やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「夏紀ちゃん、比企谷君。お待たせー」

 

 ぱたぱたと走ってくる香織先輩と小笠原先輩を見て、俺と中川先輩は腰を上げた。待った時間は実に十五分ほど。思っていたよりかは全然早かった。

 

 「ふー。急いで来ちゃったよ」

 

 「あはは。そんな急がなくたってよかったのに」

 

 「二人とも何してたの?」

 

 「あー、普通にここで比企谷とくっちゃべってました」

 

 ニヤニヤと笑う中川先輩からふいっと顔を逸らす。くっちゃべってたなんてとんでもない。二人が来てくれたことに心の底から感謝する。

 中川先輩と合流してからと言うものずっと、『はは、照れてやんのー』と優子先輩の事でからかわれ続けていた。女の子と二人というシチュエーションにも関わらず、香織先輩達を待っている間はもはや地獄のような時間であった。

 挙げ句の果てに『もう勘弁して下さい』と言えば、『じゃあ言うこと聞いてくれる?』と悪魔のようなことを言われ、渋々頷けば『面白いし、こき使ってやろっと』と謎の宣告を受けた。死にてえ。

 あー、俺もう『that』くらい使われちゃうのかな。あいつも大変だよなー。同格、接続詞、関係代名詞、指示語、まだまだあるもん。過労死するわ。過労死しなくても、世の中の受験生にいつか恨まれて殺されると思う。

 最後の『冗談だよー』が全く信用できない。この人、わっるい顔してるもの!次の標的は優子先輩のようで、今度二人の時にからかってやろうとそれはもう楽しそうに言っていた。

 

 「こないだも夏紀ちゃんが練習してる時に比企谷君の所に来てたよね?私ちょっと意外かも。二人って仲良いよね」

 

 「そうなんだ。ビックリしたもん。夏紀ちゃんに駅ビルコンサートの後に集まろうって言われて、そこに比企谷君もいるって聞いた時」

 

 「うん。二人ってパートも違うのに何で仲良いの?」

 

 「そう言えばなんでだっけ?」

 

 「ファーストコンタクトは、確か初めてのホール練の時でしたよね?」

 

 「んーそうだっけ?」

 

 「そうですよ。ほら、なんか二人ともサボってるーみたいな話したじゃないですか」

 

 「そんなことあったようなーなかったようなー」

 

 まじかよ。この人、全然覚えてねえ。

 真面目な話、この人と俺が意外と接点があるのは共通点の多さだろうか。優子先輩経由で友達の友達みたいな。後はたまたま巻き込まれた傘木先輩の事とかでも、同じような形ではなかったけれど話す機会は多かったように思う。

 それにほら、ちょっと性格的な部分でも似てるじゃん?人を寄せ付けない雰囲気とか、孤独を愛している感じとか、アンニュイなオーラとか超かっこいいでしょ。俺だってあるでしょ、そういうの?あったらいいな。小林製薬。

 

 「二人とも部長の前でサボってた話とかしないで。怒るよ?」

 

 「あの時はサボってたわけじゃないんですよ。野暮用があっただけで。とにかくほら、どっか行きましょうよ」

 

 「はぁ。もう仕方ないなあ」

 

 「どこに行こうか?落ち着いて話せるところの方が良い?」

 

 「そうですね。私、ちょっとお腹空いてます」

 

 「じゃあカラオケとかじゃなくって、何か食べられるところにしよう」

 

 香織先輩の提案に頷いた。あぶねー。落ち着いて話せるところの選択肢にカラオケがあったとか聞いてねえよ。

 カラオケは騒ぐ場所ではあるが、心安らぐ空間だと言うのは否定しない。ただし、お一人様の場合に限る。さらにリラックスするコツを伝授すると、トレーなどで飲み物は多めに持ってきておいて、できる限りドリンクバーに行かない方がいい。あいつさっきもあの部屋から出てきてたけど、もしかして一人?という疑惑を隣の団体客に思わせないためだ。そこまでしても、歌ってる途中に急にドアを間違えて開けて入ってきて、謝りながらもニヤニヤしながら出て行く奴。絶対に許さない。

 

 「どっか行きたいところある?」

 

 「私はどこでもいいですよ?比企谷は?」

 

 「俺も先輩達に合わせます」

 

 「晴香は?」

 

 「私もお腹空いたからなー。あ、そうだ!」

 

 小笠原先輩はポケットからスマホを取り出すと、そそくさと弄り始めた。一体何が出てくるのだろう?ビスケット?パンケーキ?大して待つことも期待することもなく、小笠原先輩が画面を俺たちに見せる。

 こ……これはっ……!

 

 「ラーメンですか?」

 

 「そうそう!美味しそうじゃない?私の好きなラーメンブロガーさんが紹介してたの。ちょうど京都駅から少し歩いたところにあってね!」

 

 「晴香先輩ってラーメン好きなんですか?」

 

 「大好き!」

 

 「へー。そんなイメージ、全然なかったです」

 

 「ガツンとくる味が好きなの!だからあっさりしたラーメンよりもこってりしてる方が好きなんだけど、京都はこってりしたお店の方が多いんだ。それが一番、ここの好きなところだよ。夏紀ちゃんは?」

 

 「私は好きでも嫌いでもないかな」

 

 「そっか。残念。折角ラーメン好きの友達が見つかると思ったのに。あーあ。香織がラーメンもっと好きになってくれたらなー」

 

 「何それ。比企谷君は?やっぱり男の子だしラーメンは好きなの?」

 

 「そりゃ大好きですよ」

 

 「え、嘘!?本当に?」

 

 「冬の寒い日に食べるラーメンはスープと麺を一緒にすすったときに、身体も心も温まるんです。その時にあ、俺生きてて良かったなって。その感覚は他のどんな食事でも味わえません。夏バテしている時だって他の飯は何も食べる気が起きなくても、ラーメンだけはつるっと潮風のように喉をすり抜けていく。秋には秋の味覚を組み合わせた、そこでしか食べられないスペシャルでオリジナリティ溢れるラーメンを食べて、春には出会いと別れのラーメン。俺は一年間、春夏秋冬をラーメンと共に生きています」

 

 そう。俺は言わずと知れたラーメン大好きマンである。というか世の男子でラーメン嫌いな奴なんてまずいない。あのカロリーを考えない、ただ幸福だけを詰め込んだ料理が嫌いだなんて言う男子には、太宰治もきっと人間失格だと言うだろう。

 ただ逆に言えば女子で好きな人というのは存外いない気がする。というか隠してるだけだと思うのだが。ラーメンは男の食べ物というイメージだとか息が臭くなる、カロリーがとにかく心配とか。余計な事を考えて好きではないと言う女性が多いかもしれないが、そんなラーメン好きな女性が我々男子は大好きです。嫁を連れて、二人でラーメンを食べに行く。そんな些細な夢を持って日々生きております。

 

 「わかるー!」

 

 「ぜ、ぜんっぜんわかんないんだけど!?出会いと別れのラーメンって何?」

 

 小笠原先輩が興奮のあまり顔を紅潮させながら、俺にぐいっと近付いてくる。普段ならそれで頬を染めるシャイな俺も、今ばかりはすっこんでいる。ラーメンを前に人間は男女とか人種とか、そんなものは存在しないのさ。

 俺たちの妙なテンションに香織先輩が苦笑いを浮かべているのも気にせず、小笠原先輩はおさげをひょこひょこと揺らしている。やれやれ。香織先輩にそんな顔をさせるなんては流石に酷すぎませんかね?とは言え、小笠原先輩はハイテンションになっているし、仕方ない。俺が謝っておこう。

 めんめんめめめんめんめめーん。めんめんめめめんめんめめーん。めんめんめめめんめんめめーん。まじごメーン。

 

 「一日三食ラーメンでもいいよね?」

 

 「そ、そうですかね?キツくないですか?」

 

 「そんなことないよ。あ、もしかして健康面に気を遣ってるとか?」

 

 「まあそれもありますけど……」

 

 「ふっ」

 

 「うわ。ムカつく」

 

 「中川先輩。ラーメンと言えば外食だとか思っていませんか?朝はカップラーメン。昼はコンビニのおにぎりの棚の下に並んでるチンするラーメン。夜は本場のお店のラーメン。そうすれば解決でしょう?」

 

 「そうそう!同じラーメンって名前だけど全然違うものなんだよ?」

 

 「さすが小笠原先輩、分かってらっしゃる。よっ、部長!」

 

 「えへへぇ。なんならシメにスーパーで売ってる即席のラーメンを食べて完成だよね!」

 

 「あれも全然違いますからね。トッピングの種類は31軽く超えますから飽きないし」

 

 「私、なんか二人が怖くなってきた……!健康面、何も解決されてないし!」

 

 そ、そんなことねえし!同じラーメンって名前で括られているだけで、あれは全部別の何かだから関係ないし!

 

 「はぁ。二人とも、ラーメン屋じゃゆっくりお話出来ないでしょう?私たちはあすかを連れ戻すために今日、集まったんだから!」


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