やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
サンフェスの会場について、男女に分かれて着替えを済ませた男子一同は、着替えに時間が掛かる女子が来るのを待っていた。
あー、やっぱりこの服、割と可愛目だから男子が着てると違和感あるんだよなー。塚本とかそわそわし過ぎだし。でもその様子になるのもよく分かる。なんか他校の生徒達に見られている気がして落ち着かない。
会場には徐々に参加校が集まってきていた。その中から滝先生を探すがいない。おかしいな、さっきまでいたはずなんだけど。
「ごめんね。お待たせ!」
小笠原先輩の声が聞こえた方を見ると、赤黄青のカラフルな衣装に身を包まれた北宇治高校女性陣が集まってこちらに向かっていた。
待ちに待った中世古先輩の衣装姿。うん。間違いない、優勝。その後ろには優子先輩がいる。
「ん?何よ、じろじろ見て?」
「あ、いや。なんでもないです」
普段チャームポイントとも言えるリボンをつけている先輩が、髪を下ろしているところを見るのは初めてだ。優子先輩も可愛らしい容姿に衣装が似合っていて、そして何よりも髪を下ろしているという普段とは違うギャップに何か心打たれる物がある。
今朝塚本が言っていたが、確かにトランペットパートはレベルが高い。中世古先輩に優子先輩。そして、高坂。三人とも、唇が薄いんだよな。それに歯並びが良い。
トランペットは、唇が薄い方がマウスピースに息を吹き込みやすく、演奏しやすいと言うことが科学的にも認められている。歯並びも同様。とはいえ、俺はあまり信じていない。練習すれば解決できる問題のはず。
少し待ち、やってきた松本先生の精神論を聞いていると、大慌てでこちらに滝先生が向かってくるのが見えた。
「すいません。ちょっと、迷っちゃいました」
息が上がっている。何だろう。普段、厳しい練習を受けているせいか、こうして疲れている様子の滝先生を見るのは、あまりないことで中々良い気分。
「ええっと、私からは特に言うことはありません。皆さんの演奏、楽しみにしています」
うーん、あんまりシャキッとしない挨拶。いつもこのくらいでいいんだけど。
出発前の集合場所に移動し整列する。ついにサンフェスは始まり、一番最初の団体がグラウンドを出てマーチングを始めた。
隣を見れば、白のブレザーに身を包み、黒のシャツに男子は赤のネクタイ、女子は赤のリボンとスタイリッシュに仕上がっている洛秋。吹奏楽も強豪校の全国的に有名な学校。
『も』と言ったのは、他のスポーツも強いからである。バスケなんて全国大会の常連で、あの俺も大好きな大人気厨二病バスケマンガでは、ラスボスとして出てきた学校のモチーフであったりする。厨二病っぽいのに、キセキの世代、全員たまらないかっこよさなんだよなあ。全国の中学生高校生はみんなあのマンガに憧れて、『俺のシュートレンジはそんなに前ではないのだよ』とか言いながら、ハーフラインより後ろからのスリーポイント狙ったと思うのだよ。
そしてもう片方には。
「うおお。すげえ立華だ」
何だか感心してしまう。画面越しに見ていた高校マーチング界のスター集団が今、俺の隣にいる。
こうして並んでみると、水色の悪魔と呼ばれるような恐ろしさは感じない。やっぱり自分たちと同じ高校生なんだなと感じた。だが競技が始まった瞬間に、笑顔のまま独創的な振り付けで動き回るというのだからやはり恐ろしい。マーチングをしっかり練習してそれがどれだけ凄いことなのかがわかった。今日、この会場において彼ら以上のマーチングを披露する学校はないだろう。
「いてっ」
「ちょっと。何感心してんのよ」
後ろにいた優子先輩に小突かれた。優子先輩の方を向くと同時に、立華高校がスタートラインに移動し始める。ああ、行かないで。もっと見ていたい。
『次、立華高校だって。それで一個挟んで洛秋でしょ?』
『挟まれたとこ、可愛そうだよなあ』
『逆に目立っていいんじゃね?』
どこからかそんな声が聞こえてきた。
あー、わかるわー。ほんと可愛そうだよなあ。北宇治って高校らしいけど。マジでどこって感じだし、きっと洛秋と立華ってやっぱ違うよなとか言われて比べられるんだろうなー。
でも俺はそんなこと気にしない。可愛そうな子扱いされるのも、期待なんてされないのも慣れている。
ただ、後ろにいる先輩は違うみたいだった。手にはぎゅっとトランペットが握られ、緊張からかいつもより表情が固い。
「ん?どうかした?」
「緊張してるんですか?」
『続きまして、立華高校吹奏楽部です』
アナウンスがかかった瞬間に会場が今までにない歓声に包まれた。歓声の中、高らかにラッパの音が響き渡る。立華の圧倒的な人気と技術の前に俺たちは完全に雰囲気に飲まれてしまっている。
『何これ、凄すぎでしょ』
『全く外さない…』
『何か自信がなくなってきた!』
「……はあ。そんな不安そうにしなくても大丈夫じゃないですか?」
「え?」
「あの粘着悪魔に自分達がちゃんとやってるんだって見せつけてやるって言ってたじゃないですか?そんなんじゃ、思うような演奏できませんよ?」
「う、うるさい!そんなことわかってるし!」
「そうだよ、優子ちゃん。深呼吸して」
「あ!は、はい香織先輩!」
俯いている優子先輩の負けず嫌いな性格に火をつけようとしたが、それでも未だ緊張は拭えないようだ。中世古先輩は案外肝が据わっているからか平気そうで、優子先輩含め、トランペットパートのフォローをしていた。
俺たちはいつも通りでいい。変に肩を張るのは疲れてしまうから。そして、いつも通りの演奏で十分と言えるような練習を、少なくとも今年に入ってからはしてきたはずだ。
おどおどとする部長。ざわざわとする部員達。
だけど、もう三度目か。やっぱりこんな時でさえ、彼女の音が俺たちを動かした。
響き渡るトランペットの音。全員が見つめる先にいるのは高坂だ。
「あ。バカ、高坂何音出してるのよ?ここ来たら音出し禁止って言われたでしょう?」
「……すみません」
一応は謝罪したものの、全く反省していない様子。だが、ナイスだと思う。部員達の表情に笑顔が戻った。