やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 からり。話ながらも教室の扉に手をかけて、少しだけ開いたところで制服の裾を掴まれた。

 

 「くんくん……」

 

 え、突然どうしたの?わんちゃんごっこ?川島がペットになるってことはつまり、俺が今日からご主人様。返事はわん。ご褒美にあんなことやこんなこと。そんなワンダフルなわんちゃんプレイをワンチャン狙っちゃっても……げふんげふん。

 

 「……比企谷君」

 

 「は、はい……」

 

 「ねえねえ、知ってますぅ?」

 

 何?豆し……、さふぁしば!夢の中のさふぁしばと同じ台詞が、今目の前で!

 いやー、いつか夢でまた出てこないかなんて思っていたら、まさか現実の方に出てくるなんて。2.5次元の人気の風潮はこんなところにまでやってきていたのか。

 心の中で興奮しながらも、くだらないことを考えていた俺に、川島が妙に得意顔で豆知識を披露する。

 

 「恋って匂いがするんですよ?」

 

 「は、はい?」

 

 思っていたよりもずっと突拍子もないことで、夢の中のさふぁしばよりもずっとくだらない事だった。

 

 「だから、恋って匂いがするんです。これは科学的にも立証されていて、えーっと潜在的なふぇろ……あれ、何だったかな?」

 

 フェロモンの事だと思う。ただ、フェロモンは今川島が言おうとしていた通り潜在的なものだから、こうやってくんくん犬さんみたいにしたところで、香ってくるのは小町が安いからと詰め替え用で買ってきている某メーカーの洗剤の匂いだけである。

 

 「とにかく、間違いありません!」

 

 「そんなこ――」

 

 「恋!?」

 

 「うおぉ!」

 

 目をキラキラさせた川島の後ろで、真面目に練習に取り組んでいた加藤ががばっと振り返った。

 真面目に練習してたから、教室に入ってきたときに挨拶をそこそこに、話し掛けたりとかしないようにしていたのに。

 意外なことに、加藤がチューバを置いたのを見て、加藤の正面に座っていた女の先輩も興味ありげに寄ってきた。確か、この先輩は……長瀬先輩と言った気がする。よく、目の前の二人から梨子先輩という名前を聞くが、上の名前はこれであっていただろうか。

 クリック一つですぐ簡単、そう、アマ○ンドットコムならね。と言わんばかりの勢いで、川島の言葉をきっかけに詰め寄られた。どうしてこんなときばっかり、この人達こんな早いの?

 

 「そのような事実はこちらは把握しておりませんが」

 

 「何でそんな口調なの? あ、さては誤魔化してるなー?」

 

 こいつ、こういう時だけ……。

 

 「あるっしょ?あるっしょ?」

 

 「うざい。早く練習しろ」

 

 「辛辣!?なんで私にだけ!みどりにはあんなにデレデレしてるのに!」

 

 「比企谷君、相手は誰ですか?」

 

 「いや相手って、だからね。そもそ――」

 

 「それは優子ちゃんだよね。噂、二年生の間でちょっと広まってるもん」

 

 「梨子先輩!なんですかそれ?」

 

 「うん。文化祭の時、二人で回ってたって」

 

 「う、うおおぉぉおぉ!」

 

 小町と一緒だったから二人でなんか回ってない。少なくともあの日の夜までは優子先輩と二人だったのなんて、小町を送った後の一瞬だったはずなのに。

 

 「それに滝野君が盗撮してたのを、比企谷君が守ってあげたんだって。滝野君は最後、比企谷君に向かって叫びながら実行委員に連行されていくところが目撃されていたそうです」

 

 「うあああぁぁぁぁああああ!」

 

 「でも、本当に最近、比企谷君達の距離が昔より近くなった気がします。みどりは合奏練の時、端の方じゃないですか。なので皆のことがよく見えるんですけど」

 

 「やっぱそうだよねー」

 

 「はい。オレンジ一個分って感じです」

 

 それは話に尾ひれが付きまくっている。そして、加藤がさっきから五月蠅い。

 うーん、困った。当事者である俺のことはさて置いて、三人のトークはどんどん加速していく。女子らしいきゃぴきゃぴというか、たぴたぴしている雰囲気に俺のメンタルはへし折れ掛かっていた。

 誰か助けてー。少し離れたところで、まだチューバを構えたままの数少ない男子部員に視線を向ける。穏やかで無愛想な顔。正直な所地味な人だし、入部してからだって話したことはほとんどないが、大きな楽器と大きな身体は嫌でも目立つ。後藤先輩だ。

 

 「ほら、加藤。今日は早く練習終わらせて、試験勉強するんだろ?」

 

 「うっ……。そうだった。次は赤点取らないように、梨子先輩と後藤先輩に教えて貰わないと……」

 

 びしっと親指を上げた後藤先輩が輝いて見える。ろくに話したこともない俺に助け船を出してくれるなんて。よく、吹奏楽部の男子部員は謎の結束力があるなんて聞く度に、迷信であると鼻で笑ってきた。迷信だと言う証明をこれまで自らの存在で立証し続けていましたが、今日でその俗説は真実だと学びました。

 あの人は後藤先輩じゃない。ゴッドう先輩だ!

 

 「あ、みどりも一緒に勉強したいです!」

 

 「うん。勿論だよ。いいよね、葉月ちゃん?」

 

 「はい。久美子も近いうちにあすか先輩の家で勉強会するって言ってたし、次の試験、私たち悪い成績は取れないですねー」

 

 「いや、加藤以外の二人は成績、そんな悪くないだろう」

 

 笑い合っている低音パートメンバー。

 

 「あのさ、川島」

 

 「はい、なんですか?」

 

 「黄前、田中先輩の家行くのか?」

 

 「ええ。あすか先輩に誘われたんだって聞きました」

 

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