やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
優子先輩の目が遠いあの日を見るように細められる。
俺が知らないいつかの日に記憶を馳せる先輩の横顔は綺麗で、俺は黙って見つめてしまっていた。
「だから私は先輩が超絶世界一可愛いから大好きって訳じゃない!性格も含めて大好きなんだから!」
「…そうなんですね。今の話聞いてて、ちょっと勘違いしてた事が解決しました」
「え、何それ?」
「初めて優子先輩と帰った日。先輩、滝先生が来て練習厳しくなったけど、去年のままで良かったって言ってたじゃないですか?あれって、部活がキツいの嫌だからとかじゃなかったんだなって」
「…そうね。そういう訳ではない。今更ちゃんと練習するなんて部活を辞めてった友達に…。何だろう、合わせる顔がないって言うか」
「……」
「ねえ。比企谷だったらどうした?トランペット好きなんでしょ?きっと辞めなかったわよね?」
「ええ。周りが練習しないからとかで辞めることはなかったですね、絶対に。でも、虐めとか無視はしらばっくれましたね」
「…うん。私も同じ。トランペットが好きだし、香織先輩のお陰で残った。けど、ずっと辞めていく友達を見てみないふりをした」
優子先輩が俯いた。長い髪でその表情は見えない。
俺には答えられない。友達の定義は分からないが、これまで友達だと思った人はいないから。
「なんかしんみりしちゃったね。ごめん」
「いや、そんな」
「それより今日は香織先輩の話よね?香織先輩の良いところ、他にもあるの」
「え、まだあんの?俺もう帰りたい…」
『ねえ、知ってる?』
何、豆しば?
………じゃない!?
『ねえ、知ってますぅ?』
豆しばじゃなくて、小さい川島?いや。川島は元から小さいんだけど、そうじゃなくって、えぇっと…。
『早起きは三文の徳って言いますけど、三文って今で言うと百円くらいの価値なんですよぉ』
あ、ああ。豆しばらしいどうでもいい豆知識だ。
確かに、三文役者って言葉があるもんな。あと三文小説とか。つまらないとか、下手くそって意味だから、要は三文とは微々たる価値のものってことだ。
だけど、早起きが三文の価値しかなくたって、一年は365日あるんだぞ。塵も積もれば山となる。毎日こつこつ早起きを続けることが大切だ。わかったか?
『そうですねー。みどり、反省しましたぁ』
よし、良い子だ。じゃあもう一眠りしようか。お休み。サファイヤ。
『違いますぅ、みどりですぅ。ふあぁ。お休みなさ……すぅ。すぅ…』
子どもか!
あぁ可愛いなぁ。すぐに寝ちゃったもん。さふぁしばと一緒なら、俺も良い夢が見れそうだ…。
「じゃねえよ、ばかばか」
危うく夢に出てきた豆しばの川島バージョン、通称さふぁしばに癒やされて眠ってしまうところだったが、今日はそんな悠長なことを言ってる場合じゃない。
吹奏楽部のイベントや大会の当日の朝は早い。そして、吹奏楽男子にとって間違いなく一番の活躍の場である、楽器運搬という大仕事がある。
楽器運搬とは名前の通りだが、会場に楽器を運ぶために、音楽室から楽器を持っていってトラックに積み込む仕事である。小さい楽器は自分で持って行けば良いが、大きい楽器はそうはいかない。大きい楽器は当然重いため、この作業をする度に俺はトランペットが好きになるのである。軽くて持ち運びが楽って大事。
奴隷のようにこれ持ってー、あれ持ってーと言われても文句は言わない。吹奏楽部の男子は優しいからね。ペルソナシリーズだったら、優しさのパラメーターカンストしてる。
「次、受け取れるか?」
「はいよー」
それにしてもまさか個人的に一番嫌な、トラックに乗って下から受け取った楽器を奥から詰めていく場所を担当することになるとは。このポジションはトラックの運転手がやってくれることがあったり、やってくれない場合でも、高校生はあまりトラックに乗る機会なんてないためこっそり人気のポジションである。
だが、楽器を渡されるときに『ありがとう!…えーと、……あはは』みたいな反応をされるのが辛い。さっきいた確かオーボエ担当だった気がする、青みがかった長髪の二年生の先輩なんて、楽器渡して無表情のまま首かしげて行っちまったぞ。ああ言う、純粋かつ素朴な対応が一番傷つくと思うの。
「ほい、次重いから気をつけろ」
「はーい」
楽器の運搬が落ち着いて、トラックの下から楽器を持ち上げるポジションを担っていた男子が振り向いた。茶色っぽい瞳は決して鋭くなく、優しそうな印象を受ける。身長が高く、細長い体つき。何となくトロンボーンっぽいイメージ。
「お疲れ」
「おう。お疲れさん」
優しそうなのはいいが、あんまり馴れ馴れしく話しかけないで欲しい。友達だって勘違いしちゃうだろ。
「ごめん。同じ一年だと思うんだけど、名前覚えてなくて。聞いて良いかな?」
「……比企谷八幡」
「比企谷か。変わってる名前だな。楽器は確か、トランペットだっけ?」
「おう」
「そっか。トランペットパートは女子のレベル高いからな。羨ましい。中世古先輩は勿論だけど、吉川先輩も高坂も人気だよな。二人とも、怖いけど…」
人懐っこい笑顔はまだ高校生になったばかりで、どこか中学生らしさが抜けていない。
それにしても、この二人を怖いと言い切った時に垣間見えた下っ端根性。何だろう。通ずるところがある気がする。
「俺は塚本秀一って言うんだ。よろしくな」
「…おう。よろしく」
「楽器はトロンボーンやってる」
「何となく似合ってる気がする」
「え、そう?初めて言われた」
嬉しそう。こいつ、もしかして普段からあんま褒められたりしないタイプか?そんな気がする。尚のことシンパシーを感じた。
「中学の時まではホルン吹いてたんだよな。本当はトロンボーンが良かったんだけど、じゃんけんで負けてさ」
「まあ、トロンボーンは人気だからな」
「そうそう。比企谷は?」
「俺はずっとトランペット一筋」
「おお。あの人気楽器を勝ち取り続けてるのか。すごいな」
「たまたまな」
「いつ頃から吹いてんの?」
「小学生の時から」
「え!長いなー」
そんな話をしていると、正面に重たそうにサクソフォンを持った、というか担いでいる少女が現れた。川島と仲が良い加藤だな。楽器決めの時に自己紹介されたからばっちり覚えてる。ぼっちは覚える容量が少ない分、キャパシティが有り余ってるから、基本一度名前を聞けば忘れない。ぼっちの良いところだ。
「おい、大丈夫か?」
塚本が加藤の元に駆けて行き、チューバを軽々しく持ち上げる。
「…あ、ありがとう」
あれれ。何だかあの子、恋が始まった瞬間みたいな顔をしているよ?恋愛経験皆無の僕の勘違いかな?
塚本がチューバを持ってこちらに戻ってくる。その背中をぽーっと眺める加藤を見て思った。
塚本とは仲良くなれない。死ね。