やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
駅ビルコンサートのステージは、京都駅の大階段の途中にある広場に設けられていた。
とは言っても北宇治高校の部員数は総勢八十二名。全員はステージの上に乗ることが出来ず、見栄えの良いトランペットやトロンボーン、それから打楽器は後方のステージ上。それ以外の楽器は指揮者である滝先生を中心に、ステージ前方に扇形に椅子を並んでいる。
スタンバイをしていると、階段を客席代わりにしている観客の顔がよく見えた。全国に行く事が決まった北宇治高校に加えて、立華や清良とかなり豪華な顔ぶれだ。流石に観客の数はびっしりと階段が埋まるくらいには多く、その中には中学生の団体もいる。その中に見慣れた小町の顔を探すが、残念ながら見当たらない。常識的に考えて妹は兄がいないと生きていけない生き物であるはずなのに、今日は来てくれてないのかなぁ。
逆説的に妹がいないと兄も生きていけない。はーあ。小町がいないんじゃ、今日の演奏は程々に頑張るか。いや、普通に全力で吹くけどな。
小町を探しながら、視界の中に入ったバリサクを持つ小笠原先輩は緊張している様で落ち着きがない。もじもじと身じろぎをしている姿をステージの上から見ていると、何だか小動物のようで可愛らしいが、それ以上にこちらが不安になってしまう。
「大丈夫なのかねぇ」
「小笠原先輩?」
「ああ。大分緊張しているみたいだけど」
隣に並ぶ高坂と話していると、それに気が付いた香織先輩が声をかけてきた。
「大丈夫だよ。ああ見えて、私たちの部長なんだから」
うーん。まあ香織先輩がそこまで言うのなら大丈夫なんだろう。視線を目の前の楽譜に向ける。
滝先生が観客に一礼をすると、会場は徐々に静かになっていった。室内でもないし、たくさんの人で溢れる京都駅は当然、俺たちの演奏を聞きに来ている人以外にも存在する。それなのに、滝先生が指揮棒を振り上げるのと同時に楽器を構えた瞬間、関西大会本番の日の事を思い出した。
今回俺たちが演奏する最初の曲は『宝島』。
吹奏楽の経験者であれば誰しも、宝島と聞けばまず最初に丁寧丁寧丁寧の新しい宝島ではなく、今回演奏するT-SQUAREによる楽曲が元ネタの宝島が思い浮かぶはずだ。もはや吹奏楽のど定番の曲でもあり、名曲中の名曲とも言える。軽快で耳当たりの良いこの宝島は、聞いているだけで陽気な気分になってくる。物語シリーズ初期の頃の阿良々木君含めて誰とも話すことのなかった忍ちゃんだって、きっとこの曲を聴いたらたちまち、視聴者も見慣れた『寡黙?そんな時期あったっけ?』と言わんばかりの最近の物語シリーズの忍ちゃんのテンションに一変して踊り出すだろう。
まさに宝島というシンプルな題名にふさわしい、わくわくさせるこの曲を俺たちは今日に向けて仕上げてきた。一番の聞き所は何と言ってもバリサクのソロに他ならない。今回、北宇治のバリサクソロを任されているのが我らが部長の小笠原先輩である。ただ滝先生よりも前、誰よりも観客席に近いところで一人で吹くだけではなく、金管楽器の合いの手も入りつつ、個性全開と言わんばかりに吹かなくてはならないこのソロを緊張してしまうのも無理はない。ただでさえ人前に立つのが好きではない小笠原先輩なら尚更だろう。
パーカスのアンサンブルから始まった宝島は、滝先生の振るう指揮棒に合わせて奏でる軽快でポップなメロディーが進んでいく。客席の方からもリズムは合っていないが手拍子が入っている辺り、盛り上がりは完璧だと言える。通りすがりの人も、演奏に引き込まれてやってきている為、目の前の階段には演奏が始まる前よりも観客が明らかに増えていた。
「うわ、すごい演奏……」
「ねえ聞いていってみようよ」
そんな声と共に曲は流れていき、トランペットパートにとっては休む部分がなくかなり苦しいサビが終わった。俺たちはとりあえずここから最後のサビまで一段落だ。
いよいよバリサクのソロパート。
うわ、かっけえ。
そこにはもう、頼りない小笠原晴香の背中は見えなかった。リズム、スタッカート、抑揚、タメ。小笠原先輩が息を吸ってマウスピースに息を吹き込んだ瞬間から、一音一音全てが完璧。あれ、本当に小笠原先輩?まじでかっこいい。
あの人はこんな演奏が出来るのか。少なくともこれまでの練習やコンクールでは聴いたことがない。音が輝いている。
小笠原先輩は部長として部員を引っ張るタイプでは決してない。現にさっき田中先輩が突如として現れたときに多くの部員が安堵したように、やっぱり今の三年は田中先輩が精神的にも実務的にも引っ張っていたのは誰も否定することは出来ないはずだ。
部長ではあるけれど目立つことが好きではないし、後ろで支えるどころか余計な気まで配って抱え込んでしまう。だけど、そんな小笠原先輩が部長として毎日毎日、練習の時には俺たちの前に立っていた。その逃げない姿勢と、勇気を全員がこの半年以上の間ずっと見続けている。
ノリノリでアレンジを織り交ぜながら演奏する姿を見て、これまでのイメージが少しだけ変わった。小笠原先輩はただ謙虚だとか、根が真面目だとか。勿論それも小笠原先輩の性格の一部なのだろうけど、きっとあの人は意外と芯が強い。ただ優しさだとか押しに弱いからだとかで部長になったわけではないのだと思う。
そうだ。だからあの人は優子先輩とたった二人、高坂と香織先輩の再オーディションの時だってほとんどの部員がどちらを選ぶことができない中で、香織先輩を支持していた。
かなり長いはずのバリサクのソロがあっという間に終われば、会場は今日一番の拍手に包まれた。