やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「あー、あっついんだよなあ」

 

 小町が見送ってくれたお陰で、家を出たときまでは確かにあったはずのやる気は、学校のグラウンドに着く頃にはすっかりどこかに落としてきてしまったようだ。

 

 『日曜日は他の部活がグラウンドを使わないから、今日は一日中、外でサンフェスの練習ができますね』

 

 先日の滝先生の言葉を聞いて、嫌な顔をしていたのはきっと俺だけじゃないはず。

 サンフェスとは、サンライズフェスティバルの略称である。府内各校が集まってマーチングを行う、音楽の祭典だそうだ。俺は今年から京都に来ているため当然見たことがないが、中々人気があるイベントだそうで、大勢の観客達で盛り上がるという。

 マーチング形式とは普段席に座るか、その場で立って演奏する形式とは違い、行進しながらだったり、フォーメーションを組んで移動しながら演奏をする形式を指す。高校マーチングにおいて、下手したら吹奏楽に携わったことのない人でも知ってるほどの全国的な有名校である立華高校。その立華も、京都府の高校であるためサンフェスに参加する。

 立華の十八番である『sing sing sing』も、もしかしたら披露するのかも知れない。動画サイトでは見たことがあるが、もし生で見られるのならかなり楽しみだ。来場客も立華目当てで来る人が多いはず。

 それだけが唯一の楽しみで、このイベントがマーチング形式というのは最悪の一言に尽きる。

 そもそも俺が吹奏楽で好きなところ、室内で座っていられるところなのに。しかも座りながら吹いてたって疲れるのに、動きながら吹くとか辛すぎ。はちまン、ぃみゎかんない。。。もぅマヂ無理。。。

 

 「はーい。練習始めるよー!まずは準備体操から!」

 

 あまりにマーチングが嫌すぎて、心の中ではメンヘラJKになっていたが、先輩の声で現実に引き戻された。

 今回のマーチングの練習に当たって全体に指示を出しているのは部長の小笠原先輩ではなく、低音パートのリーダーの田中先輩だ。

 田中先輩はサンフェスのドラムメジャーを担当する。ドラムメジャーとは、隊列の先頭を歩く指揮者の代わり。バトンを上下させて曲のリズムを示したり、演奏者の隊列に対して方向転換の合図を出す。

 また、ドラムメジャーの役割はそれだけではない。先頭を歩くと言うことは、その学校の顔であるとも言える。空中にバトンを飛ばしてキャッチする技をやったりすることで、よりマーチングの隊列を華やかに見せて会場を盛りあげるのだ。

 やったことないからわかんないけど、バトン使う技難しそうだよな。くるくる回すのさえ俺はできなさそうだし。去年もやっていたのか知らないが、田中先輩はこないだの練習からすでに完璧にこなしていた。

 

 「それじゃあ、まずは全体で行進。こないだやったことをしっかり思い出して。行進の練習が終わり次第、演奏とステップの役割毎に別れて練習します」

 

 サンフェスは楽器を吹ける経験者は演奏と行進、今年から始めた初心者や、使う楽器が大きいコンバスや打楽器を使う奏者は、チアリーデングで使うようなボンボンを持って独特のステップを踏みながら歩く。このステップもまた中々難しいようで、初心者を悩ませていた。

 女子は練習前にばっちり日焼け止めを塗っていたが、それでもやはり日焼けは怖いようで、多くの女子が長袖のジャージを着ている。

 それとは引き替えに、男子は半袖が多い。行進の練習はこの間の練習でやったのだが、タダの行進とは言え中々ハードで動いていればすぐに汗をかく。その時の教訓だ。

 

 「1、2。1、2」

 

 田中先輩のかけ声に合わせて進み、止まる。

 行進は一歩62.5センチで左足から始まるのだが、この62.5センチが合っていれば田中先輩の指示で止まったときに、ピッタリと横前と綺麗に揃う。しかも行進と同時に演奏をしているため、下は向かずにずっと前を見ながら。このマーチングの行進は基礎でありながらも、普段マーチングの練習をしていない人からすると一番と言ってもいい難所だ。

 今年入部した一年生達はほとんどの人が初めてで、行進のやり方を実践しながら教えて貰ったのだが、この間の練習は行進だけで終わってしまった。そのくらい、62.5センチという歩幅を身体で覚えることは難しい。

 

 「ダメ、ライン揃ってない。この前も言ったけど、ステップが揃ってないのは演奏のミスより目立つから。もう一回」

 

 「「「はい!」」」

 

 もう一度行進。それにしても、俺たちが楽器を持ったふりして行進する姿は、端から見ればファイティングポーズのように見えて、あしたのジョーごっこでもしているようにも見えるかも知れない。燃えたよ…まっ白に…燃えつきた…。だから家帰らせて。

 

 「比企谷くん。身体ブレてるよー」

 

 くだらないことを考えてたら、田中先輩の横で行進の指導をしている小笠原先輩に注意された。それにしても、小笠原先輩に『比企谷君』って言われるのって、不思議と凄くしっくりくるんだよなあ。もうちょっと、まるで寒さを孕むような冷たい声で呼ばれたら、尚そう感じそう。

 

 「ほら、比企谷君。前見て、前!」

 

 今度は田中先輩に注意された。田中先輩に比企谷君って呼ばれても何も感じない。むしろ怒られて怖いだけ。


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