やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「それにしても良かったね。滝先生で」

 

 「は?何のことだ?」

 

 生憎だが、滝先生には『あぁ、もうだめぇ!それ以上されたら、八幡死んじゃうのおぉー!』と、思わず声に出してしまいそうな練習をやらされてばかりで、良かったと思ったことなんて思ったことほとんどないんだが。しかもイケメンだし。美形滅ぶべし。

 

 「オーディション。実力で決めてくれるって」

 

 「ああ。そのことか」

 

 「そう。今年は出られるでしょ、コンクール」

 

 高坂が立ち止まって後ろを歩いていた俺を見つめた。

 毎日同じ教室で授業を受けているが、こうして目を合わせて会話することはないし、部活でもせいぜい挨拶くらいしかしないので何だか新鮮だ。

 

 「いや、分からんだろ」

 

 「そう?普段練習してれば、ある程度の上手さはわかるじゃん」

 

 確かに、高坂が言っていることは分からなくはない。

 一番上手いのは高坂。これは間違いない。

 そして次は中世古先輩、優子先輩の順だろう。優子先輩は強豪校だった中学から来ただけの実力を持っているが、中世古先輩の方が安定して高音を出せるし、力強い優子先輩の演奏と比べて音が綺麗だと思う。

 俺はこの三人には技術的に敵わないと思っている。だが、他のメンバーとはやはり経験の差がある。かれこれ小学生の頃から吹いているのだ。触れてきた時間はやはりものを言う。

 だけれど。

 

 「オーディションでちゃんと吹けるかわからないだろう?誰もが自分の演奏に自信を持ってる訳じゃない。自信がないからその分、他の奴らより多く練習して。そういうやつほど案外、オーディションだろうがコンクールだろうが、本番って言えるような場面で力んで思ったように演奏できないもんだ」

 

 「それでも、比企谷はあんま緊張するようなタイプじゃないでしょ?サンフェスの時だって優子先輩は結構緊張してたのに、比企谷は平気そうだった」

 

 「そんなことねえよ。買い被りすぎだ」

 

 つうか、意外と高坂も周りを見てるんだな。自分の演奏が全てで、部員達の事なんて我関せずだと思っていた。

 

 「そう。私は良かったけどな。滝先生が来てくれて。だって嫌じゃない?」

 

 「……」

 

 「自分の方が上手いのに、練習もしていない先輩達にコンクールの出場権取られるなんて。おかし……」

 

 「勘違いしているみたいだからはっきり言っておくが」

 

 高坂の言葉を強引に遮る。中庭にいる俺たち二人。俺より数段上にいる高坂は日向にいるのに、俺がいるところは日陰。その明暗の違いは境界線のようだ。同じ所にいるのに違うところにいるような感覚にさせられる。

 

 「俺は先輩達が優先的に出ることに反対じゃねえよ。日本に蔓延る考え方の年功序列。長く勤続すれば、勤続したことが評価される。技術がなくたって最低限の評価がされ、そのために嫌でも長く続けようと帰属意識が産まれる」

 

 「急だね。何でそんな話するの?」

 

 「部活だって同じようなもんだから。その帰属意識は連帯感を産む。ノルマ制にした方が企業は競争意識が明確になって、より利益をあげることに繋がるかも知れない。そうせずに年齢という枠でその差を最小限に留めるのは、辞めさせようとしないためであったり、年齢という基準を設けて評価をしやすくすることで人間関係の亀裂を抑えるためだったりする。この部活だって吹奏楽部にいた年数を評価して、先輩達が優先して出場させることで、人間関係的な面だったり色んなバランスを保ってきた」

 

 「だけど全国に行くためには、そんなことよりも演奏が最重要。そんなことどうでもいい」

 

 「どうでもいいなんて事はないんだよ。お前のそれは理想論だ。実際は実力だけじゃなくて、他にも見なくてはいけない部分がある。そうじゃなくちゃ成り立たない。どこかで綻んで、いずれは大きな穴になる」

 

 「……ふーん。じゃあ、あんたはコンクール出たくないんだ」

 

 「………」

 

 真っ直ぐに見つめられる。ただ見られているだけのはずなのに、どこか睨まれているようにも感じてしまう。

 俺は……。答えようとした瞬間に、声がかけられた。

 

 「ごめん、高坂さん。ちょっといいかな?」

 

 「……うん。何?」

 

 「チューバのソフトケースってあるかな?葉月ちゃんが家でも練習したいみたいで、楽器管理係なら知ってるかなーって…」

 

 「ちょっと待って。調べてみる」

 

 栗色の髪をした割と地味な一年。練習の時に川島と加藤と一緒にいることが多いイメージ。くそっ。いつもいつも川島と一緒にいられるとか超羨ましい。

 何だか話の腰を折られてしまったようだが、これで良かったのかもしれない。無意識のうちに少し熱くなっていたからか、余計なことを言いそうになった。男は寡黙であった方がかっこいい。

 

 「一つだけあった」

 

 「ホント?」

 

 「持ち帰るなら、今書いておくね」

 

 「うん。ありがとう。二人で個人練してるの?」

 

 待っている間、黄色の大きな目で俺の方をちらちらと見ている。こういう時のなんとも言えない気まずさは、もはや言葉を作った方が良いレベル。互いの共通の知り合いは一人だけでそいつを経由しないと会話できない見たいな。しかも今回の場合、互いに挟まれているのが高坂というのがまた何とも……うん。


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