やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「あ、比企谷。こっちこっち!」
手を大きく振って俺を呼んでいるのは加藤だ。その隣には加藤ほどではないが、笑顔で手を振っている川島がいる。
「……うす」
「おう、比企谷。何か食べてきた?」
「いや、何も食ってねえよ」
「そっか。じゃあ好きなもの頼んでくれ。今日は俺奢るから」
マジか。めっちゃ良い奴じゃん、塚本。
塚本の隣に座るとメニューを渡された。ミラノ風ドリア、たらこソースシシリー風にマルゲリータピザ。良かった。こっちに来て色んなものが変わってしまったが、サイゼリアは京都でも変わらない。千葉にいた頃から大好きだったのがもっと好きになった。
「よっしゃ。それじゃ全員揃ったし、早速やりますか。勉強!」
加藤の一言におー、と元気よく声を上げる川島。俺と塚本は正面の席に座る二人を見ているだけでこのテンションにはついていけない。
つか勉強って一人でやるものでしょ?俺のこと待ってる必要性あった?
まあそれ言ったらそもそも俺今日なんで来たのって話なんだけど。
「ところで今日は結局、久美子は来ないのか?」
「うん。久美子、今日は家の用事があるんだって言ってたよ」
あぶねー。勉強会なるものに呼ばれたのも初めてで、それだけで一杯一杯なのに、全く話したことない奴まで来るとか緊張し過ぎてトイレ籠もってたわ。ずっと同じトイレに籠もってると怒られるから場所変えて、サイゼが入ってるこの施設のトイレを制覇してたまである。
ところで、パワーポイントで次のテストの傾向の予測と対策とか作ってきてないけど大丈夫だよね?社会人の会議の発表は準備のパワポで八割決まるらしいけど……。
「俺は国語がやばいんだけど、他のみんなは何か苦手科目とかあるのか?」
「うーん。みどりは苦手科目とか特にないですね。英語がちょっと他の科目より良いくらいで、万遍ないって感じです」
「私は万遍なく全部苦手かなー」
「いや、それダメじゃん。比企谷は?」
「俺は数学が前回の中間試験で赤点だった」
「おぉ。私と一緒だ」
「でも比企谷君は国語の成績は学年トップなんですよ」
「うそ!すご!……でも国語の成績が良くても数学の成績が悪かったら結果的にはあんまり良くないんじゃ……」
「いいんだよ。テレビに良く出てる今でしょの先生だって、個性を伸ばせって言ってたし。それに少しくらい欠点がある方が人間らしいだろうが」
どれだけ死んだ魚みたいな目をしてると言われようが、ゾンビみたいな顔だとか、比企谷菌とか言われても俺は完璧じゃない。そのことが俺は人間であると証明している!
「うーん。まあいいや!比企谷君に国語教えて貰ったら私も次は赤点回避できるよね!」
「それは葉月ちゃん次第ですよぉ。葉月ちゃんはやればできる子なんですから、ちゃんと勉強しましょうね」
「うぅー。わかったよ。でもさ、折角久しぶりに部活がないと思ったら勉強なんて勿体ないよね」
「もう。言った側から……。みどりは中学生の頃から基本的に学校が休みの日も練習がありましたから、たまにある休みを遊びたいって気持ちは分かりますけど」
「でしょでしょ?定期試験が近いから勉強なんてあんまりだー」
「でも滝先生が顧問になってから本当に忙しいからな。きっと試験終わった後に配られる夏休みの予定も練習ばっかりだろ」
「考えたくないよぉー」
「みどりは練習できるの嬉しいですよ?」
「それはみどりだからだよ。部員の皆でぱーっとボーリング大会とかやりたいなあ」
「送別会とか学校で部活動の一環としてならともかく、吹奏楽部って人数多いからどうせ集まらないし、あんまりみんなで遊ぼうっていうのはないけどな」
「え?そうなの?」
「そうそう。それに人数が多いからそもそも把握されてないって事もあったりな。ソースは俺。『この後の打ち上げに参加する人は、黒板に貼ってある名簿の自分の名前の横に丸書いてー』って言うからたまにはカラオケでも何でも行ってやろうかと思ったら名前がなかったし、挙げ句の果てに悲しさと勇気振り絞って名前ないですって言ったら、軽く謝られて『卑忌谷』って間違った漢字書かれた」
「いや、そんなことはめったにないと思うけど……」
「なんかあいつの名前、見た目通り呪われてるみたいだよねウケる。って誰かが言ってるの聞いて心折れたんだよなあ…」
「辛いー…」
あれ何この空気。何かしんみりしちゃってるんだけど。
渾身の自虐ネタを出してこの空気になるとすげえ辛いんだな。心が痛む。優子先輩なら結構笑ってくれるから、この場でもいけると思った俺が間違っていた。
「と、とにかく吹奏楽部は人間関係にはドライって事だ」
「まあ確かにそうと言えばそうだけど……」
「なんか比企谷君のは少し違います……」
「べ、勉強始めようか……」
勉強を始めてから一時間程が経過した。ちょくちょく話しながら、それぞれ苦手な科目を勉強している。
勉強会は思ったよりも良いものだ。何が良いって、勉強の効率自体は一人でやっている方がいいに決まっているのだが、好きな飲み物を好きなタイミングで飲めるという点は最高。
机の上には教科書と筆箱、ドリンク用のカップに空になったガムシロップの残骸が複数。結論としては一人でサイゼリアで勉強するのが理想か。
「うーん。ダメだぁ。物語はまだできるんだけど、論文はさっぱりだよ。何かいてあるのか意味がわかんない」
「あー。俺もそれは凄い分かる。言い回しが面倒で読むのも疲れるしなあ」
机にぐでーっと身体を倒した加藤に塚本が賛同する。
「高校に入ってからどんどん内容が難しくなってくし。今回の問題の何だっけ……カインズホームの忘却曲線だっけ?」
「エビングハウスな」
ホームセンターが何忘れちゃうんだよ。スタックボックスキャリコのCM?元から知らないとか言うな。意外と休日にカインズ行くの楽しいんだぞ。
「そうそれそれ。何言ってるのか全然わかんないよ。比企谷教えてよ」
「………」
「うわ、本当に面倒臭そう」
「ここまで勉強教えてって頼まれて、露骨に嫌そうな顔できる人初めて見ました」
自分が伝えたいことはしっかりと顔に出した方が良い。頼まれ事を口に出して断れば反感を買うし、嫌そうにしていればそもそも頼まれることもない。オーラで断る。ぼっちの必須スキルだったりする。
「えーいいじゃーん。ドリンクバー持ってくるからー」
「俺もこの論文の問題で、一つわかんないとこあるんだけど」
「……黙々と勉強を始める比企谷」
「何、そのバラエティのテロップみたいなの?いいじゃんいいじゃーん!こういう時は協力が大事でしょー!」