やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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ただ祈りを込めて、中世古香織は彼女の靴紐を結ぶ。
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 駅ビルコンサートの当日は快晴だった。

 サンフェス、合宿、夏祭り。いずれも晴れていた。つい先日の北高祭に至っては、終わった後の夜から台風がやってきたお陰で、北高祭自体には何の影響もないだけでなく翌日の学校は休校。休校前日の夜こそ、全国が決まった焦燥感から学校に行って練習出来ないことが気がかりだったものの、優子先輩と付き合ったという事実で布団の中で悶え続けたせいで、いつもよりずっと遅い時間に起きた翌日は素直に休日は素晴らしいと思えたものだ。普通に練習があったら、睡眠不足と優子先輩に練習で顔を合わせることに対する妙な照れでぶっ倒れてたんじゃないかとさえ思う。台風、お前は良くやってくれた。消滅してしまったのが残念だぜ。

 閑話休題。とにもかくにもどうやら俺たちは、天候には恵まれているらしい。一面ガラス張りの京都駅が日光を反射して輝いている。曲線や幾何学的な模様。巨人でも歩くことが出来そうな程に高い、吹き抜けの空間。そんな空間の中は数え切れない程のショップで溢れ返っていて、現代アート作品のような構造の駅を歩いていると、楽器を運びながらもついつい目移りしてしまう。

 

 「あー!緊張するー!」

 

 「うお。びっくりした」

 

 俺たちの前を歩いていた加藤が突然叫び声を上げたことに、塚本が大して驚いてもなさそうに反応する。加藤の隣の川島はずっと聞かされているようで、困ったように笑っていた。

 加藤を始め、Aメンバーとしてコンクールに出場しない部員達にとっては、公の場で演奏するのがかなり久しぶりである。それに全国に向けての曲をメインで練習している俺たちよりも、Bメンバーは今日の駅ビルコンサートで演奏する『宝島』を練習する時間は長かった。不思議なもので、練習を重ねれば重ねるほど自信がついて、考えなくても指が勝手に動くだとか言われることもあるが、練習した時間が多いほど自信はありつつも失敗したらどうしようと、努力に裏切られるかもしれない恐怖で上手く演奏が出来なくなることもある。

 そこら辺は性格次第なのだろうか。少なくとも俺は紛れもなく後者だろう。加藤の気持ちはわかる。超わかる。わかりすぎて、演奏が始まる前に景気付けで飲んだストロングゼロで酔っ払って、肝心の演奏が一人先走っちゃってるくらいノリノリのバンドマンくらい首を振るまである。

 加藤と同じように多くのBメンバーは緊張しているようで、隣を歩いている部員の裾を掴んでいたり、まだ演奏はずっと先なのに顔の色が悪いやつがいる。そうでない人と言えば、何人か前を歩いている鎧塚先輩の隣の傘木先輩とか。

あの人のフルート、マジで上手いからなぁ。傘木先輩もかなり朝練に早く来て吹いているけど、たまに聞き入っちゃう。

 

 「あ、ごめん」

 

 「別にいいだけどさ」

 

 「あんまり大声とか出したりとか変なことしてると、先輩に怒られるぞ」

 

 「はい……って言うけど、みどりも塚本も比企谷も十分おかしいよ!というか怪しいよ!」

 

 「は?何がだよ?」

 

 「何でさっきから三人ともすっごいキョロキョロしてるの?」

 

 加藤に指摘されて、自分が周りを見まくっていることに気が付いた。いや、塚本と川島は周り見すぎだと思ってたけどね。自分の事って分からないもんでしょ?二人も無自覚だったようで、苦笑いをしている。

 

 「俺はちょっと人捜しというか」

 

 「はいはい。久美子ね」

 

 「まあ。なんかバス降りてからずっと見当たらなかったから」

 

 こいつ、視界の中に黄前がいないと不安になっちゃうの?おかんか。

 俺には幼馴染ってのがいないからわかんないんだけど、普通はこんなもんなのだろうか。

 

 「久美子ちゃん、別の学校の友達が来てるから会いに行くって話してましたよ」

 

 「え、そうなの?」

 

 「はい。立華の子だって言ってました」

 

 「ああ。佐々木か。立華も来てるんだもんな、今日」

 

 塚本は三人から向けられる視線が恥ずかくなったようで、視線を逸らしながら『同じ中学だったから知ってるんだよ。そいつ』と言い訳するかのように吐き捨てた。

 呆れた様に笑った加藤が俺と川島に問いかける。

 

 「それで二人は……」

 

 「そりゃあ、なぁ?」

 

 「はい。決まってますよね?」

 

 「「清良!」」

 

 今日の駅ビルコンサートが自分でも珍しいなと思うくらい楽しみで仕方なかったのは、女子校らしくお淑やかな純白に身を包んだ彼女たちをこの目に焼き付けるのが四割。しかし、演奏が始まれば別の顔。その清楚さを良い意味で裏切ってくる堂々とした演奏。全国金賞を確固たるものとしている圧倒的なまでの演奏を全身で感じるのが六割だ。

 俺が北宇治として演奏するのは残った部分。……あれ、残ってる部分ないんだけど。でも俺、聞いたら今日もう満足しちゃうわ。本当に。

 

 「みどり、清良が楽しみ過ぎて昨日からわくわくでしたー!」

 

 「俺も俺も。福岡の清良の演奏を京都で聴けるなんて、人生って何が起こるかわかんねえよなぁ。神様っているんだな……」

 

 「清良の演奏は全国常連どころか、世界レベルですからね。世界で活躍している演奏家だって、清良出身の方は一人二人じゃありません」

 

 「それな。俺たちは今日、ダイヤの原石。世界の音楽業界を担う卵を見て聞いて感じるんだ」

 

 「そうです!一秒だって無駄に何てできません!」

 

 「ああ!あ、やべ。まだ聴いてもないのに涙が……」

 

 「さっきから比企谷もみどりも熱がすごすぎる……」

 

 加藤だってそうは言ってるけど、もし来年再来年と吹奏楽部で過ごしているうちにどんどん吹奏楽の世界にのめり込んでいったら、今日清良をもっと意識してなかったこと絶対に後悔するぞ。絶対。

 

 「なあなあ。折角京都駅まで来たんだしさ、終わった後どっか寄ってこうぜ?」

 

 「お、いいねえ。滝先生のお陰で学校に戻らなくて良いんだしね!」

 

 通常ならコンクール含めて学校外で演奏を終えた後は、学校に戻り楽器を搬入してから解散となる。滝先生が赴任してからは、学校に戻って練習するのが普通だった。

 しかし、今日は俺たちの順番は前の方だ。後には吹奏楽では全国には行けなかったものの、マーチングでは圧倒的強豪として例年と変わらずに全国金賞の筆頭である立華、そして楽しみで仕方がない清良の演奏もある。

 滝先生も演奏を聴いて行く方がいいという判断に加えて、どうやら駅ビルコンサートの主催者側からも、博多から来ている清良などとは違い京都駅の近場である北宇治には、観客として残ってコンクールを盛り上げて欲しいという声が掛かったようだ。それもあって、今日の楽器の搬入は業者に委託することになり、駅ビルコンサートが終わった後は京都駅で解散という形で決まっている。

 

 「みどりはいいですよ。比企谷君は?」

 

 川島が行くなら俺もー。普段なら間違いなくそう言うはずだが、今日はそれができない。すでに先約がある。

 

 「わりぃ。俺、今日は終わった後用事あるんだわ」

 

 「そうなんですか……。残念です」

 

 「ぐっ……。やっぱり……」

 

 いや、ダメだ。流石に先輩に川島と遊びたいから今日はなしでとは言い出せない。

 

 「別に遊ぶのは今日じゃなくてもいいからな。用事があるなら仕方ないだろ。比企谷が来れないなら、俺は瀧川と遊んで帰るわ」

 

 「そうだね。じゃあ私とみどりは久美子と高坂さんに声掛けようか?」

 

 「そうですね。みどり、前から行きたかったカフェがあるんです!」

 

 俺も一緒にそのカフェに行きたかった。川島と二人で。

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