心臓がキュッとなるような錯覚を覚えて、俺は慌てて話を続ける。

 

 「どうして手帳をくれたの?あ、違うよ。別に嫌とかじゃなくって」

 

 「分かってるよ。うーん、デザイン的にトランペットやってる八幡にはこれしかない!って思ったのもあるんだけどね。後は八幡がもう何ヶ月もちゃんと練習してるから、その時に気になったこととか簡単に書いておけるものがあっても良いかもなーって思ったから」

 

 「じゃあちゃんと使わないとだ」

 

 「そうだぞ。もう一回教えたことは教えてあげないんだからね?」

 

 「えー。意地悪だなー」

 

 「本当は八幡、私よりも早く来てここで座って待ってるときによく本読んでるから、ブッグカバーも悪くないかなって思ったんだけどね。でも一冊読んでまた付け替えてって繰り返すのは、八幡は面倒くさがりそうだなって」

 

 流石、よく分かっていらっしゃる。

 こう見えても本が読むのが好きで意外と大事に取っておきたい俺は、じめじめとした日にページをめくると皺になるのを気にしちゃっているくらいである。帰宅してその皺をなくそうと重石を乗せていたところをお母さんに見られたときは、小学生とは思えないとなぜかしみじみと言われた。

 だから鞄とかに入れても汚れないようにブッグカバーはあってもいいとは思うけど、陽乃ちゃんの言う通り面倒だ。綺麗さを取るか、面倒を取るか。面倒を取ってしまう。

 

 「ブッグカバーの方が良かったかな?」

 

 「ううん。そんなことない。あの…ありがとう。本当に嬉しい」

 

 「…ふふ。どういたしまして。お返しも楽しみにしてるね?」

 

 昨日聞いたばかりの陽乃ちゃんの誕生日。あ、そうだ。

 鞄の中から鉛筆を出して、早速手帳の最初のページを開く。

 

 「これ…」

 

 「うん。書いといた。今日のこと忘れないように」

 

 「俺も絶対に忘れないようにちゃんと書いとかなくちゃ」

 

 お誕生日おめでとう、八幡。

 俺なんかよりもずっと見やすくて、習っているかのように綺麗な字で書かれている文字。その下に七月七日と文字を書き連ねた。

 顔を見合わせて笑い合う。この手帳よりも、もっと良いものを陽乃ちゃんにあげたい。何が欲しいんだろう。陽乃ちゃんはお金持ちみたいだし、俺なんかがあげられるもので嬉しいものなんてあるんだろうか。

 ただ、目の前で微笑む少女をもっと喜ばせて上げたい。素直にそう思えて、俺は来年の陽乃ちゃんの誕生日に胸を膨らませた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。