やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「失礼しましたー」
職員室を出て、すぐに仕舞っていたリストにチェックを入れる。こうしてまた一つ、タスクを終えた。
次のリストを確認すれば、そのタスクの残数にまた溜め息が出た。
「うぇ、キモ……」
「本当だ。こっわ。あの目、どうなってんの……」
「……」
いや、泣いてない。八幡、泣いてないよ。
そんなに酷いもんかと窓に映る自分を見てみれば、自分でもわかるくらい目が腐っている。見慣れたはずの自分が自分ではないようだ。改めて、やっぱり俺ってつくづく仕事ってもんが向かない。昨日、優子先輩が俺のタスクを幾分か持って行ってくれなかったら、今頃俺の目、腐って溶けてたんじゃないの?
げんなーりとしつつも、こんなことを考えている時間も勿体ない。そう考えて、次のタスクに目を落とす。
『依頼、写真係。パソコンの使い方がよくわかりません。撮った写真は保存できてるのかな?』
知らんわ。
『SDカードとかUSBとか……。何処に指したら良いんでしょう?』
はぁ?こいつ馬鹿なの?今時、パソコンを使って画像が保存できてるのかもチェックできない奴がいてたまるか。ぜってえ、仕事押しつけたいだけだろ。ふざけやがって。こっちはそんなのに構っている余裕なんてないってんだよ。大体、なんでそんなこともできない癖に写真係になったわけ?最初の係決めの時にちゃんと説明されただろうが。写真係はカメラを使っての撮影だけじゃなくて、撮った写真の中からの選定とか編集の作業もあるからパソコンを使いますって。あーあ。誰だよ、このクズ。こういう奴、マジで嫌いなんだよなー。
『同じ係の皆にも聞いたんですけど、カタカナばっかりで何言ってるのかわからないし、だけど何回も聞いてると申し訳ないので……。同じ楽器の人に聞こうにも、コンバスには一人しかいないから……。申し訳ないんですけど、教えてくれませんか?』
「よーし!頑張るぞーっ!!」
「比企谷君、わざわざありがとうございます」
「いや、別にこのくらい大したことないというか。また何か困ったら、いつでも俺だけを頼って欲しいというか」
一通り、写真係のタスクをこなすのに必要と思われるパソコンの指南を終えれば、川島は何度も何度も頭を下げてくれている。その度にふわふわりんと靡いているベージュ色の猫っ毛がキラキラと輝いていた。
やっぱり、パソコンって使い方難しいからね。普段から使わないと物置くための箱にしか見えないし。うん。むしろパソコン使えない女子って可愛くね?違うな。パソコン使えない川島って可愛い。今だって、一つ画像見るためにクリックするまで消えちゃわないかなって手がぷるぷるしてるの。川島はいい子だし天使だから、係決めの時だってちゃんと説明聞いた上で写真撮るのが好きだから、パソコン使えなくても写真係になったんだろうな。パソコンも出来るようになろうとしたのかもしれないと思うと、その向上心にぐっと涙がこみ上げてくる。
エモエモのエモ……。あー、最近部活が忙しいからアニメを追っている時間の余裕がないせいで、オタクは卒業したと思っていたのに。推しのアイドルが新曲を出したり、目の前で歌っているどころか口を開くだけで勝手に簡単にエモくなる。そんな彼ら彼女ら巷で言うオタクと、川島を前にした俺は何も変わらない。比企谷八幡はずばり、オタクである。
さて、用事は済んだし次だ次。呪いの書を見て、川島からの依頼にチェックを付けた。不思議と職員室を出てから終えた事は一つしかないのに、気が楽になった気がする。ベホマかな。
ただ実際はそんなことではなくて、川島からの依頼が純粋に長かっただけでした。川島からの依頼の記載は、依頼したと思われるその時の会話をそのまんま書かれていた様な感じだったから。部長、紙に依頼を纏めるときは要点だけを簡潔に纏めるようにして下さい。
「俺は行くわ」
「もうですか?もうちょっとゆっくり」
「ゆっくりって言ったって」
少しだけ笑いながら再度、教室を見やる。黒板やロッカーの位置や机の並び方。この教室に関わらず、どのクラスの部屋も自分の教室と似たような作りになっているはずなのに、全く違う場所のように感じられて不思議だ。
今日の低音パートに宛てられた教室には川島を含めて、四人しかいない。楽器に至っては、コンバスとチューバの二種類。川島に使い方を教えているときからそうだったが、コンバスの音が聞こえない以上、耳に入ってくるのはチューバの、重く単調と言えば単調なメロディーのみが空いているスペースが目立つ、どこか寂しい景色の中を駆け巡っていた。
「夏紀先輩なら、別のところで練習していますよ?」
「ああ。別に中川先輩を探していたわけじゃない」
「そうですか。誰かを探しているみたいでしたので。今日の合奏練習はあすか先輩だけじゃなくって久美子ちゃんも風邪でお休みだから、夏紀先輩がユーフォに入るんです。昼休みに部長から言われたそうで、すぐに個人練に向かいました」
そうだったのか。それなら朝の時点では優子先輩と喧嘩しながらも、俺が小笠原先輩から貰ったリストを手伝おうかなどと言ってくれていたが、もし頼んでいたとしても今日は練習に追われて無理だったかもしれない。余計な負担をかけることがなくて良かった。
「夏紀先輩も難しいですよね。急にAメンバーとして加わって下さいなんて」
「そうだなー。低音、こないだ橋本先生が来たときの練習、集中砲火されてたし」
「やっぱり、その……」
「ああ、うん」
田中先輩がいないことを確認するかのように、俺たちのすぐ近くの誰も座っていない椅子を見つめた川島を見て、しまったと後悔した。
特に低音の中でも黄前一人のユーフォは、本当に吹いていたのかなんて言われていた程だった。田中先輩の不在を意識させるようなトークを選んだ挙げ句、返す言葉も見つからない俺は、反省も兼ねて教室を出ることにする。
「とにかくそんな訳で、もう行くから。低音は何かとごたついてるから、川島も俺なんかと話してないで練習した方がいいだろうし」
「むぅー、比企谷君だって自分の練習あるのに、部長達のお手伝いしてるじゃないですか。なんならみどりも手伝いますよ?」
「いや、これは気にすんな。一人でやってる訳じゃないし」
「そうなんです?」
「優子先輩が手伝ってくれてる」