やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「みんな、今日はお疲れ。ラスト一回の感覚忘れないで」
滝先生が各パート回って、技術的な指導。その後、全体で本番さながらで行進をしながら吹いて今日の練習は終了となった。
田中先輩の声に喜ぶ人もいれば、他の部活が使うため今日以降はグラウンドが使えないことに不安そうな顔をしている人もいて反応は様々だ。
当然、俺は嬉しい。だって滝先生ったら酷いんだよ。脚動かして吹いてるから、いつも以上に疲れるのにちっとも休ませてくれないし、演奏の妥協とか全くしてくれないんだもん。むしろ、『トランペットは音が目立つので、音を外すとすぐ分かってしまいます。なので少しでも動きながらの演奏に慣れるのと、体力をつけるために、明日からの練習に少なくとも一時間はステップを踏みながら吹く練習を入れて下さい』なんて指示出してきたもん。ほんと意地悪よねー。中世古先輩も笑顔引きつってたし。
「あの、ちょっといいかな。もうちょっと合わせて置いた方が良いと思うんだけど」
え、本気?もう今日八時間くらい練習したよ?確かに本番までに不安があるのは確かだが、別に明日以降で良くないか?脚が痛すぎるんだけど。
部員からの意見に、滝先生は少しだけ躊躇して許可を出した。
「わかりました。では、残れる人だけ残って後三十分だけ練習します。保護者の方に連絡が必要な方は携帯を使って良いので連絡して下さい」
出たな。残れる人だけ残って。
この言葉の主な生息地は、文化祭や合唱祭でやせいのポッポやコラッタばりに頻繁に現れる。人に流されやすい日本人には効果が抜群。相手に意思を問いかけるようで、残らざるを得ないという解答を突きつけるというエスパータイプ。また仮に帰った場合でも、残った奴らで『あいつ、帰るとかあり得なくない?』、『ほんと、ひどいよねー。友達だと思ってたのに』とかいう、共通の話題を作ることもできるというあくタイプでもある。
エスパー、あくとか強そう。ときはなたれしフーパと同じタイプだし。あいつめっちゃ伝説のポケモンと戦うもん。そんなんできひんやん、普通。
やっと部活が終わり駐輪場を出ると、優子先輩がちょうど学校を出るところだった。
「あら、お疲れ」
「うす。お疲れ様です。中世古先輩と一緒じゃないんですね?」
「なんか部長と残って、明日からの練習の話し合いするんだって」
優子先輩と中世古先輩は途中まで帰りが一緒で、よく一緒に帰っている。とは言え、俺と優子先輩の方が途中まで同じである時間は長く、優子先輩の帰り道からすると中世古先輩と別れる場所は学校から家まで三分の一辺りなのだが、それでも優子先輩は中世古先輩と帰る時間が大切なようで、いつも部活が終わる頃になると今日一緒に帰れますかと声をかけていた。
どんだけ中世古先輩のこと好きなんだよ。流石、中世古香織の親衛隊の隊長だけはある。
「比企谷、鞄入れさせてー」
「いや、だからもう入れてるんだよなー」
二人で歩く帰り道。優子先輩の横に並んで歩いていると、歩幅が全く一緒だということに気がついた。
「ふふ。62.5センチ、ちゃんとできてるじゃない」
「そりゃ、あんだけ行進してたら嫌でも身体に染みつきますね」
「ちゃんと練習してたってことよ。偉いわね、後輩」
ふざけて先輩風を吹かせた様子でドヤ顔をしている優子先輩。香織先輩と話しているときは目をキラキラさせているし、さっきのパート練の時は汗をかきながら必死に吹いていたし、ころころと変わる表情は見ていて面白い。
「それにしても今日の部活は、本当に疲れたわね。もうグラウンド何周したんだって感じよ」
「滝先生に加えて、田中先輩も厳しいから休憩時間が足りなかったです。あと五時間くらい」
「それじゃ今日の練習の半分以上休憩じゃない!でも平日は毎日練習して、今日は休日に部活じゃない?もし部活でサラリーマンみたいに給料出たら、結構な額もらえそうよね。今日なんて、休みの日に延長して練習したんだし。そう言えばこないだテレビで、休みの日は給料が増えるとか、八時間以上働くと給料が増えるとかって言って……」
「はっ」
「後輩に鼻で笑われた!?な、何よ!?」
「世のサラリーマン達は法で定められた休日には、法で定められた労働時間って概念が存在しないから、法定の休日に働いても深夜まで働かなければ、どんなに残業しても時間外労働の割り増しの賃金は発生しないんですよ。あくまで休日労働の割増賃金のみです。そもそも、時間外労働で残業代が出るとも限らない。最近流行ってるらしいですよ、みなし管理職。労働時間、休日、休憩に関する法律の規定が適用されないから――」
「ちょ、ちょっと待って!もういい、頭痛い!」
優子先輩がこめかみを押さえながら俺を制止した。その後ろで通り過ぎていったサラリーマンが悲しそうな顔をしたのを俺は見逃していない。休日労働の帰りか。今日も一日お疲れ様でした。
「あんた、なんでそんなに詳しく知ってるのよ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?俺、将来は専業主夫志望なんですよ」
「は?」
「専業主夫たるもの、社会についての基礎知識と芸能界の浮気については抑えてないと近所の奥様方と接することができないじゃないですか。それに世のサラリーマンの働き方知ってると、余計に働きたくなくなるんですよね。それによって専業主夫になって立派なヒモになるっていう意思が固くなるから、まさに一石二鳥」
「うわー。目だけじゃなくて、考え方も腐ってるわね」
「だから働きたくないのは、俺が悪いんじゃない。社会が悪い」
「未来、真っ暗…。でもそこが比企谷らしいか」
「いや、さり気なく酷いこと言ってますから。でも部活も社会と似たようなところありますよね。色々」
「そう?それなら比企谷の話聞いた後でも、私は少しだけ社会人に期待もてるかも。だって、今結構楽しいじゃない。休みの日とか残って練習とか、嫌なことも多いけどなんか部活してるなって」
「ははっ」
「また鼻で笑われた!?ちょっと何よ、あんた!」