やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「はい。口の前に手をかざして」

 

 トランペットパートだけで行う基礎練習。俺たちは滝先生の指導の下、横一列に並んで先生の指示通りに手を前にかざした。

 目の前に見えるのは、自分の手と青空。空の下には、練習をしている部活棟とは渡り廊下を挟んで離れている校舎の一部が見える。

 

 「自分の息を感じるようにして。窓の外にある、あの遠い雲を動かすように息を吐いて下さい」

 

 お。あの教室。女子が机に脚組みながら座ってる。しかも結構可愛いぞ。

 俺の手のひらはいつの間にかほんの少しだけ下を向き、誰とも知らない女子のスカートを捉えていた。

 

 「ただ強く吹くのではなく、遠く。あの雲の奥にある地平線にまで、一本の強くて長い息を」

 

 ふー、と全員が息を吹く。

 おし、いいぞ。あと少しだ。ふー。ふー。

 

 「それじゃあ届きませんよ。もう一度」

 

 ふー。ふー!

 …ちょっと動いたよな?もう少しで見えそうだ…。頼む、届いてくれ。

 

 「まだまだ強く」

 

 ふー!ふー!

 頑張れ頑張れ、俺の息!今こそ風になれ!

 

 「いいです。その調子。後はそれを長く。雲を動かすイメージを持って」

 

 おい、ふざけんな!なんで見えないの、パンツ?

 もう物理的に見えてもおかしくないはずなのに…。何があってもパンツは見せない、京アニか!

 

 結局、俺の息はあの地平線の向こう、スカートの中に届くことはなかった。

 

 

 

 

 海兵隊の始まりのフレーズ。このフレーズだけを今日一日で何回吹いただろうか。

 

 「はい。では、もう一度」

 

 こう何度も同じフレーズを吹き続けていれば、流石に飽きてくる。

 パート全員の意見を感じ取ってか、中世古先輩が控えめに聞いた。

 

 「あの、先生。これいつまでやるんですか?」

 

 「最初に言ったでしょう?十回連続で全員の息がピッタリ合えば、次の練習に移ります」

 

 また同じフレーズを吹き始める。一回、二回、三回。

 

 「比企谷君。少しだけ早いです。もう一度やり直し」

 

 「………」

 

 「…すみません」

 

 やめて!そんな『おいお前何ミスってんだ。出てけ』みたいな目で見ないで!

 仕方ないじゃない。人と息合わせるの大の苦手なんだから。みんなが修学旅行で夜遅くまで気になる女子のこと話してる中、一人で寝たふりしてるくらい息合わせるの苦手なんだから。

 実際、修学旅行の夜に好きな女子のことを話してる男子。あれほど無意味な時間ねえからな。お前らが話してる女子、お前らのこと一切気にかけてねえから。むしろその時、女子は一つの部屋に集まって、お前らの悪口言ってから!いや、知らんけど。

 

 

 

 

 左から順番に、一拍置いてから音を出す。これは音の高さを合わせる練習だ。一人ずつ音を出すため、誰が高いもしくは低い音を出したか瞭然なこの練習。

 

 「ちょっと高いです。よく前の人の音を聞いて下さい」

 

 「すみません…」

 

 謝ったのは二年生の加部先輩だ。話したことはほとんどないが、明るく表情豊かな先輩というイメージ。同じパートの同学年と言うこともあってか優子先輩とは仲が良い。

 だが、このときばかりは持ち前の明るさもなりを潜めている。加部先輩のところでやり直しになるのはこれで何回目だろう。ふふふ。この前の練習の俺の気持ちが分かったか?

 

 「ドンマイ、友恵。がんばろ」

 

 「うん、ありがと…」

 

 「そんな落ち込むことないって。友恵は高校から始めたんだしさ!」

 

 いや、何か俺の時と加部先輩のときで周りの反応全然違くない?

 

 

 

 

 とにかく滝先生が来てから、部活の練習が大きく変わった。

 何でも他のパートの演習では、滝先生に厳しいことを言われて泣いている生徒もいたという。

 先生が海兵隊を合奏すると言った日は、あっという間にもう明日に迫っていた。だから今日の練習は試験前のような、どこかピリピリとした雰囲気があったからなのかもしれない。

 

 「加部さん。この注意、もう何回目ですか?そろそろできるようになって貰わないと困ります」

 

 「……はい。すみません」

 

 トランペットパートの指導では加部先輩が集中砲火を食らうことが多かった。確かに加部先輩は一人だけ音を外すことがあり、指導されるのは仕方がない。

 

 「いつまでもこんな基礎に時間を取られているのは勿体ないですよ。できないのなら個人で時間を取って練習して貰わないと」

 

 「……」

 

 「分かっているとは思いますが、私が指定した期限は明日です」

 

 加部先輩は俯いている。目がうるうるとしていて、涙が零れ落ちそうだ。

 そんな先輩を見かねて優子先輩が声を上げた。

 

 「友恵はちゃんと練習しています!滝先生が他のパートに行っているときもずっと。そんな言い方しないで下さい!」

 

 「本当にちゃんと練習をしてるのですか?はっきり言って、今行っていることなんて、本来であれば吹奏楽を初めて一年も経っていれば、簡単にできることですよ?」

 

 「だからこれまでの分を取り返そうと、今必死にやってるんじゃないですか!」

 

 「ではこれ以上の努力はできないと?今やっている練習は時間もクオリティも、最高のものであると言えますか?」

 

 優子先輩はむっとしたまま黙っている。その質問に代わりに答えたのは高坂だった。

 

 「練習量で言えば、中学の時の半分くらいです」

 

 『は?』と誰かが怒りを孕んで声に出した。優子先輩ではなかったと思う。だが優子先輩もキッ、と高坂のことを睨んでいる。

 

 「高坂さんはこう言っていますが、他の皆さんはどうですか?」

 

 「……」

 

 「はあ。黙っていたら分かりません。沈黙は肯定と捉えてよろしいのですね?」

 

 「…すいません。練習が足りませんでした…」

 

 加部先輩が頭を下げて謝ると、滝先生は再び練習に戻った。

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