やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「まあ前から一人で練習してたから、行動自体は実際のところほとんど変わってないけどな」

 

「それって今は、先輩達に輪に加えてもらえなくなっちゃったって事?」

 

「…いや、そんなことねえよ。中世古先輩がパートの皆に、いじめるのとか無視とかは辞めるように言ってたからな」

 

「そ、そっか。やっぱり中世古先輩は優しいね」

 

「……その中世古先輩が言ったのが問題なんだけどな」

 

「え?どういうこと?」

 

「何でもねえよ」

 

おとぎ話によく出てくる、民衆に愛される王様。国と民のためにその命までもを尽くし、幸福を求め続ける。民衆はそんな優しい王に王であり続けていて欲しいと願う。それはきっと当然だ。故に民衆の中にそう思わないものがいたとしたら、その者に対しては排他的になる。なぜ王をその座から降ろそうとするのかと、それもまた民衆が当然に抱く疑問なのだろう。

しかし王の失落を狙う民衆がいたとしても構わない。人はそれぞれ違う考えを持っているから仕方のないことだと認めて、排他的にするのは辞めようと王が言ったとして、果たして民衆はわかりました、と素直に納得できるだろうか。

 

「…なんとなくみどりは分かります。中学生の頃、似たようなことありました」

 

「まあ、こんなこと考えても仕方ねえよ。どうなるのかなんてわからないしな」

 

「そうだな。俺たちはまず自分たちのオーディションに集中しないと。トロンボーンも争い激しいだろうし。みんなでオーディション、受かったら良いな」

 

どこかお気楽にも聞こえる塚本の言葉に、俺は素直に頷くことはできなかった。

中世古先輩はトランペットパートだけに収まらず、その美貌と優しさから部内全体に影響が強い。以前優子先輩が言っていたが、中世古先輩の一つ上の先輩との件があったから二年生には特に。

そしてあと二人。トランペットパートには部内全体に影響力がある人がいる。

純粋に実力があり、どこか一目置かれている高坂麗奈。そして、見た目のかわいらしさもあるだろうが、それ以上に圧倒的な存在感の強さ。どこか人を寄せ付けるカリスマ性がある優子先輩だ。

実際の所本人はどう思っているのかは分からないが、中世古先輩は後輩がソロを吹こうとしていることを良しとしている。優子先輩はそうは思っていない。しかし中世古先輩にはこれを理由に何かをするのは辞めて欲しいと言われている。高坂は中世古先輩よりオーディションで上回ってソロを勝ち取りたい。

影響力のある三人の三つ巴。どこか不安要素を抱えたまま、俺たちはオーディションに少しずつ近付いていく。

テストが終われば、オーディションはすぐだ。

 

 

 

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

合奏練習を終えて、教室から出て行く部員達。それにしても今日の練習の終わりの方で、滝先生にズボンのファスナーが開いていると注意された田邊先輩は面白かった。

すげえ開けたままにしちゃうのはわかるんだよな。むしろ無意識すぎて、ファスナーが勝手に開いたんじゃないかって思うまである。女子には絶対に分からない、男の子だけの秘密の話。……何これ、きもい。

譜面を見ながら滝先生に指摘された部分を確認していると、隣にいる高坂がソロパート部分を吹き始めた。多分、俺と同じで、滝先生に言われたことで気になったことがあったのだろう。だが、部員が少しずつ教室から出て行っているとは言え、あまり大勢の前でソロパートの練習をするのはイメージが良くない。そういうことを気にしないのが高坂らしいけど。

 

「高坂さーん」

 

ほら、言わんこっちゃない。いや言ってないんだけど。思ってただけなんだけど。

教室の出口付近から優子先輩が高坂を呼ぶ。その声音と視線は、やはり他の人と話すときとは違って冷たい。

 

「はい」

 

「練習終わりよ。片付けて」

 

「わかりました」

 

今のパート内の雰囲気、胃がキリキリしてくるんだよな。ここはキリキリキビキビ撤退すべし。

高坂が片付けているのを横目に立ち上がる。出口に向かうと、むすっとした優子先輩とそれを見て微笑んでいる中世古先輩の話し声が聞こえてきた。

 

「ほら。高坂さん、素直じゃない」

 

「……そうですね」

 

「あっ」

 

「?どうしたんですか、香織先輩?」

 

「ごめん、やっぱり先に帰ってて!」

 

「え、えぇー!う、うぅぅ…」

 

小笠原先輩の後を急いで追いかけていく中世古先輩。何かあったのだろうか。とりあえず明らかに頬を膨らませて、やるせない怒りと悲しみを抱えているこのデカリボン先輩を置いていくのは辞めて欲しい。

そして出来れば、目が合いたくなかった。どうして普段教室では、クラスメイトと目が合わないどころか見ようとさえされないのに、こういうときに限ってこうなるんですかね…。

 

「比企谷…。気持ち悪いわね…」

 

「おい、喧嘩売ってんのか」

 

「ああ、ごめんごめん。違くって。雨が降りそうになって窓も開けてなかったから、湿気ているじゃない。それにこの曇り空。はぁーあー、陰鬱ね」

 

「そっちですか。次から開口一番でそういうこと言うのはやめて下さいね。危うく自殺するところだった」

 

「普段ならあんたのメンタルは豆腐かって言うところだけど、今は気持ちが分かるわ。この世界って残酷ね…」

 

「ただ先輩と帰れなかっただけなのに大げさなんだよなあ…」

 

その台詞は巨人と戦う104期生最強のアッカーマンさんが言うからかっこいいんだよ。ただ、今優子先輩から俺に向けられているジト目は、大好きなイェーガーと作中1の美女である天使がいちゃいちゃ談笑してるときに、アッカーマンが向ける人を殺すレベルの冷たい目線と同じ。シンプルに謝ろう。ごめんなさいしよう。

 


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