やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
音楽室に向かうと、高坂がちょうど反対から歩いてきた。
昨日の部活を思い出す。結局滝先生にみっちり絞られた後、いつも通り高坂は一人でどこかに練習をしに行ったが、あの後の空気の悪さと言ったら酷いものだった。
……冷静に考えてみたら、トランペットパート雰囲気悪くなってばっかりじゃない?いや、吹奏楽部ってそういうもんだけど。富士急ハイランドの鉄骨番長くらい回りまくるし、上がったり下がったりするけど。あのアトラクション、安全バーが固定されなくてめちゃくちゃ怖いんだよね。
「お疲れ」
「…おう。お疲れさん」
正直、昨日の一件で高坂は完全に孤立したようなものだ。高坂がパート毎に宛がわれた教室の外で練習するのは、彼女が真面目だからとか、一人が好きだからとかではなくて、群れから追放された結果。パート内外のイメージはそう変わっていく。
だが高坂は何も気にしてないように、いつも通りの様子で俺に声をかけてきた。きっと、本当に気にしてないのだろう。人間関係なんてどうでもいい。うまくなれるのなら。そして、特別になれるのなら。
それが高坂の価値観。
「あ」
「ん?どうした?」
高坂は楽器室に入っていく、栗色のセミロングで癖っ毛の女子生徒を目で追っていた。楽器決めの時に見た気がするが、あまりきちんと覚えていない。一年生だったってのは間違いないはずだが。
「私、あの子に用があるから先音楽室行ってて」
「そうなのか」
「うん。昨日のことで謝らないと」
「何か悪いことでもしたのか?」
「悪いと言えば悪いこと。別に間違ったことをしたつもりはない」
高坂はそのまま急ぎ足で楽器室に向かっていった。
何となく言わんとしてることは分かるが、やっぱりよく分からない。曖昧にしてはぐらかされたような気もする。
「ひーきがや」
「うわ!びっくりした」
してやったり。曲がり角から突然出てきた優子先輩はそんな顔をしていた。
「なんすか、急に?」
「べつにー。ちょっと驚かしちゃおうかなって」
「……くだらないことしないで下さい」
「これもコミュニケーションの一環よ」
「そんなコミュニケーションはいらない…」
優子先輩が音楽室に向かう。俺は数歩分間を開けて付いていった。
「あんまり緊張してないのね。友恵なんて、さっき見たら酷い顔してたわよ」
「そりゃ今日の海兵隊だって、ただの練習ですからね。緊張なんて別にすることないですよ」
「いや、ただの練習って、今日海兵隊が認められなかったらサンフェスに出られないのよ?わかってる?」
「それはわかってますけど。でもそのサンフェスっての、よく知らないんですよね」
「あ、そっか。比企谷、サンフェス知らないのか。今日が無事終わったら教えてあげるわよ」
まあ、絶対ぎゃふんと言わせてやるけどね。優子先輩が前で拳を握った。先輩もこの調子だと、あまり緊張はしていなそうだ。
もしかしたら急に驚かしてきたのは後輩の緊張を解くためだったりするのだろうか。
ここ一週間は加部先輩の練習に付きっきりで教えてたり、何だかんだ面倒見が良いみたいだからな、この人。
「そう言えば」
「ん?何?」
「この間、俺の中学校の話聞いてきましたけど、先輩の中学校って吹奏楽どうだったんですか?」
「私の中学校?この辺の学校よ。南宇治中学校って学校なんだけど、吹奏楽はまあそこそこの強豪校って感じかしら」
「へえ」
「近いからって理由で、高校は北宇治選ぶ人も多いわね。今の吹奏楽部にも何人か中学から吹奏楽やってて、今もうちの吹奏楽部にいる人いるわよ。例えば、ほら。オーボエで廊下で一人で練習してる子。後は高校から吹奏楽部に入ったんだけど、ユーフォのポニーテールのうっざいやつ!あいつも中学は一緒だった」
「すいません、わかんないです」
入部してからまだあまり経っていないため、他のパートの先輩はほとんど分からん。まして、うっざいやつなんて言われても見当も付かない。ただ妙に、そのユーフォの先輩の時に優子先輩の言葉に力が入っているのが気になる。
優子先輩のトランペットの技術はかなりのものだ。中世古先輩と高坂には劣るかもしれないが、間違いなく標準以上ではあるだろう。だからきっと、中学校は強い学校だったのだろうと思っていた。
しかし、それならもう少しこの北宇治の吹奏楽部もどうにかならなかったものなのか。真面目な先輩達もどんどんぬるま湯に慣れてしまうものなのか、それとも北宇治の演奏のレベルに見切りをつけて入部しないのか。
「……それより私もさっきから気になってるんだけど、なんで比企谷そんな離れてるの?」
「え?このくらい普通じゃないですか?」
「いや。いやいやいや。全然普通じゃない。普通に横並びなさいよ」
「よく考えてみて下さい。学校ってのは社会に出るための教育の場なんです。上司のやや後ろについて歩くことは、社会人が徹底するべきビジネスマナーとしては当たり前。それを高校で実践して今から行うことこそ、普通であるべきじゃないですかね。そう考えると俺は極めて模範的な生徒」
「うわー、あんた面倒くさ」
げんなりとした様子で、肩を落とす優子先輩。心なしか、頭の上のリボンもしょぼんと垂れている気がする。
「なんか前から思ってたんだけど、比企谷って捻くれてるわね」
「いや、だからそんなことないですって。そもそも当たり前っていう定義を作って画一化を図ろうとする、この社会こそ…」
「もう!いいから横並ぶ!」
「うおっ!」
突然、優子先輩に腕を引かれてよろっとなった。隣には当然、優子先輩がいる。
「いい?これからは一々面倒くさいこと言わないで、ちゃんと隣に並んで会話すること。先輩後輩以前に、同じ部活の部員なんだから。わかった?」
「…はい」
正に有無も言わせぬ勢い。黙って隣を歩いて部室に向かうのは、何だかこそばゆかった。