やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 自販機で飲み物を買って、木の下の影に身を降ろす。

 やっとの休憩。けれど、たったの5分だけ。普段の授業だって、五十分の授業で十分休み時間があるのに、いつもの授業より時間的にも内容的にもずっとハードだ。

 マーチングは辛いだろうとは思っていたが、予想を超えて難しかった。それでも何とか行進自体はほとんど形になり、今からパート毎に別れて演奏する曲の練習になる。

 ほとんどの人が休憩をしている中、川島がフラッグを持って練習しているのが見えた。

 川島は普段コンバスの奏者だが、あの楽器は大きすぎて歩きながら演奏なんてできる訳がない。そのためカラーガードに選ばれたようである。フラッグを使用して演技を行い、視覚的に来場者を楽しませる。

 小さくて可愛らしいルックスはカラーガードにぴったりだが、こうして見ているとフラッグの大きさと不釣り合いな気がしてしまう。フラッグはそんなに重くはないが長いため、くるくると回すとバランスを崩すときがある。

 

 「うお、あぶねえ」

 

 川島が倒れるんじゃないかと、ゴールキーパーのイギータくらい見ていてひやひやする。あ、知らない?ゴールキーパーなのにハーフラインくらいまでドリブルしたり、ペナルティエリア内なのに手を使わない人。チームメイトのディフェンダーは、九十分の試合の間、ずっと心臓がバクバクだったことだろう。見ているファンでさえ気が気じゃなかったんだから。

 あ、ほらポールで頭を打った。

 指導してる先輩には見られなかったようだが、恥ずかしそうにキョロキョロと周りを見渡している川島と目が合った。恥ずかしそうにへにゃりと笑っている。可愛い。抱きしめたい。

 

 「はーい!集合集合しゅーごーう!」

 

 田中先輩の号令に従い、木陰から出る。さて。川島に癒されたことだし、パート練やりますか。

 

 

 

 

 「それじゃ、上級生はパートリーダーが中心になってしっかり指導するように」

 

 「「「はい」」」

 

 「トランペットはこっちでやろうか?」

 

 中世古先輩に付いていき、俺たちはグラウンドの一角にトランペットを持って集まった。

 トランペットパートは全員が演奏を行うため、計八人。中世古先輩を囲む形で俺たちは譜面をのぞき込む。

 今回演奏する曲は『ライディーン』。イエローマジックオーケストラの曲で、日本テクノポップを象徴する曲の一つだ。この曲は元々、『雷電』というタイトルだったが、ちょうど勇者ライディーンが海外でも受けていたのと、名前の通りが良いので『ライディーン』とタイトルを変えたそうだ。

 一度聞けば中々耳を離れないこの曲は、滝先生が言っていた、今年の北宇治はいつもと違う。それを思い知らせるのにぴったりな選曲ではないだろうか。

 それにしても今回のサンフェスの衣装は先日すでに配られたのだが、衣装が白と赤と青と黄色のカラフルな衣装で、勇者ライディーンっぽい色合いの様に見える。実際、曲を決めてから衣装を寄せていったのか、衣装を決めて勇者ライディーンっぽいから演奏曲もそれでいいやとなったのか、はたまた偶然なのか。実際の所は謎に包まれている。つか普通に俺の勘違いかもしれない。

 

 当然、勇者ライディーンと似ているのは色合いだけで、衣装自体は可愛い感じに仕上がっている。それぞれに配られた衣装を、サイズの確認を兼ねて試着をした日には、音楽室は女子が試着で使うため、居場所がなくなった弱者の男子は適当に近くの教室で着替える事になった。

 そそくさと部屋を追い出され、そそくさと試着を終え、一言二言感想を言ってまた着替え直す。悲しいかな、これが男子吹奏楽部員の実情。あの衣装の感想は、男子には可愛すぎて中々恥ずかしい。そんな声が多く上がっていた。

 それとは対照的に大盛り上がりなのが女子。近くの教室にいた俺らにまで、きゃっきゃ楽しそうな声が聞こえてきた。特に優子先輩の。

 

 『きゃーーー!せんぱい、可愛いマジエンジェル!!後で写真撮って貰っても良いですか?』

 

 吹奏楽部のマドンナの通称は顔だけで付いているわけではない。穏やかな性格に、スタイルも良い。すらっとしているのに、ばっちり出ているところは出ている。

 ふむ。中世古先輩の衣装姿。一体いかがな物か。私、気になります。

 

 「よし、それじゃあ横一列に並んで。あんまり時間がないから、一回吹いてみよう」

 

 横一列に並んで、リズムに合わせて脚を交互に高く上げる。パート毎に練習の内容は異なるが、トランペットパートでは通常の演奏とは違い、マーチングの練習も兼ねて常にステップしながら練習するようにしていた。

 トランペットは軽いからまだ助かる。低音パートのチューバなんて、ただ持って歩くだけでも大変だろう。チューバの先輩達にはまだ入部してすぐの時に、田中先輩に捕まっていたところを助けて貰った思い出がある。割と寡黙な印象を受けた男の先輩は大きいので何とか持ちながら演奏できそうだが、女の先輩の方は本当にご愁傷様です。

 吹き終わる頃には全員、息が上がっていた。

 

 「やっぱりすっごい疲れるね。本番は何分間くらいマーチングするんだっけ?」

 

 「確か、公園一周するから二十分くらいだったと思うよ」

 

 「うへえ、きっつ。最後の方、絶対吹けないよ」

 

 ところどころで今の演奏の反省や会話が行われているが、高坂は誰とも話さず一人で汗を拭っている。海兵隊の練習以降、無視されたりいじめられたりということはないが、以前よりもさらにパートメンバーと距離が離れ浮いている。練習中、ほとんど話さないのは俺も同じだから言えた義理じゃないが。

 それからの休み時間も、高坂が誰かと話すことはなかった。


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