やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 『伝えて欲しい、あすか先輩に。待ってますって』。

 はっきり言って、鎧塚先輩は傘木先輩だけいればいい。関西大会前の夏休み明けの教室で、あの人の涙ながらの独白を聞いてから、そして普段のあの人を見て、俺は本気でそう思っていた。

 昔、個人的に田中先輩に助けられたことがあったのか、もしくは最終的には傘木先輩の復帰を田中先輩が許可してくれたことに感謝している部分があったとか。あの人の場合、俺目線では高坂とはまた違う意味で周りのことは気にしない人だと思っているから、少なくとも他の部員たちのことを思ってではないはず。理由はどうであれ、鎧塚先輩にさえ帰ってきて欲しいと言われる田中先輩と、何とかしてくれると頼りにされている黄前。ここ数日、それにばかり気を取られている。

 この言い方じゃまるで、気になって気になって仕方ないみたいじゃない……!絶対に、好きなんかじゃないんだから!……いや、本当にそんな訳ねえけど。

 逆もまた然りで、『コイツ、俺の事絶対気になってるだろ?』と、常に思い込むように男は本能レベルで脳が出来ているけれど、絶対にそんな訳はない。女の子は、何でも願いを一つ叶えるために魔法少女になると痛い目を見るけれど、男の子も自分の事を好いていてくれる子がいると思って『俺と付き合う?』をやると痛い目を見る。人間は自分を戒めながら生きていかなくてはいけないのです。そりゃ滝行体験も流行るってもんよ。

 

 「ねえ、最近さ、高坂なんかおかしくない?」

 

 優子先輩の言葉に、加部先輩は手に持っていたトランペットを置いてから頷いた。

 

 「私も思ってた。ちょっと元気ないっていうか。何かあったのかな?」

 

 「どうしてだろうね」

 

 優子先輩と加部先輩の言葉に思い当たる節は……全くないな、うん。

 二人の会話。それに混じる滝野先輩と笠野先輩のトランペットの音。いつも通り、トランペットパートの教室に高坂はいない。自主練に向かったが、果たして今日はどこで吹いているのやら。

 そんな中で俺はと言えば、『早急!解決しないとリスト part2!』という紙を片手に睨めっこをしている。

『早急!解決しないとリスト part2!』。重要なポイントは一番お尻の部分、part2という部分です。

 なんで?part1終わらせたじゃん。一つこなしたと思ったらまた一つ増えるとか、ほんと何が起こっているのかわからない。羽生マジックなの?

 ヘロヘロになりながら与えられたタスクをこなした矢先、また最新版のリストを渡されたら、俺でなくても心の中でめそめそ泣きながら小笠原先輩を呪うはずだ。上司に対して何も考えないで、『出来ます!』と勢いで言ってしまうと、後になって未来が灰色になるが、『出来ません』と答えるのも大概だ。こんなこともできないのかと怒られた挙げ句、結局押しつけられるのなら素直に受け取った方が上司との関係性はキープできる。故に、俺は出来ますとも出来ませんとも答えずに、ただただ嫌そうな顔をしたのに、あの人普通に渡してきたからな。いくら部長が板に付いてきたんだとしても、もあと少しでその役目も終わるんだから今更だし、こんなことでなんてあんまりだい……。

 そんな感じで絶望していたときに、何だかんだで今回のリストも、一部分は優子先輩が持ってくれたから、ちょっともう本当に優子先輩には頭が上がらない。マジリスペクト。何処までもついて行くし、なんなら一生一緒にいて欲しいまであ……いや、流石にそれを言えるようになるにはまだ早い。

 

 「比企谷君、何か思い当たる節ないの?」

 

 「え、俺ですか?」

 

 全く振られると思ってなかったので、加部先輩に呼ばれてびくっと震えてしまった。それを見て、優子先輩と加部先輩が少しだけ笑っている。恥ずかしい。

 

 「うん。だって同じクラスじゃん」

 

 そんなこと言われても、ないですしおすし。

 そう答えるのは簡単だし、事実なのだが、ここでうーんとうねりながら若干の間を開ける。男の誘いを断るときは若干の間を開けるだけで本気で悩んでると錯覚させられるから、世のビッチな女の子にはおすすめだと、ユーチューブで元大人のビデオに出演していた方が言っていたので参考にさせて頂いています。男だけど。

 

 「いや、特には。俺、教室で高坂とほとんど話さないですし」

 

 「そっかー」

 

 「そもそもあいつ、俺そんな最近おかしいなんて思ってないんですけど」

 

 「おかしいでしょ。そんくらい、私にだってわかるわよ」

 

 優子先輩も近くの椅子に腰掛けて、会話に入ってきた。

 

 「具体的には?」

 

 「ぐ、具体的にって言われても難しいけどさ」

 

 「それじゃわかんないですよ。あいつがおかしいのは、デフォルトじゃないですか?ほら。高坂は煩ってるでしょ、厨二病。……あ、今の五七五だ」

 

 「あんたは俳句詠まなくていいから、もうちょっと女心を読めるようになって」

 

 優子先輩は小気味よく会話をしながらも、加部先輩が同意して高坂がおかしいという確信を得たのもあってか心配そうな顔をしている。確かに、加部先輩は意外と周りをよく見ている人だと思う。そして気配りが多い。

 俺は去年の北宇治を見ていないから実際の所はわからないが、何かとエンジンが掛かりやすい優子先輩にブレーキをかけていたのは、きっと同じパートであるが故に近くにいて仲も良い加部先輩か、中川先輩だったのかなと時々思う。考えて見ればそれぞれ、加部先輩は陽気でコミュ力が高い反面、勢いに任せて会話をしているように見える。最近何かと行動することがある中川先輩はどこか近寄りがたいしつっけんどんと言えばそんな所もある。けれど、二人とも言葉の中に真意を織り交ぜて、フォローをしてくれる。

 だからこそ、高坂がおかしい。その言葉には妙な説得力があった。

 

 「最近は比企谷君も部長から渡されたその紙の問題やってたり、色々考え事もしてるからさ、高坂さん気にしてなかっただけだよ」

 

 「そっすかね?」

 

 「香織先輩もあすか先輩の方で、最近は私たちに気を遣ってる余裕ないし」

 

 「香織先輩はそれでいいの。あすか先輩のことを最優先に考えてくれれば」

 

 「お、流石親衛隊隊長」

 

 「ふふん。でしょー」

 

 ドヤ顔。

 

 「ただ最近は優子、あんまり香織先輩に相手にしてもらえてないよね」

 

 「そうなのよ。放課後遅くまで残ってるから一緒に帰れないしさ。もう無理。ほんと死ぬ」

 

 からのメンヘラ。

目を細めて、私泣きそうよアピールしている今の優子先輩も、さっきのドヤ顔も可愛く見えるのは、付き合っているからという色眼鏡なしで見ても、元が良いからだ。この顔をしっかり脳内補完しておいて、今晩寝るときに思い出して、ベッドで悶えよう。

 まあそれはさておき、高坂ねー。片隅には入れておこう。……と、一応は思うが、加部先輩が俺に言った通り、やはり今も手にしている、重さなんてないはずのたった一枚の紙が気になってしまう。そんなことをしている場合ではないだろう。そう投げかけてくるようにひらひらと揺れる紙の隣、毎日顔を合わせているトランペットの光沢も目に痛い。わかってる。練習の方だって欠かせない。

 そもそも、高坂なら勝手になんとかしそうなんだからなー。あいつ、さっきは俺も厨二病とか言って本人がいたら軽く蹴られそうなこと言ったけど、認めたくないだけで基本的には超ハイスペックだし。

 

 「……ま、高坂のことはこっちで何とかするから、あんたは気にしなくていいよ。正直、今だってここまで忙しくさせちゃったの私だし」

 

 「優子先輩のせいじゃないでしょ?」

 

 「でも私が手伝ってあげて欲しいって言ったから」

 

 「違いますよ。最終的に決めたのは俺です。それに、これだって優子先輩にすごい助けられてます」

 

 「嘘ばっか。私にそんな手伝わせないようにしてるじゃん。自分一人で抱え込まないようになったのはまだ良しとして、もっと人に任せたっていいと思うんだけど」

 

 「このくらいが丁度いいと思ってるんです。……無理するとこあるし」

 

 「あんたにだけは言われたくないんですけどー。もしそうだとしたら、お互い様ですー」

 

 やめてやめて見てられないと言いながら、加部先輩がぱたぱたと手を動かしているが、いったい何をやめろと言うのか。何が見てられないと言うのか。

 

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