やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「はあ。ったく、しょうがねえな。そもそもさっき物語は解きやすいって言ってたけど、なんで物語は得意なんだよ?」
「それはほら。何か感情移入できるし」
「そうか?走れメロスとか主人公最低だろ?」
「なんで?友達のために走った良い奴じゃん」
「違うんだよな。あれは自分の妹の結婚式を見たいっていう個人的な欲のために、友人を担保に掛けたから走っただけなんだよ」
「視点がひどくね?」
「いや。教科書に載ってる文豪って変人多いんだぞ。メロスを書いた太宰治だって、この話を書いた背景には借金の担保に友人を置いていって、自分はその間別の友達と将棋して遊んでたって話があるんだから。メロスはそれを美化した話」
「え!そうなの!?」
「そう考えると意外と物語って感情移入できないだろ?むしろ論文の方がよっぽど自分のこと当てはめて考えやすい」
「うーん。例えば今回のエビングハウスの忘却曲線なら、自分がどうやったら英単語を効率的に覚えられるか、それを試してみるみたいなことですか?」
「いやちげえ。どうして俺は毎日会ってるクラスメイトに忘れられるのか考える」
「え、えぇ…?」
「エビングハウスの忘却曲線は人間が学んだことの定着する割合と時間の関係をグラフ化することができるって話だ。人の海馬は新しい情報を入れるために、必要ないと判断した記憶は忘れるようになっているが、必要なタイミングで復習することでどんどん忘れるスピードを緩やかにすることが出来る。要約すると、この論文の内容はこうだ」
「なるほど」
「じゃあ俺はなぜ、中学生の頃クラスメイトに認識されてなかったのか。俺のことを必要ないと判断してのことだったのか、それとも復習していなかった、つまり存在が認識されていなかったからなのか」
「きゅ、急にわからなくなった…」
「もう、比企谷君!ダメです!」
川島が俺の手をぎゅぎゅーっと掴む。思わず川島の方を見ると、川島は少し怒ったように真っ直ぐ俺のことを見ていた。
「お、おおう。な、何?」
「そうやって自分のことを卑下したらダメです」
「でも事実だし…」
「ネガティブなことばっか考えてると、マイナスなことばっかり起こっちゃうってママが言ってました。誰かに忘れられたり、嫌なことがあっても明るく過ごしましょう。笑う門には福が来るのです!」
「うわでた。そういう……」
「比企谷君!」
「……わ、わかった。わかったから、この手を離して!」
恥ずかしいから!こういうの恥ずかしいから!
ぱっと手を離せば、川島は両手をぐっと自分の顔の前で組んでいる。頑張れのサイン。可愛い、天使か。
「川島って意外と熱血系なのか?」
「うん。塚本はあんま絡んだことなくて知らなかったかもしれないけど、中学生の頃から厳しい部活いたからなのかな。可愛い見た目してこんななんだよ」
「ふーん。あ、加藤この問題間違えてるぞ」
「え?あ、本当だ。……あ」
「!わ、悪い!」
「う、ううん!私の方こそごめん!」
「…なんかあれですね。よく少女マンガで見ますよね。こういうシチュエーション!」
「ちょ、ちょっとみどり!やめてよー!」
「あはは。葉月ちゃんも塚本君も顔真っ赤ですよ?」
「もう!」
加藤が机の上の消しゴムを取ろうとしたところに、気を遣って消しゴムを取ってあげようとしていたらしい塚本の手が重なった。
なんだこいつら。何、俺が川島に見惚れている間にいちゃいちゃイベント起こしてんだ。リア充爆発しろ。いっそ俺が爆発したいまである。
「ちっ」
「いや、さっき比企谷も川島と手握ってたから」
「そ、そう言えば!三人とも中学生の時から吹奏楽部だったんだよね。さっき勉強始める前に、吹奏楽部はみんなで何かしようって機会が少ないって話してたけど他にもあるの?吹奏楽部あるあるみたいなの」
加藤がニヤニヤしてる川島と目線を合わせないようにしながら話を逸らした。
隣で塚本が安心したように息を吐く。そういや楽器運搬のとき加藤が塚本に荷物運んで貰って、ぽーっと見てたことあったよな。塚本は気がついてなさそうだったけど、これから先もしかして本当に何かあるかもしれない。くそ。某アイドルグループみたいに部活も恋愛禁止にしたい。
「そうだな。また人間関係だけど、女子が多いからもめ事が多いってイメージはあるかな」
「あー、それは何かわかるかも。塚本の中学校でもやっぱりそういうのあったって久美子からもちょっと聞いたよ」
「そうそう。内輪モメとか超多いよな。まあ俺は内輪にいないから関係な…いや、これはセーフ。自虐じゃない」
「いーえアウトです。比企谷君…」
「…す、すみません。……こういうの優子先輩は結構笑うんだけどな」
「…それはそれで酷いけどな…。でも比企谷って結構優子先輩と仲良いよな。合奏の時とか、正面にいるトランペットパート見てるとちょくちょく話してるの見る」
「ほうほう。みどり、気になります」
「いや、それキャラ違うから。……何言ってるかわかんないですよね、すいません。帰りが同じ方向だから、たまに帰り一緒なんだよ。でも笑ってるって話だと高坂もクスクス笑ってるぞ。しかもあれは他人の不幸を喜んでる笑い方だ」
「うーん。私はそんなことないと思うけど。塚本って高坂さんと同じ中学だったんだよね?高坂さんってそんな人?」
「あんま話したことないんだよなあ。だからわからないけど、加藤の言う通りあんまそうやって笑う奴じゃなさそうだよな。そう言えばさ、高坂大丈夫なの?」
「大丈夫って何が?」
「オーディションでソロ狙ってるの、先輩達からあまり良く思われてなくて浮いてるって聞いたけど」
塚本の情報に正面に座る加藤と川島が驚いた。塚本が意外と部内の情報を知っているのはなぜなんだろう。トロンボーンパートには文春の記者でもいるのだろうか。