やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 震えるような寒さに包まれた公園は、雪が降ったわけではなくてもどこか白んで見えた。一面白銀の世界ではないが、座りながら見えるだけの世界は疲れているように寂静。それでも草木は雨にも負けず、風にも負けず、夏にも、そして冬の寒さにも負けずに今はただ、静かに春を待つ。

 最近は決まって俺が先にいつもの場所で待っている。陽乃ちゃんに教えて貰った、やり慣れたチューニングを終わらせた頃、視界の端にふわふわとした高価そうなコートに包まれた陽乃ちゃんが走って来た。

 

 「ごめんね、八幡。昨日も急に来れなくなっちゃって。昨日も寒かったでしょ?」

 

 「ううん。別に良いんだけど」

 

 「良くない!ちゃんと温かい格好してここにいたんでしょうねえ?風邪引いたら、お姉ちゃん怒るよ?」

 

 「してたしてた!お母さんに言われたもん。遊び行くならいっぱい服着て行きなさいって」

 

 それに一人でここにいるのを見かねたのか、昨日はたまに話しかけてくるおばあちゃんがカイロをくれた。しかも貼るタイプの。

 うちにはなぜか持つタイプのカイロしかないけど、絶対貼るタイプの方が良いと思う。持ってるの面倒だもん。

 

 「それなら……良くはないか。あの、本当にごめんなさい」

 

 「謝らなくていいって。最近忙しいから、急に来れなくなっちゃうことあるかもって言ってたし」

 

 年も明けて冬休みは終わったが、陽乃ちゃんが来れなくなる日は年を越す前よりも増えていた。

 そんな時は一人でこのベンチで練習をすることになる。寒くないかと言われれば勿論寒いし、寂しいかと言われれば寂しい。こうして思うと、なんだか俺、捨て犬のようではないか。飼い主が来なければしょぼんと座りながら大人しく練習していて、飼い主がやってくれば尻尾を振って足下へ。

やだ。我ながら、それってどうなの。

 陽乃ちゃんは重たそうに持っていたユーフォニアムを置いて、隣に腰掛けた。走って来たせいで、まだ呼吸が落ち着いていない。陽乃ちゃんがふぅーと息を吐けば、白い空気がまるで魔法のように大気をぽわぽわと曇り空へと上がっていく。

 

 「こないだ教えて貰った曲、吹けるようになったよ」

 

 「いいねー。今回渡した譜面は簡単過ぎちゃった?最近は簡単な曲だと特に教えることもなく、すぐ出来るようになっちゃうね」

 

 「でも簡単な曲でも、一音一音の出し方が大切なんでしょ?」

 

 「そうだよ。綺麗な演奏をするためには、まず一つ一つの音を丁寧に吹くことから。それじゃ、後で一緒に吹いてみよっか。でもちょっと休憩させて」

 

 「うん」

 

 「帰りに次の課題曲も渡すから、忘れてたら教えてね」

 

 陽乃ちゃんは話しながら、首に巻かれた赤色のマフラーを外して鞄にしまう。このマフラーはこないだ一度だけ俺が借りたものだ。

 雪が積もっていたから、寒くて手が悴むし今日は練習をしないで遊ぼうと言って、二人で雪だるまやかまくらを作った日。突然木の上から降ってきた雪の塊が俺に直撃したとき、陽乃ちゃんは爆笑していたものの、何だかんだと心配はしてくれて風邪引かないようにと貸してくれたのだ。

 もう、この公園で作った雪だるまもかまくらも溶けてなくなってしまった。折角作った努力の塊が、じりじりとなくなってしまうこの季節が嫌いだ。

 早く春になればいいな。

 

 「はい」

 

 「何、これ?」

 

 「今日小学校の授業で白玉作ったんだ。それに砂糖混ぜたきな粉付けて持ってきたの」

 

 「……何か変なもの入れてないよね?」

 

 「あのねえ……。私のこと何だと思ってるの?」

 

 「陽乃ちゃん、すぐ悪戯するからさ」

 

 「それは八幡が可愛いし、面白いから仕方ないの。最近さー、家でも大好きな妹に避けられるんだよねー」

 

 「そうなの?」

 

 「うん。逃げようとするからぎゅーってして捕まえると、『姉さん、暑いし邪魔だから放してくれないかしら』って」

 

 「それをしてるからじゃないかな」

 

 「とにかくほら。はい、あーん」

 

 ……うん。

 

 「どう?美味しいでしょ?」

 

 「美味しい」

 

 「なんか餌付けをしてる気分。この団子を食べたから、八幡は私の子分ね」

 

 「桃太郎?」

 

 「そそ。うーん、どんなお願いを聞いて貰おうかなー。もう一個ね。あーん」

 

 「ん…」

 

 やっぱりこの人が作るものは完成度が高い。普通に美味いもん。前にもらった、家で作ったクッキーやパンも美味しかった。

 だから、何を命令されるのかちょっとだけ怖くはあるも、口に運ばれていくきな粉が付いた団子を断ることは出来ない。

 

 「俺も授業で美味しいもの作りたいな」

 

 「そっか。まだないんだもんね。班の皆で作るんだよ。火の担当とか、団子を捏ねたりの担当とかに別れてさ」

 

 「……」

 

 「そんな絶望した顔しないの」

 

 「だって…。どうせまた、比企谷菌とか、あいつが食べ物触ったら腐るとか言われたりするんだもん。一人で作りたいよ」

 

 「それはひどいな…。まあ私も一人で作りたいんだけどね」

 

 「どうして?楽しくないの?」

 

 「楽しいかと言われれば、面倒を見てるって感じの方が強いかな。要領も悪いし。後、これどうするのとか聞かれると、こんな簡単なことも分からないのって思う。八幡はこれまでも人と一緒に何かすることが少なかったらしいから、大体のことは見たら出来るんじゃない?それが出来ない子達ばっかだから」

 

 おー。出てくる出てくる。見下した顔してんもん。

 ただここではこう言いつつも、学校ではきっと笑顔を崩すことなく、うまくやっているのは間違いない。楽器の練習も良いけど、世渡りの仕方も教えて欲しい。

 

 「だから陽乃ちゃんは、学校帰りにクラスの友達と遊ばないの?」

 

 「ん?まあ、そうだね。特別、遊びたいとは思わないかな」

 

 「ふーん」

 

 「……でもね、遊べないっていうのもあるよ」

 

 「…え?」

 

 「…私の家は……」

 

 続く言葉はなかった。けれど、何となく想像が出来る。

 

 「それなら……」

 

 それなら、ここにいる時間はどうしているの?もしかしたら、かなり無理をしているんじゃ。

 陽乃ちゃんと同じように、俺の言葉は最後まで続かなかったけれど、陽乃ちゃんはにこりと笑った。


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