やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「やっぱりあすかのお母さんにお願いするしかないと思うんだ」

 

 「それで肝心の方法は……」

 

 「実はね、耳寄りな情報があるの」

 

 耳寄りな情報。果たしてそれは一体。香織先輩はスマホを操作して、俺たちに見せてくれたのは、黄金色と焦げ茶色で塗られたようなの丸い物体。

 

 「これなんだけど、知ってるよね?」

 

 え、知らない。饅頭だよな。饅頭怖い。カロリー高いし、美味しいからついつい食べ過ぎちゃうけど、単価高いし。

 俺とは裏腹に、小笠原先輩と中川先輩はああうんふむふむと頷いている。

 

 「駅前の幸富堂の栗饅頭ですよね?」

 

 「おいしいよね、あそこの和菓子」

 

 「そうだよ。私もあそこの和菓子大好きなんだ」

 

 流石女子。甘いものと恋愛には目敏い。饅頭なんて外見に差がないはずなのに、言い当てる辺り細木○子さんでも驚く。古いかぁ。好きだったんだよなぁ。

 

 「あすかのお母さんも好きなんだって。これを買って持って行けば、許したりしてくれるなんてことは……」

 

 言葉尻が弱くなっていく香織先輩に俺たちは苦笑いで返す。物で懐柔する作戦は政治家さんやらお偉いさん達の基本だが、いくら何でもお菓子なんかで田中先輩の家族の問題が解決するはずがない。

 それに、そもそも純粋に田中先輩の母親に会いたくない。この中で誰も直接、その現場を見た人はいないが、大分職員室で滝先生と副校長と口論になったときはヒステリックだったという噂を聞いたし。

 ああいうのは余計に刺激してはいけないのだ。結構マジで、逆に田中先輩の立場を悪くすることになるかもしれない。

 

 「ダメかな?」

 

 「うーん。ちょっと難しいかもですね。でも秘密兵器って事で」

 

 「次、私もいいかな。昨日考えてみたんだけどさ、まずはあすかと話さないことには始まらないと思うの。私と香織、何回か話そうとしていつもはぐらかされちゃってるんだけど」

 

 「俺もそれに同感です。俺たちが持ってる情報が少なすぎて、何をするべきかが一向に出てこないですし」

 

 「うん。最低つかまえてでも……まあそれさえもうまく逃れちゃいそうなんだけどね、あすか。それにあの子は話せば楽になるとか、そんなタイプじゃないし」

 

 だが、話さないからと言って抱え込んでいる物がないなんてことはない。

 鎧塚先輩だってそうだった。寡黙な人でロボットのようだとさえ思ったこともあったけれど、傘木先輩に向ける溢れんばかりの感情が確かにあったのだ。

 

 「田中先輩が家庭の事情を解決する方法は置いといて、そもそも部活を続けたいという意思さえこの中に聞いた人はいないんですよね?それが分からずじまいだと、もしもう辞める決意が固いなら、俺たちがやろうとしてることは余計なお節介もいいところです。それにそもそも、退部届なんてもんは形上のものでしかなくて、部を続けるか否かは本人の意思次第。受理されようがされまいが、部活に来なければ受け取っているのと何も変わらない」

 

 「でもあすか先輩、お母さんが来たときに部活を続けたいから退部届を出さなかったんじゃないの?」

 

 「数週間前の話ですよ。受験勉強って言う自分の将来に関わる事情な訳ですし、家に帰った後話し合った可能性は十分にあります」

 

 「駅ビルにも来てたんだから辞めたいって事はないんじゃない?」

 

 「いや、それだって俺たちはサイゼで母に内緒で来たからすぐ帰ったって決めてましたけど、相談した結果、当日の自分たちの出番や平日の練習の決められた時間は参加できると談合してることだって考えられると思います」

 

 「うーん、可能性は低そうに思えるけど」

 

 「とにかく話は聞いてみるべきです。ネガティブなことばっかり並べましたけど、逆に話し合って上手くいってるなら本番は出られて、それに間に合うように部活以外の時間で練習をしている可能性だってあるんですから」

 

 「まあ、私も比企谷と部長が言うように、話をしてみるってのには賛成だな」

 

 「そうだね。……でも、さっきも言ったけどあすかは今回の退部騒動については頑なに話したがらないし、最近は私たち、ちょっと避けられてるように思うの」

 

 「じゃあ、一つ目の問題に関しては会って話すための場を作るって方向性で行こう。とりあえず私と香織はもう一回、ちゃんと話そうって声掛けてみようかな。二人はどうしよっか?」

 

 「私も低音パートのことで話があるって感じで、あすか先輩の教室をあたってみます」

 

 「俺はパスで。あの人とはほら……あれです。あれですから」

 

 「使えないなー。あすか先輩、逆に比企谷なら話してくれるかもしれないじゃん。こんなときまでコミュ障発揮しないでよ」

 

 「逆にってなんですか。そんな訳ないです。それにね、中川先輩。俺だってたまには普段あんまり話さない人と会話することだってあうんですよ?ペッパー君とかsiriさんとか」

 

 「どっちも人じゃなくてAIだし」

 

 中川先輩がこめかみに手を当てて溜め息を吐いた。苦笑いしている小笠原先輩の隣では、香織先輩がクスクスと笑っている。

 三者三様の反応。思えば、俺にしては本当に珍しく女子三人に囲まれた異質とも言える状況だが、そこまで居心地は悪くない。何とも不思議なメンバーが集まったものだ。

 

 「じゃあ比企谷君にはもう片方のやらなくちゃいけない方を頑張って貰おうかな」

 

 『早急!解決しないとリスト part1!』。

 ピンクの蛍光ペンで可愛らしく書かれているのは、一番上に書かれた題名だけで、その下の余白はびっしりと文字で埋まっている。実は話し合いを始めたときから気になっていたんですよね、これ。小笠原先輩は目の前に置かれていたノートの切れ端を持ち上げて、俺に見えるように掲げた。

 びっしりと綴られている解決しなければならないものというのは、もしかして俺への苦情?残念、違います。田中先輩がいなくなったことで部内に生じた様々な問題です。多すぎるんだよなあ。こうして見ると、如何に部の運営面であの人が貢献していたのかがわかってしまう。

 

 「このリストを片っ端から片付けてくの、手伝って?」

 

 「えー……」

 

 「えーって、協力してくれるんじゃないの?」

 

 「やろうとは思ってたんですけど、こうしてリストとかってのを見ると、どうも仕事感があって身体が受け付けないんですよね」

 

 「知らないよ。それに文化祭の時、もしまた部活で何かあったらその時はよろしくって言ったの、私まだちゃんと覚えてるよ?」

 

 しゅんと俯いている小笠原先輩を見ていると、先輩であるのに支えて上げたくなる。だが、余計な事には首を突っ込むな。あの時、俺にそう言ったのも小笠原先輩だった。

 とは言え、さっきまで話し合っていた田中先輩を連れ戻す案件と違い、こっちの現在発生している問題を解決するというのは、田中先輩が復帰を解決できなかったときのリスク管理でもあり、復帰できた場合に、余計な問題に手を煩わすことなく田中先輩が復帰するためのサポートでもある。今の俺たちが絶対に必要でやらなくてはいけない問題だ。

 小笠原先輩としても、田中先輩がいつでも戻ってこられるように頑張ろうと部員達を前に言った手前、このリストの解決は最重要課題とも言える。

 それにしても、こなすことが多すぎて……。

 

 「うーん……」

 

 「うぅ……。だからそんな嫌そうにしないでよぉ。お願いしてるのが私だからいけないの?」

 

 「ほら。比企谷のせいでまた晴香先輩落ち込んじゃったじゃん。ちょっとくらい大人の対応しなよ」

 

 「はっ。上司からの仕事を嫌な顔せず黙って受ける。もし、そんな社畜の精神を受け入れていくことを大人になるというのなら、俺は一生大人になんかならなくていいです」

 

 「すごい子どもみたいな事言うし。晴香先輩、言い方じゃないですか?先輩は部長で、比企谷は一年なんですし、もっとびしっと言ってやって方がいいのかもしれないですよ?」

 

 「そうなのかな?」

 

 「絶対そうですって。ちょっとやってみましょう!」

 

 面白そうだし、見てみたいかも。めっちゃ怖い晴香先輩。小声で呟いた中川先輩の言葉を俺は聞き逃さなかった。この人、先輩の普段見ない姿を見て楽しもうって遊びだしたぞ。しかも、部長に怒られる被害者俺だし!

 

 「やっぱり比企谷君と夏紀ちゃんって仲がいいよねえ」

 

 未だ落ち込む小笠原先輩の隣で、香織先輩がぼんやりと呟いた。

 


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