やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
平和に満ちている日本のような国の生活は、生活の水準や求めるニーズが高まり続けている。あの動物は食用として人気がないからあちらの動物を多く食用にしようだとか、より質の高い商品を提供するための必要な品種改良だとか。古来より神が万物平等に命を分け与えたという提唱とは裏腹に、等しく与えられたはずの命を人間という生き物は自らのエゴイズムともいえる感性によって排斥しているのである。平等性なんて一切感じさせない。正に悠然的な支配者とも言える。
勘違いしてはいけないのは、食べること自体は弱肉強食の世界において何らおかしな事ではないことだ。生きるに当たってエネルギーを摂取する必要があり、そのためには他の動物を殺して食べなくてはいけない。そのルールは誰しもが知るように、人間のみに当てはまった話ではない。
獅子だって群がるヌーを見れば狩るし、カマキリだって目の前を優雅に飛ぶ蝶がいれば仕留める。生きるためにはそうせざるを得ない。価値ある命を刈らなくてはいけないのである。
よって、生きていることは罪である、というあの厨二病的な言葉もあながち間違えではなく、逆説的に死んだように眠ることは無罪である。
食べられる弱者にだって等しく生きる価値があるからこそ、少しでもエネルギーを節約しよう、そして他の命を刈り取ることを減らそう、という考え方はまちがっていないはず。
そう。俺がこうして教室のがやがやとした休み時間という短い時間でも、寝たふりを続けているのは公明正大な説に基づいていると言える。むしろ、エコ精神の塊。地球に優しい、俺。
それにしても、今現在学校に来て一番良かったことはこの席かも知れない。端の席ではないが、一番後ろの列。教室の後ろから入ってくるやつの目には止まってしまうが、それでも比較的目立ちにくい席だろう。この席なら必殺の『あ、寝てるんで話しかけないでもらえますかね?オーラを放った寝たふり』がしやすい。良きかな良きかな。
冷たい机に頭をつけて、目を閉じる。頭をよぎるのは今朝、歩いていると聞こえてきた吹奏楽部の演奏だ。
あれは酷かった。いや、酷いなんてもんじゃない。出だしはばらばらだし、楽器間は勿論、各パートで練習を碌にしていないからだろう。同じ楽器同士でも音が合っていなかった。明らかに楽譜を覚えていないことによる吹き間違えをしている部分さえ。
吹奏楽とは個人でなく複数人、今朝の北宇治の吹奏楽部の場合は大体50人ほどだったか。人数が多いからといって、音を外せば意外と分かるものだ。特に主旋律を奏でる楽器なら尚のこと。
期待はしていなかったが、それでもあれはいくら何でもあんまりだ。
「高坂麗奈です。北中出身で、吹奏楽部に所属していました。高校でも吹奏楽部に入部します。よろしくお願いします」
透き通った声ではっきりと、非常に簡潔に述べられた自己紹介だったが、その子が教卓を降りて、教卓のほぼ正面という位置にある自分の席に着くとその日一番の響めきが起きた。主に男子中心で。
「何、あの子?めっちゃ可愛くね?」
「すっげえスタイル良いじゃん」
「俺、同じ中学だったんだよね。北宇治に来てるとか知らなかった。ラッキー!」
「中学の時から有名人だったよな。高校生になったわけだし、あれじゃん?大人の魅力的なの出てきたじゃん?後で話しかけてみようかな?」
「おいおい辞めとけって。お前じゃ無理だよ」
確かにクラスメイト達の言っている通り、容姿端麗という言葉がしっくりくる。整った顔立ちはまだ少し幼さを残しているが、それでも高校一年とは思えないほど大人びていた。
長くて綺麗な黒髪は彼女の清楚な雰囲気とスタイルの良さを際立たせ、一種の色気さえも感じる。
高坂麗奈。彼女の存在感は、どこか特別だ。
それにしても吹奏楽部に入る予定だ、と言っていた。もしかしたら以前も吹奏楽をやっていたのだろうか。
気にはなるが、俺はそれだけで決して話しかけたりすることはない。そもそも吹奏楽部において部活全員と仲が良い、などと言ったことは少ない。
理由としては基本的に比較的大所帯のため、全員が揃っての練習は合奏の練習くらいだ。他は各パートに別れての練習を行うため、連むとしたら同じパートのやつか話が合う他のパートのやつくらいのものだろう。それ以外のやつは思っているよりずっと接点がなく、顔は知ってるけど名前が出てこないパターンのやつが多いというのが吹奏楽部の実情である。
まあ俺レベルになると顧問にさえ、『比企谷?あ、あー、あいつね…。…えっと…パーカスの子だっけ?』までなるが、これも吹奏楽部だから仕方がないことなのだ。パーカスのやつの名前は平野で、『ひ』しか合っていなかったが、それでも仕方ない。うん。
「おし、次は比企谷」
「あ、はい」
担任に呼ばれて、教壇に上がる。やだ。すっごい見られてる。緊張しちゃうからあんま見ないで。
改めて教室を見渡しても見知った顔の生徒なんて一人だっていない。当たり前だ。ここは千葉じゃない。京都なんだから。
だから誰も俺のことを知っている人はいない。俺の中学生のときの数ある黒歴史を知っている人は誰も。新しいスタート、だなんてよくあるお決まりのフレーズを言うつもりはないけれど、誰も俺を知らない場所というのは何だか悪くないものだ。
「えっと、比企谷八幡です。今年の春に千葉から引っ越してきました。よろしくお願いします」
よし。完璧な自己紹介だ。無難に終わらせたはず。教壇を降りるときに、後ろから担任が『それだけで終わりか』と言ってきたが、軽く頭を下げて自分の席に戻る。
こういう自己紹介というのは凄く苦手なのだ。あの一言でウケを取らなくてはいけないみたいな風潮、何なの?
大体、俺に他に何を紹介しろって言うんですか?小学生の時、俺だけゆうた君の誕生日会に呼ばれなかった話?それとも中学生の時に下駄箱に入ってたラブレターを見て、放課後に校舎裏に行ったら、三時間待っても誰も来なかった話?何回もやられたお陰で、偽ラブレターの見分けをつけるのはプロになったけどその見分け方とかか?