やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
サンフェスの余韻に浸る間もなく、俺たちを待ち受けていたのは中間試験だった。高校の最初の中間試験なんて、中学生でやったことの振り返りが多くて簡単だろう。そんな幻想は淡く崩れ去ったテスト期間中。なんで高校に入った瞬間からこんな難しくなっちゃうの?
だが結果はと言うと、国語の成績……学年一位。しかも、ほとんど勉強してないのに。
誰に言うわけでもなく、一人ガッツポーズをする。
何かが特筆してできるというのはいいことだ。サッカー選手はサッカーができれば、頭が悪くてもサッカーで活躍すればいい。運動ができなくても、何かを研究することが好きならば、研究者になればいい。長所があることには価値はあり、長所を伸ばすことには意味があるのだ。
だから数学の成績が赤点ギリ回避ってくらい悪くったっていい。国語があれば、それでいいんだ!
そして、中間試験が終われば、いよいよ吹奏楽部はコンクールに向けての練習が待っていた。
「さて、それではこれからコンクールに向けてのスケジュールを配ります。部長」
「はい。前から後ろに回していって」
コンクールとは、吹奏楽部における最も大きな大会であり、野球における甲子園のようなものだ。
俺たちが目標にしている全国大会出場の目標。北宇治高校は府大会、関西大会とそれぞれのステージで代表に選ばれれば、全国大会まで進出することができる。
代表に選ばれるためには良い成績から順に、金賞、銀賞、銅賞と分けられる中で金賞に選ばれる必要がある。しかしコンクールで金賞を受賞すれば代表になれる訳ではない。代表は各地域毎に枠の数が決められていて、金賞の中でも代表になれないとダメ金と呼ばれる。京都は金賞の中から三校が関西大会に勧めるらしい。
しかし、ここ十年の結果はというと、府大会敗退。しかも銅賞という、最も輝かしい記録の全国大会金賞とは真逆のトップオブルーザー。全国大会には最も遠い立ち位置である。
そんな負け犬の練習量とはかけ離れているような濃密なスケジュール。
「さて、ここからが重要な話なのですが、今年の出場メンバーはオーディションをして決めたいと思います」
ざわざわと、音楽室が動揺に包まれた。
後になって思えば、滝先生のこの言葉に、間違いなく一番影響を受けたのはトランペットパートだと宣言する。
だが、そんなことはつゆ知らず、俺の心臓がドキリと鳴った。
それは期待からか、それとも不満からか。
『私たち、頑張ったのにね』
『うん。高校行っても一緒にやってさ。次こそは千葉突破しよ…!』
『あーあ。やっぱりダメだったかあ』
『でもま、しょうがないべ』
……いや、きっと怖いからだったのだと思う。
涙を流す同じ中学の奴ら。仕方なかったと笑い合う同じ中学の奴ら。
反応はそれぞれだった。こいつら全員、このコンクールに向けて、必死にやってきてた訳じゃない。それなのに。
端の席に一人座ってそれを見ていた俺は、一体どんな顔をしていただろうか。
『…うっ……三年間、頑張っていて良かった。だけど、悔しいなあ……負けるのって、悔しい…』
『……』
「……比企谷?」
隣を見ると、手に京都府大会についての詳細が書かれた紙を持って高坂が呼んでいた。
「……悪い、ぼーっとしてたか?」
「うん。早く取って」
上手ければ、コンクールに出られる。それは魅力的なようにも思えたが、同時に怖くもあって、怖さの方が増していた。
「ん?どうしたの?」
「…いや、何でもない」
「何かあったの?なんか変じゃない?」
きっと、高坂はそんなことこれぽっちも思ってないだろうな。こいつ、自分の演奏にすげえ自信持ってるし。何より、その自信に見合うだけの技術を持っている。
「先生、オーディションって…」
「私が一人一人、皆さんの演奏を聴いて、ソロパートも含め、大会に出るメンバーと編成を決めるということです」
A部門として大会に出場する人数は最大で55人。それ以外のメンバーはA部門には出場せず、府大会で終わるB部門に出場することになる。
例え一人しかいない楽器でも、先生が求めるレベルでなければ落とすし、人数が多くても、当然曲や他の楽器との編成のバランスであまり使ってもらえないかも知れない。
トランペットが選ばれるのはおそらく五人か六人くらいだろうか。
「待って下さい。北宇治では例年、上級生が優先して出場しているんですよ?」
「そんなに、難しく考えなくても大丈夫ですよ。三年生が一年生よりも上手ければ良いと言うだけのことです。もっとも、皆さんの中に、一年生よりも下手だけど、大会には出たいという上級生がいるのなら話は別ですが」
粘着イケメン悪魔、というあだ名にふさわしい意地悪な解答。
ここまで滝先生が来てからずっとそうだった。結果を出すために何に対しても妥協しない。練習がそうであったように、メンバーを選ぶのだって、妥協できるわけがない。誰も反論できる人なんているわけでもなく、俺たちは練習を始めることになった。