やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「ねえ、前も聞いたけど比企谷ってさ、中学生の時はコンクール出てなかったんだよね?」

 

基礎練習の一環としてトランペットパートで音を合わせ、さて今から個別に練習しようとなった時に、優子先輩に声をかけられた。

後ろにはちらちらと、俺を見ている二年生と三年生。練習中は優子先輩と中世古先輩とはたまに話すが、他の上級生と話すことは事務的な内容以外ほとんどない。だから、俺と話す事が多い優子先輩が他の上級生達に聞いて欲しいとねだられた、といったところだろうと予想する。

 

「そうですね。一回も出たことなかったです」

 

「なんで?」

 

「いや、何でって…」

 

「だって、やっぱあんた上手いじゃない?そんなに上手いのに、大会に出てなかったっておかしいと思う」

 

「いや、そんなことないですよ」

 

「そんなことあるわよ。しかも弱い学校だったって言ってたわよね?それなら尚納得いかない」

 

「そうやって褒めて煽てて、どんどん高みに持ち上げることで足下を掬いやすくして、高所から叩き落とすつもりでしょ?あいつ、ちょっと上手いからって調子乗ってないって?人はそれを褒め殺しと言う」

 

「は?」

 

教室を支配する、何言ってんだこいつ、という空気感。優子先輩が俺をじとっと睨み付ける。その横では中世古先輩が少しだけ引いていた。やめてー。そんな目で見ないでー。

そんな中で高坂だけがくすくすと、面白そうに笑っている。よかった。笑ってくれる人がいて。この視線に晒されて、沈黙にまで支配されたら逃げ出した過ぎて、この教室の窓から飛び出るところだった。

 

「あのね、私真面目に聞いてるんだけど?」

 

「だから俺も真面目に答えてます。大体、そんなこと聞くことなくないですか?俺が前いた中学校で認められなかったから、コンクールメンバーに選ばれなかった。それだけです」

 

「でも…」

 

「わかりました。正直に言います。俺がいた中学は去年までの北宇治と同じで、先輩が優先的に出場して、一年生や初心者は基本出ませんでしたし、学年が上がっていっても、周りの方が上手かったから評価されなくて、出れなかったんです。これでいいですよね?それじゃ、俺、練習行きますね」

 

「あ、ちょっと待ってよ」

 

普段は興味をもたれないどころか、教室にいるのか認識されているのかも怪しい俺が、こんな目に遭ったのも理由は明確だ。オーディションの話があったから、敵の情報が一つでも多く欲しいのだ。

コンクールのメンバー選びにおいて、同じ楽器を選んだライバルの情報は非常に重要だ。相手のことを知り、自分よりも劣っているところがあれば、自信に繋がることがある。反対に、経験の長さなど、叶わないと諦めてしまえば、メンバーに入れなかったときに自分を納得させるための言い訳にもなる。もしくは、それでも気が弱そうなやつだと思えば、私はあなたより上級生だからどうしても出たいのだと、脅迫にも使えることがあるかもしれない。

そう。すでにメンバーを選ぶためのオーディションの前に戦いは始まっているのだ。選ばれるのは、演奏が上手いやつではない。強いやつである。これ、割と吹奏楽部あるあるです。

優子先輩の声を背中に、教室を出る。誰しもがやったことのある、かの有名なポケットにモンスターを入れるゲームだって、敵と対峙したときの選択肢は四つ。『たたかう』、『どうぐ』、『ポケモン』、『にげる』。八幡は逃げ出した。

 

 

 

「ねえ。待ってよ」

 

教室を出ると、すぐに凜とした声に呼び止められた。見なくてもわかる。この声は高坂だ。

 

「何?まだなんかあんの?」

 

「いや別に、私も外で練習するから、折角だし一緒に行こうかなって」

 

「……俺と?」

 

「比企谷以外、誰がいるの?」

 

お、おおお、おい。高校入ってから初めて練習に誘われたぞ。そりゃ、パート練とか合奏練で声かけられたことはあったけど、個人的な練習で。しかも、あの高坂に。

そんなことはないと信じたいが、何か裏があるのかもしれない。女子に誘われたときはドッキリに警戒。どんなに嬉しくて心が叫びたがってても、油断はしない。そうだ、八幡。ここは努めて冷静に対応する場面だ。

 

「え?別に一緒に練習する必要なくね?……いや、したいならね。うん。全然構わないっていうか、うん。あれだけど」

 

「うん。別に一緒に練習しよう何て言ってないでしょ?ただ、途中まで一緒に行こうとしただけ」

 

いや、その誘い方は狡いじゃん。絶対男騙そうとしたじゃん。

 

「私、誘うときはちゃんと誘うから。ハッキリしないのって良くないと思う」

 

「……だよなー」

 

高坂に付いていく形でどこかに向かっていく。これじゃあ、どちらが一緒に行こうと言った立場かわからない。肩を下げて歩いている俺の姿を端から見れば、練習を二人でしようと言ったが断られて、せめてもと付いて行っているしょぼんとした男にしか見えないだろう。

そもそも外に出たはいいが、俺は普段教室で練習しているので、どこで練習しようなんて思っていたわけではない。行き先は本当に高坂に任せてしまおう。人がいない場所を知っているだろうし、そこで高坂と少し離れた場所で練習すれば構わない。

 


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