やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「比企谷八幡君。私は今、怒っています」

 

 「えー……」

 

 「えーじゃない!私が言いたいわよ!」

 

 スマホ越しのノイズが俺の耳に届いたとき、向こうはご立腹だった。本人を前にしているわけではないので、体勢を変えずに布団に横になったまま声を聞く。今頃、カチューシャを髪につけて、もこもこのパジャマを着た優子先輩が頬を膨らませている。そう考えると少しだけおかしくて笑ってしまった。

 付き合ってからはこうして、夜に電話をすることが多い。スマホに向かって話すことなんて、基本的にアプリをやりながら『ちくしょう』だの、『またドブ……』だの、そういうのばっかりだったのに。関係ないけれど俺含め、スマホゲームで遊んでるプレイヤーの『もう二度とやんねえ』、『アンインストールするわ』は九割九分嘘だと思ってる。

 優子先輩は大体、風呂に入った後髪の手入れをしているときや、勉強中、寝る前あたりに電話をかけてくる。いずれも手が空いている時間らしく、話し相手が欲しいらしい。勉強中ってのはどうなのかと思うけれど、それこそ俺だって教科書開きながらゲームしてるし、人のこと言えませんね。

 

 「さっき夏紀から聞いたんだけど、なんで香織先輩と遊んでんの!?夏紀と放課後、話すとは聞いてたけど、香織先輩がいるなら私も呼んでよ!」

 

 「俺だって香織先輩と小笠原先輩が急に来ることになったって聞いたときは驚きました」

 

 「いつから知ってたの?」

 

 「駅ビルで北宇治が呼ばれる前には」

 

 「じゃあ私に教える時間めっちゃあったじゃん」

 

 「優子先輩、鎧塚先輩と遊び行くって言ってたじゃないですか」

 

 「みぞれとは遊んだよ。後、友恵と希美も一緒。皆でケンタ行ったの。でも私は香織先輩とも遊びたかった」

 

 「んな横暴な」

 

 俺たちもサイゼ。優子先輩達もケンタ。折角、普段は行かない京都駅まで行ったのに、どこにでもあるチェーン店をチョイスしているが、高校生の懐事情なんてもんはこんなもんだ。実際、お洒落なカフェだなんてそう行くもんじゃない。

 食べたチキンの話や、二年女子界隈の最新トークを聞きながら相槌を入れて、時計の針が半分を回る頃にはすっかり眠くなっていた。普段の練習終わりもくたくただが、今日みたいにいつもと全く違うことをするというのもまた別の意味で疲れる。普段人と話さない人が話そうとすると、妙に神経使って結果的には誰の記憶にも無理して話してた人の事なんてほとんど残っていないのに、その本人は満足して達成感と疲労がすごいみたいな。

 

 「もう眠いの?珍しいね。まだ結構早いのに」

 

 「はい。なんか今日は疲れが。さっき小町にも飯食いながら寝そうって、ちょっと怒られました」

 

 「どんだけ疲れてんのよ。しかもサイゼリヤでご飯食べてきたんじゃないの?」

 

 「サイゼはおやつみたいなもんです」

 

 「凄いな。流石男の子。じゃあ八幡が今日、三人とどんな話したのかは、明日朝練行く前に学校行きながら教えてよ?」

 

 「わかりました。とは言ってもそんな話すことというか、決まった事なんてないですけどね」

 

 「ふーん。そうなんだ。あ、最近風邪が流行ってるからちゃんと暖かい格好して寝ないとダメだよ?」

 

 「へーい」

 

 「後さ、明日からしばらくの間、練習で使う教室が変わるかもって話聞いてる?」

 

 「全く知らなかったですけど」

 

 「三年生の模試直前の補講みたいなのがあるらしくて。それでパートによっては普段練習してる教室が使えないからってことで、どっかのパートと合同とか廊下使ったりするみたい。噂だと、時間をパート練の時間を半分にして、残りの半分の時間を外で走ったりして調整するなんて話もあるけど」

 

 「全国前のこの時期に外周ですか?」

 

 「あくまで噂だけどねー。滝先生がそう言ったとか、出所とかは全くわかんないけど、ただそういう連絡が滞っちゃってるよね」

 

 そもそも連絡というか、決定自体が出来ていない可能性がある。基本的に普段練習で使っている教室が三年生の補講で使われるかどうかというのは、部長が顧問か副顧問に聞くなり、楽器毎に使う予定の教室の担任に、パトリが代表として確認するのだろう。そして次の段階で使えない教室があれば、その教室を使う予定だった楽器の練習をどうするか、パトリ会議で話し合う。

 

 「まあ、今はちょっと仕方ないかもしれないけどさ」

 

 

 

 

 

 「さて、まずは昨日の話を整理するところからだね」

 

 昼休み。学生にとっての労働から離れる貴重なその一時は、他のどの時間よりも和かな空気が流れている。不思議なもので楽しい時間と和かな時間はあっちゅう間に過ぎてしまうのだが、そんなかけがえのない時間を俺たちは作戦会議とやらに使っていた。偶然会って、ここまで一緒に来ていた中川先輩に話を聞いたところ、パトリや部長などの役職持ちは昼休みに会議をすることが多く、詰まるところ部長の小笠原先輩や田中先輩、それに香織先輩は大体の昼休みをこの会議室に宛がわれた空き教室で過ごしていたそうだ。

 俺も三年生になったら、そんな日が来るのだろうか。

少なくともついさっき教室に俺が入ってきたときはニコニコと、適当な椅子に腰掛けて俺に手を振っていた部長と会計。香織先輩は会計ってよりか、パトリって方が印象的だが。ともかくあんな風に笑顔で対応なんてことはできなくて、嫌々駆り出されて泣く泣くタスクをこなしているんだろうなぁ。大人になんてなりたくないやい。毎日が日曜日で学校が遊園地でやな宿題はぜーんぶゴミ箱に捨てちゃう、どきどきわくわくが年中無休なままでいたい。どっかーん!

 

 「とりあえずやることは大きく分けて二つっていうことだったけど、まず始めにあすかを連れ戻すために出来ることを考えようって方から。その方法を各自家で考えてきて貰うって話だったけど、何か良い作戦浮かんだ人いる?」

 

 小笠原先輩の言葉に手を上げる人は誰もいない。数秒待ってみて、だよねーと肩を落とした小笠原先輩はシャーペンを口元に運んで唇に付けた。悩んでいますよアピール。

 いるんだよなぁ、こうするのが可愛いと思ってる奴。いや、小笠原先輩がそう思ってやっているとは言わないけど。そんでもってまたいるんだよ。その仕草が妙にぐっときて、可愛いな、何とかしてあげたいなって思っちゃう勘違い系男子。

 うーんと、唸っているだけの時間が続いていたが、香織先輩が手を上に伸ばした。少し恥ずかいようで、控えめに上げている姿が控え目に言って可愛い。


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