やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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 あの日の帰りの優子先輩の視線が忘れられない。

 あの瞳を見ると、どうしても思い出してしまうのだ。

 

 『私たち、頑張ったのにね』

 『うん。高校行っても一緒にやってさ。次こそは千葉突破しよ…!』

 『あーあ。やっぱりダメだったかあ』

 『でもま、しょうがないべ』

 

 笑っている奴。諦めていた奴。

 誰かの譜面が床に落ちた。バサリという音と共に開いたページ。

 

 『突破したら、また告白しようネ!』

 『終わったらいーっぱい遊ぼ』

 

 余白に余すことなく書かれているメッセージ。演奏についてのことはどこにも書いていない。

 中学生三年生の最後のコンクール。あんなに練習にやる気がなかった同級生達。客観的に考えて、初めから無理だって分かってた。

 それなのに。

 

 『……うっ……三年間、頑張っていて良かった。だけど、悔しいなあ……負けるのって、悔しい……』

 

 そんな中で泣いている奴がいた。悔しいと、頑張っていたのだと。

 それならば。

 

 『……』

 

 ……いや、その考えはもう捨てたのだ。俺はちゃんと納得している。コンクールに出なくたって、合奏をしなくたって、俺はトランペットが吹けるだけで良い。

 そのはずなのに俺は今でも涙を流していたり、泣きそうになっている女子を見ると思い出してしまうのはこの光景ばかりだ。

 

 「お兄ちゃん。学校遅れちゃうよー」

 

 「……おーう」

 

 そんな何かもやもやしたものを抱えたまま、今日もコンクールに向けた練習をするために学校に行く土曜日。明日は試験前と言うこともあり、久しぶりの日曜日休みだ。

 

 

 

 「頼む。比企谷」

 

 「絶対に嫌だ。断る」

 

 目の前には頭を下げる塚本。

 

 「今回の成績が悪いと母さんに塾通わされるんだ」

 

 「知らん。折角の日曜日休みを妹以外の誰かと過ごすなんて考えられん。明日は小町と二人でお家デートする」

 

 「くっ、シスコン。じゃあ比企谷の家で勉強するってのは……」

 

 「お前ぶっ殺すぞ。なんでオンリーワンかつナンバーワンの小町をどこの馬の骨かもわかんねえ男に会わせなくちゃいけねえんだよ。挙げ句の果てに、小町が作ってくれる昼飯までご馳走される気だと?身の程をわきまえろ」

 

 「そこまで言ってないんだけど……」

 

 くそぉ、無理かぁ。弱々しく呟いて、塚本は肩を落とした。

 事の発端は休憩中にマウスピースを洗っていると、塚本が隣に来たのが原因だったのだろうか。試験が近い話をしていて、進学コースだからあんま不安なんてないだろうななんて言われて、中間試験の国語の成績が学年トップだった話をしてしまって。

 やはり自分の成績なんて自慢するものじゃない。まあそもそも聞かれたから答えただけで、自慢したつもりなんてほとんどなかったんだけど。俺が自慢できるのは千葉県民だったことと、妹に小町がいることだけだ。

 

 「とにかく絶対に嫌だからな」

 

 「あれ、比企谷君と塚本君。何の話をしてるんですか?」

 

 「お、川島」

 

 塚本と話していると、手を洗いに来た川島とエンカウントした。よく見たら川島の手は絆創膏が貼ってある。オーディションが近付いてきたため、練習に身が入っているのだろうか。それにしても塚本は川島と知り合いだったのか。

 

 「明日部活休みだろ?期末テストの勉強誘ったんだよ」

 

 「いいですね。なんか高校生って感じです!」

 

 「でも比企谷に断られちゃってさ。比企谷、国語の成績学年一位なんだってよ。知ってた?」

 

 「えぇー!そうなんですか!?」

 

 「……まあうん」

 

 川島からのきらきらした視線が痛い!じょ、浄化される!いや、霊じゃねえし!

 

 「川島は確か聖女だったよな?じゃあ結構成績良いよなあ」

 

 「いえ、そんなことないですよ。比企谷君とか高坂さんみたいに進学クラスじゃないですし。でも真ん中よりは上ですね」

 

 「そっかあ……」

 

 「みどりは英語なら教えられます。一緒に勉強しますか?」

 

 「え、いいの?」

 

 「はい!三人で次の試験は上位に入りましょう!」

 

 ぐっと腕を上げて宣言する川島。腕を伸ばしても身長が高い塚本の頭の辺りまでしかないのが非常にキュート。

 ……ん?三人で?

 

 「まじか。恩に着る」

 

 「いやちょっと待て、俺は……」

 

 「あ、でもでも、葉月ちゃんと久美子ちゃんにも声かけて良いですか?こういうのは大人数でやった方が楽しいです」

 

 「久美子誘うのか。来るかな?」

 

 「とりあえず声かけてみますね」

 

 「あの、話聞いてくれない?昔のこと思い出しちゃうから……」

 

 久美子って誰だよ?元おニャン子クラブの山本スーザン久美子? セーラー服脱がせちゃうの?川島の。

 つうか、塚本こっち見てニヤニヤしてんじゃねえよ。なんか川島に流されて行かなくちゃいけないみたいになったの気付いてるんだろ。

 だけど、ここで断ってしまって川島の悲しむ顔は見たくない。それに、頭をちらつくのは小町。

 

 『え、お兄ちゃん出かけるの?いってらっしゃーい。あと帰りアイス買ってきて。パピコ』

 

 ダメだ。俺がいなくて悲しむ小町を想像できない…。

 

 「場所はどうするか?」

 

 「あ、みどりの家でみんな勉強します?ママがおやつ作ってくれますよ?」

 

 「いや、家はちょっと……」

 

 顔を赤くして照れている塚本。多分俺も同じような顔をしているだろう。

 全くもって不思議なのだが、世の男子はインテリアには一切興味なんてないのに、『女子の部屋』と言われると途端に頭の回転が藤井四段に引けを取らないくらい早くなり、妄想が止まらなくなる生き物なのである。正に理想と現実の狭間。それが『女子の部屋』なのだ。

 ナチュラル系のインテリアで仕上がってて、ちょっとアロマが香ってたりとか。あ、でもそれじゃちょっと大学生みたいだな。川島っぽいって言うと、ピンクのカーテンとかピンクの枕みたいな、女子の可愛いを詰め込んだ部屋っぽいよなあ。それかもしくはちょっと机の上とかがごちゃごちゃしてたり、食べかけのクッキーとか猫のマグカップとか何となくジブリ感が合ったりするのもいいかも。

 でもだからこそ、男は妄想の世界である女子の部屋を裏切られたくないのである。大学生になって男子大学生が女子大生の部屋に行くよりも、女子大生が男子大学生の家に行くことが多いのはきっとそれが原因。


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