やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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小町と一緒に行く約束をした県祭り。宇治の古風で、どこかゆったりとした雰囲気の町並みの中にも、規則的に吊り下げられた提灯や法被を着た男達が祭りの準備をしている姿などは、じっとりとした夏の暑さと共に少しずつ祭りの日が近付いているんだなと実感させた。

普段はリア充共がわきゃわきゃするだけのクソイベなんて、ただ家に帰っていつも通り部屋に籠もってゴロゴロしながら本読んで、ゴロゴロしながらゲームして、ゴロゴロするだけの一日だが今回は小町がいる。行くことを渋ってはいたものの、行くと決めたら中々楽しみなものだ。小町とのデートが。

県祭りは小町の話していた通り、宇治に住む地元の人にとっては日常から離れる一時として愛されているイベントのようで、どこか浮ついた雰囲気が端々から感じられる。

例えばこんな会話。

 

「香織先輩!あの、もし良かったら県祭り…」

 

「ごめん。あすかと晴香と一緒に行こうって言ってて」

 

「ええぇぇぇ!」

 

優子先輩、玉砕。なんだか最近、優子先輩が断られるところばかり見ている気がして、少しいたたまれない。

悲しそうにしている優子先輩の後ろを素知らぬ顔で歩いていた中川先輩が一言。

 

「邪魔だってさー」

 

「っ!うっさい!」

 

そのまま教室を出て行った中川先輩にぶつけるべき怒りはやり場を失い、泣きそうな顔でむーっと怒った表情をしている。きっと目尻を上げた視線の先には……え、俺?これは俺にありがちな見られてると思って挨拶しようとしたら、後ろの奴見てて笑われる的な勘違いか?いや、でも明らかに目があってるし…。本当に、俺が何をしたって言うんだ…。

とりあえず優子先輩の謎の視線を回避し、手に持ったトランペットを意味もなく見つめる。

 

「へー、みどりちゃん、妹さんと行くんだ」

 

「はい。毎年そうなんですー」

 

「へー。仲良いんだねー」

 

まじかよ。川島に妹いるとか知らなかったんだけど。自己紹介のときに一番自慢できるステータス持ってるとか、俺と一緒じゃん。運命感じちゃう。川島を祭りに誘って、ダブルデートしろっていう神様からのお告げなのか。いや、川島の場合は姉妹だから男女のセットで考えると、俺がハーレムのトリプルデート…。何この甘美な響き。

川島の妹の話をしている低音パートの一年組をじっと見つめているのは隣にいる高坂だ。

そう言えば高坂は誰かと一緒に県祭りに行くのだろうか。祭りとか特に興味なさそうだけど、こうして祭りの話をしている同級生達をどこか羨ましそうに見つめているのは誘いたい誰かがいたり、誘われたいという思いが少なからずあるのだろうか。

県祭りが近付いていることによるそわそわとした部内の様子は、ついこの間の一件を少しずつ風化させていこうとするようにも感じられた。

数日前、中世古先輩の予想していた通り、斎藤先輩は部活を辞めた。あまりにも突然に、しかし水面下では確かに辞める方向性へと傾いていた斎藤先輩の退部からは日が浅い。

 

『斎藤さん。ここのフレーズ、いつまでに吹けるようになりますか?』

 

滝先生の矛先がサックスパートに向いて一人ずつ演奏することになったとき、斎藤先輩は演奏せずに俯くだけだった。

それを吹けないのだと判断した滝先生の質問に変わらずに答えることなく長いこと俯いたままの斎藤先輩に、どうしたのだろうと部内がざわざわ喧噪に包ませる。その姿を見て、少しでも事情を知っている人は察したはずだ。

だから、やがて顔を上げた斎藤先輩の表情と発した言葉はあながち予想外ではなかった。

 

『…先生、部活辞めます』

 

表面上の理由は受験勉強が忙しいからという理由だが、きっとそれだけではない。

俺は関わったことがない先輩だったが、中世古先輩が放課後に話していた通り後輩達からの信頼があり尊敬もされていたようで、泣きながら辞めないでと懇願する後輩や止めている同級生がいた。

だが、結局辞めてしまった。その事実はちょうど斎藤先輩が部活を辞めた日の雨空のような陰鬱な空気を残し、ここ数日間は何となく集中が切れて悲壮感が蔓延した部活動だったと言えるだろう。祭りの訪れはそんな空気もどこかに吹き飛ばしていく。

 

「ねえ比企谷」

 

「ん?どした?」

 

他のパートのメンバーはたまたま誰もいないところを狙ったのだろうか。何となく聞きにくそうな雰囲気で高坂が話しかけてきた。

 

「塚本とたまに話してるよね?」

 

「ああ、うん。まあ」

 

「…塚本って、黄前さんと付き合ってるの?」

 

「え、何急に」

 

「同じ中学だったし、今も二人でアイコンタクトして教室出て行ったから」

 

ま、まさか。

高坂は、塚本の事が好きなのだろうか……。この時期にそんなこと気にするなんて、県祭りに誘おうとしてるとしか思えない。

そう言えばこの間勉強会したときも、加藤ちょくちょく塚本の方見ては顔赤くしてたし…。

こんな美少女にまで好かれるあいつの魅力は一体何なんだ。許せん。殺るしかないか。

 

「…あの、一応聞きたいんですけど。高坂って塚本の事…」

 

「勘違いしないで。別に塚本には興味ない」

 

いつもと変わらない無表情のまま、あまりに素っ気なく答える高坂。

 

「本当に興味ないから。この間滝先生のこと悪く言ってたし。むしろ中学生の時から思ってたけどなよなよしいというかハッキリしないというか、ああいうのって良くないと思う。男として」

 

「あ、そう」

 

そういえば以前同じ中学だと言っていた。あんまりにもズケズケ言うものだから、これは確かに違うと見切りをつけて良いだろう。ざまあみろ、塚本。

二人でマウスピースを持って水道へと向かう。

 

「じゃあなんで塚本の事?」

 

「………。ライバルだから?」

 

「何の?二人の共通点が思いつかねえんだけど」

 

「別に共通点なんてないからね。でも聞いてるのは敵の研究みたいな感じ」

 

「…相変わらずお前の言うことはよくわかんねえ」

 

「まあそんなこといいから教えてよ」

 

「うーん。黄前ってやつと話したことないし、二人の関係とかはよく分からん。ただ確かに仲良さそうだよな」

 

以前勉強会をしようと言ったときに塚本は久美子と下の名前で呼び捨てにしていたし、たまに話しているのも見かける。ただ思い返してみれば、塚本は加藤のことも川島のことも名字で呼んでいた。正直、あいつの恋愛事情なんてあんま興味ないけど一度疑問を持つと気になってくる。

高坂が扉を開いて廊下に出ると、なぜか急に立ち止まった。


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