やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「つまりだ。こうして弥生時代から戦争が起きたわけだが、百余国あった国が三十国に統合された。日本で起きた戦争は外戦ではなくて、内戦から始まったというわけだ」

 

 人数が多い組織において、組織に属する人間の意思や方向性を固めることは非常に重大で、最も難儀な問題である。

 部活というのも、日本史の教師が話しているこの国の考え方に近しいものがあると俺は考える。

 自国がまとまらなければ、外の国と戦うことはできない。自国の全員で戦う意思を決めて共有していないと、ある者は戦って怪我をした。それにも関わらず、ある者は戦いもせず、利益だけを得る。そんな構図になりかねないからだ。

 部活も同じである。顧問の意思に従うのか、それとも逆らって自分たちのこれまでの練習や風習を貫くのか。結局、今回の問題の本質は『本気で全国を目指すのか』。その一点に尽きる。そこさえ決まれば後はどう流れるかなんて馬鹿でも分かるが、果たしてその問題にまで行き着くのだろうか。だが、結果はどうなるであれ、方向性は決めておかなければいけない。特にこの女子が多い社会においては、小さな亀裂が大きな問題になることなんて良くある話だ。

 それでは六十人を越える我が部活の意思決定は誰がどうやって行われるのであろうか。

 それはパート毎に決められたリーダー、通称パトリに部長を加えたメンバーで行われる会議によって決められる。北宇治高校吹奏楽部では、この会議をパーリー会議と呼ぶらしい。なんかパリピっぽい響きで凄い苦手な響きだ。

 俺が通ってた中学校では、この会議はパーミー会議だった。パートミーティングの略。俺としてはこっちの方が親しみやすいし、呼びやすいと思う。パーリーより可愛いし。地域や学校によって呼び方は様々だ。

 日本史の板書を取ろうと、視線を黒板に移すと、視界には高坂の黒くて長い髪が映る。

 今日は待ちに待った、そのパーリー会議らしい。さて、吹奏楽部の運命や如何に。

 

 

 

 「…ということで来週の合奏までは練習して、それでもしサンフェスに出られないというのであれば、きちんと抗議しようということに決まりました。何か意見がある人いますか?」

 

 パトリたちが前で列になり、真ん中の部長が会議での決定を伝えた。

 まさに日本人らしい、『決定』。ハーフオンハーフの意見だ。結局、滝先生の指導に従うのか、先日全員で決めた全国を目指す目標はなかったことにして、滝先生の指示に従うことなく例年通りサンフェスの練習をするのか『決断』できていない。

 本質の問題は解決できていないが、とりあえず解消はしている。誰がこの意見を出したのかは分からないが、中々纏め方が上手い。

 部員から意見は上がらなかった。だが、何も問題がなく終わることもなく。

 

 「おや、皆さん。合奏の練習はどうしたんですか?」

 

 トロンボーンの先輩が嫌そうな顔をした。滝先生のお出ましだ。

 

 「今はパートリーダー会議をしていて…」

 

 「そんなことは別で時間を取ってやればいいでしょう。折角、今週は三者面談で時間が長く取れるというのに。言っておきますが、サンフェスの件、私は本気ですよ?」

 

 さ、練習をしましょう。

 滝先生の有無を言わせぬ言葉に、俺たちは従うしかなかった。

 

 

 

 一、グラウンドに集合。二、楽器を持ってくる。三、体操着に着替える。

 あれれー、おかしいぞー。吹奏楽部のはずなのに、練習がマーチングバンド部みたいになってるー。滝先生のあまりに突然の指示には、コナン君もビックリだ。

 

 「さて、皆さん揃いましたね?」

 

 滝の確認に部員達の様子は人それぞれだった。嫌そうなやつもいれば、わくわくしてる様子のやつも。

 それにしても、中世古先輩は体操服にジャージを着てる姿がよく似合っている。運動部のマネージャーっぽい。あれなら北宇治高校の全ての運動部から、マネージャーの勧誘を受けていてもおかしくない。良かったー。ジャージ着てる中世古先輩の魅力が世間に知れ渡っていなくって。

 

 「それでは、全速力で校庭を一周してきて下さい」

 

 「ええ!走るんですか!?」

 

 質問したのは小笠原先輩。流石、部長。部員全員の声を代弁しての質問だ。

 

 「はい。タイムは90秒。それ以上掛かった人はもう一周追加で」

 

 あ、あれれー。おかしいぞー。八幡君は、吹奏楽ってずっと座ってられるか――。

 

「はい、よーい、スタート」

 

 あっ!もうカウント始めやがった!

 誰かが走り始めたのを皮切りに、全員が校庭を走り出す。

 

 「はっ、はっ、はっ、はっ」

 

 自転車通学で良かった。ほんのわずかな運動だが、あれがなければ多分校庭一周なんて走れなかった。全速力で走るのは意外にも疲れる。

 走っている俺の横に、誰かが並ぶ。

 

 「ぜっ、ぜっ、こう、さか、はや…」

 

 こっちは息切らしまくってんのに、全然平気な顔して俺を追い抜かして行きやがった。あいつ、コーナーすげえ早い。ハチロクか。

 

 「ふあぁぁ……みぃ……ごおぉ……」

 

 それと引き替え、後ろからはもはや何て言ってるのか分からない、ふわふわとした声が聞こえてくる。

 声で何となく分かっていたが、振り返るとやっぱり川島だった。走るのが明らかに苦手なようで、泣きながら走っている。あれ、身体が軽くなった。まさか、これが噂のみどりん効果…!癒やされる!

 

 「はいはい。走って走って。ゴールしたらすぐ吹く」

 

 滝先生の言葉が前方から聞こえてきて、再び俺の足が重くなった。

 おかしい、ゴールしても地獄じゃないか。だが、足は止まらず、ゴールしてしまった。

 

 「ほら、何のために持ってきたと思ってるんですか?ほら、早く」

 

 トランペットを吹く。腹から音が出せず、当然いつも通りに吹くことはできない。

 

 「はー。疲れたー。むりー。しぬー」

 

 ところで、俺の後ろで走り終わって地面に手をついている打楽器勢。こっちは全力で走った後に必死に楽器吹いて、文句言ってる余裕さえないんだぞ?うるせえから、もう一周走ってこい。


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