やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「うおっ」

 

思わずぶつかりそうになって、何だよと声をかけようとしたが言葉には出さなかった。声が出る前に、高坂の異常なまでに白くて細い腕が誰かに捕まれていることに気がついたからだ。

 

「ごめん、私!この子と行くことにしてて!」

 

高坂の手を掴んだのは、ちょうど今話していた黄前だった。その黄前と向き合っているのも同じように噂していた塚本で、高坂の方を見て目を丸くしている。

 

「え、高坂と?」

 

「え…?……はっ!」

 

黄前が隣にいた高坂を見てのけぞった。何でそんな驚いているのだろう。まるで『たまたま引いたガチャで強キャラ出たんだけど、使い方に困るどうしよう』みたいな表情だけど。

 

「塚本」

 

固まっていた俺の後ろには加藤が立っていた。まるで俺のことは眼中にないように塚本のことを見ている。なんか存在を認識されないこの感じ、久しぶり…。

加藤の後ろには目をきらきらとさせた川島がなにやら応援をしている。

目の前には困った様子の塚本と黄前。そしてさっきまで話していた高坂。後ろには何か神妙な表情の加藤に、興奮している川島。

真ん中に挟まれて居場所に困っている俺を余所に、話は進んでいく。

 

「ちょっと話があるんだけどいい?」

 

「え。今、久美子と話してるんだけど」

 

「行ってきなよ!行ってきなよ、秀一」

 

「……行って良いのかよ?」

 

「……うん」

 

「……あっそ」

 

ぎゅっと高坂の腕を掴む黄前の手に力が入る。それに気がついたのは捕まれている高坂とどこに視線を向ければ良いかわからないけど、なんとなく自分は空気だと思ってそれに徹する方が良いことを察した俺だけだろう。

塚本は廊下の奥へと歩いて行った。加藤も走って付いていく。

黄前の手を見ながら冷静に考える。何これ。どういうこと。全く状況が読めない。

 

「高坂。これ、どういうことなんすかね…」

 

結局、高坂に聞いてみることにした。アリスにでもなった気分だよ。高坂に誘われるがままに付いていったら、全く意味が分からない不思議の世界の中に連れて行かれた。

 

「比企谷。さっきの質問、やっぱりもういいや」

 

「は、はあ…。あっそ…」

 

だが、俺にヒントをくれるはずの神出鬼没のチェシャ猫はどこにもいない。白ウサギは謎の世界に連れて行って、謎だけを残したまま何も語らない。

結局俺は最後まで何も意味が分からないまま、相変わらず無表情なのにどこか嬉しそうにも見える高坂の隣で呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

「では、本日の練習はこれまでにします」

 

「「「ありがとうございました」」」

 

夕暮れと共に今日の部活が終わると、せかせかと音楽室を出て行く部員に負けじと俺も慌てて教室を出た。いつも帰宅までの準備が早い俺だが、今日はいつもよりずっと早く。こういうとき挨拶をする人が少ないというのはメリットだ。

自転車を引いて校門を出て、自転車に乗って坂を下っていく。町の方はすでに祭りが始まっているようですれ違う人の中には浴衣を着て歩く人も珍しくない。

大急ぎで家に帰ると小町がすでに準備を終えて玄関で待っていた。

 

「お帰り、お兄ちゃん。ご飯にする?お風呂にする?それとも……お・ま・つ・り?」

 

「それ、もし俺がご飯って答えたらどうなんの?」

 

「それはいーっぱい出てる屋台の中から選んで食べるよ?」

 

「なるほど。じゃあ、お風呂は?」

 

「お風呂なら宇治川でスキュバってもらうしかないね。大丈夫!今日はお祭りだから、ちょっとくらい変なことしても見逃してもらえるよ!」

 

「結局三択のどれを選んでも祭りに行くのね。しかも、スキュバってもお風呂ってじゃねえし」

 

スキューバダイビングする、略してスキュバる。もう、小町ちゃん。また変な英単語作って!

 

「もう、そんなこと良いから、早く着替えてきて!小町、お腹空いたー」

 

「はいはい。わかったわかった。何食うか考えて待ってろ」

 

正直、腹を空かしているのは俺も同じだ。自転車を漕ぎながら何食べようか考えていて、絶対焼きそば食べるって決めた。

部屋に入り、すぐに制服を脱ぎ捨てて適当な私服に着替える。持ち物は財布だけでいいか。

 

「カー君はお土産何食べたいー?んー?」

 

廊下からは小町が暇潰しでかまくらにダル絡みをしている声が聞こえてきた。かまくらはきっと今頃、ぶすっと面倒くさそうな顔をしていることだろう。

 

「じゃがバタ?あんず飴?あ、もしかしてサイダーかな?」

 

食えない食えない。かまくらそれ食えないから。それ全部お前が食べたいもんだろ。かまくらの気持ちだけじゃなくて、ちょっとは俺の財布の気持ち考えてあげて。

かまくらの『なぁ…』という鳴き声は、『こいつ、頭大丈夫か…』という意味を孕んでいるようにも思えるが…。いや、それはないか。あいつも俺と父ちゃんと同じで小町に甘々だしな。

 

「シュワシュワの泡シュワシュ」

 

「え、何その曲。聞いたことないんだけど」

 

一分経ったかなくらいの時間で廊下に出ると、小町が謎にテンションの高い曲を歌っていた。

 

「サイダーの歌ー。小町が今カー君のために考えた」

 

「すげえなお前。なんか異常に小町にしっくりくるわ」

 

「え?どゆこと?」

 

「いや深い意味はねえんだけどさ。ともかく待たせたな。いこーぜ」

 

「はや。もう終わり?ちゃんと準備したの?お財布持った?折角のお祭りだし、ちょっとはオシャレに気を遣った?目、濁ってない?」

 

「おう、ばっち………いや目はいつも通りなんだけど。アンパンマンみたいに変えられるもんじゃないんだけど」

 

「まあいいや。それじゃいこいこ!れっつらー、ごー!」


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