やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 「ううん。そういう訳じゃない。ただ、トランペットはソロもあるから一人で練習しようかなって」

 

 「え、ソロやるつもりなの?」

 

 意外だけど、意外じゃない。高坂は絶対にソロをやるつもりだと何となく分かっていた。

 だが、他の奴らからすれば当然意外であろう。なぜならうちのパートには中世古先輩がいる。例年、上級生がやっているからとかではなく、実力的に見ても中世古先輩がソロを吹くと考えている部員が大半のはずだ。

 

 「わからないけど、滝先生。ソロもオーディションで決めるって言ってたでしょ?」

 

 「……そっか」

 

 話していると、渡り廊下からトランペットのソロの音色が聞こえてきた。そちらを見れば、中世古先輩が一人で練習をしている。

 コンクールで吹く曲は課題曲、自由曲の二種類である。課題曲は指定されている五曲の中から一曲、自由曲は名前の通りそれぞれの学校で自由に決めることができる。

 今回、俺たちが吹く自由曲は『三日月の舞』。

 一度聞いてみたが、どの楽器を見ても高校生レベルから見たら難しいように思える。

 トランペットは音域の幅が大きく、変則的なリズムも多い。木管も忙しく、低音は部分的にメロディが多くアクセントをつける箇所が多い印象だ。

 だが、何と言っても最大の見せ場はトランペットソロ。難易度がべらぼうに高く、綺麗に聞かせるのはそれ相応の技術が必要なこのソロは曲全体の七分の一を占め、ここの出来次第で曲の完成度は大きく変わってくると言っても過言ではない。

 だがこうして聞いていると、中世古先輩は吹くことさえ難しいソロ部分をすでにほとんど吹けてしまっているようだ。

 

 「上手だねえ」

 

 「先輩の中ではね。ハイトーンも綺麗に出せるし」

 

 おいおい。すげえ、上から目線だな。

 高坂を見つめる瞳が驚いた様に開かれていたが、高坂の一言を聞いて、茶髪のくせっ毛は少しだけ微笑んだ

 

 「高坂さんらしいね」

 

 「……仕返し?」

 

 「うーん……。そうかも。ケースありがとう」

 

 走って校舎に戻っていく少女を見ている高坂の頬は少し恥ずかしそうに赤くなっていて、その背中に声をかけたそうに少しだけもごもごと動かしていた。

 何というか、甘酸っぱい。いいですね、女の子同士の青春って。ごちそうさまです。

 

 「お前、あいつと仲良いの?確か、前も追いかけてた事あったよな?」

 

 どの位前だったかはもう覚えていないが、楽器室で見かけて高坂は話があるんだと言って追いかけていた女子。思い返せば、確かあの子だった気がする。

 

 「いや、そんな特別仲が良いって訳じゃ……ない。ただ同じ中学だっただけ」

 

 「……ふーん。そう」

 

 全然、そんなことなさそうな反応してないんだよなあ。絶対なんかある。だって、目がうるうるしてるもん。

 高坂はこれで話はおしまいとばかりにトランペットを構えた。

 もう俺の方には目もくれない。こういうところも高坂さんらしいよね。

 俺も離れて練習をしよう。高坂のソロパートを吹く音は離れていても聞こえてきた。

 

 

 

 

 「あ、やっと来た」

 

 自転車を引いて校門まで行くと、優子先輩に声をかけられた。

 

 「お疲れ様です」

 

 「うん。お疲れ。結構待ったんですけど?」

 

 「いや、待っててなんて言ってないんですけど」

 

 「先輩を待たせるのは感心しないから。はい、罰ゲーム」

 

 優子先輩が自転車の籠を指さした。それを見て俺は鞄を動かして、もう一つ鞄を置けるスペースを作る。いつも帰る時は罰とかにしなくても、鞄入れてくるくせに。

 

 「今日の練習はどこでやってたの?」

 

 「中庭でやってました」

 

 「高坂と一緒に?」

 

 「いや、高坂とは別で。近いと邪魔かなと思ったんで、少し離れたところで吹いてました」

 

 「ふーん。そうなんだ」

 

 全然興味なさそうなんだよなあ。今の質問、必要あった?

 

 「オーディションまだまだ先だけど、うちのパートからは誰が選ばれるかしらね?」

 

 「さあ。そんなの滝先生のみぞ知るって話でしょ?」

 

 「今年の課題曲、トランペットパート難しいからなあ。ソロは聞いた瞬間、誰が吹けるのよって思ったくらいだけど、他の演奏部分もまあハードルが高いわ」

 

 「そうですね。トランペット以外も大変そうですね。オーボエとユーフォのソロとかも目立つし」

 

 「それに木管も、体力勝負ってくらいずっと吹いてるみたい。譜面見せて貰って、ビックリしちゃった」

 

 「音が揃わないと全体的にふわっとしそうですし、曲選びが滝先生らしいですよね」

 

 「あはは。そうだね。意地悪」

 

 あの先生は全国にまで行くためには、このレベルが吹けないと行けないことを知っている。だって、そうじゃなくちゃこんなに難易度が高い曲を吹かせようとするはずがない。はっきり言って、今この曲は俺たちの実力には到底見合った曲ではないことが明白だ。

そいや、さっき高坂と似たような話をしたな。

 

 「優子先輩はオーディションで選ばれる自信ありますか?」

 

 「うーん。自信があるかと言われるとなんとも言えないわね」

 

 「へえ。なんかもっとここはバッサリ、絶対選ばれるみたいに言うと思ってました」

 

 「そんな自信あるわけじゃないわよ。トランペットパートは経験者が多くて、競争も激しいだろうし。だけど、絶対に出たい」

 

 ああ。自信家ではないけれど、勝ち気なところがとても優子先輩らしい。

 勿論、勝ち気な性格だけでなくて、トランペットの技術的に見てもだが、優子先輩は必ずコンクールメンバーに選ばれる。その予想はきっと間違ってないはずだ。

 

 「でもね、比企谷。私はあんたにも出て欲しいなって。上手いのに勿体ないじゃない」

 

 「そんなことないですから。それにさっき高坂にも話したんですけど、俺は先輩が優先して出場するべきって考え方ですよ。それで部活の雰囲気が悪くなるくらいならね」

 

 「うわ。そんな他人を気遣うことできたのね」

 

 「失礼な。むしろ俺より気遣って生活してるやつ早々いないですから。教室でも話すことはおろか、いるだけで『あ、待って。ほら、そこに座ってるそいつ。聞いてるかも知れないからあっちで話そう』って事がないように極力教室にいないようにしてます」

 

 「なにそれ。悲しいんだけど」

 

 「気遣いって嫌ですよね。気遣いして見返りは求めないのに、気遣いしないと仕返しは返って来るとか、ほんと理不尽」

 

 「……ねえ。さっきもさ、そうやって訳わかんないこと言ってはぐらかしたけど、中学の時の話、ちゃんと教えてよ」

 

 「いや、だからさっき言ったとおりですって」

 

 「私、どうしても納得いかないの。なんか上手く説明できないんだけど、初めて聞いた時からあんたの演奏って……」

 

 「おーい!二人とも待って!」


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