やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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「県祭りがあるからさ、すっかりお祭り気分で考えないようにしてたけど、もうオーディションすぐね」

 

等間隔で並んでいる街灯を見ながらぼーっと歩いていると優子先輩が話を振ってきた。俺とは対照的に目線を下げて、自身が持っている袋の中を泳いでいる金魚を見つめている優子先輩。

夏の暑さには似合わない優子先輩の寂しげな表情と、真っ赤な金魚を包むゆらゆらと暗い夜を映し出している水。何気なく過ぎ去って行く夜の夏のワンカット。俺は上の空で空返事をした。

 

「葵先輩が辞めちゃって、私少し考えたの」

 

「何をですか?」

 

「改めてオーディションでメンバー選んじゃっていいのかなって」

 

「滝先生がそう決めたんだから、従うしかないじゃないですか?」

 

「それはそうだけど、納得してオーディションをするのかしないのかは違うじゃない?」

 

「まあそうだとして、結論は?」

 

「うん。結論は出なかった」

 

「……」

 

「葵先輩ってさ、私の代のみんなに慕われてたんだよね。香織先輩と同じで、去年私たちと先輩の間を取り持とうとしてくれてて。だから葵先輩が辞めた理由が受験勉強だけが理由じゃないってわかってる。今年から真面目にやろうなんて虫が良すぎるんじゃないかって。私もそう思ってたのよね。だけどさ、最近の皆は必死に練習してるじゃない?全国目指すってなあなあで決めちゃって、さっき比企谷が言ってた通り滝先生に言われるが儘に練習してただけなんだけど、それでも皆を見てると大切なのはきっと今なんだって。真面目に練習しようとしてた子達が辞めるのを止められなかったのは事実。だけど、こうして残った今はきちんと練習して本当に上手くなってコンクールで良い成績残そうって。それならより良い成績を残すためにオーディションでメンバーを選ぶのは仕方ないし、きっと正しいの。それでも…」

 

「オーディション形式になるなんて夢にも思わなかった先輩達がコンクールに出られないのは、みたいな?」

 

「…うん」

 

金魚は泳ぎ回る。同じ場所をぐるぐると。きっと今の優子先輩も同じなのだろう。同じ事を考え続けて結論は出せずにいる。

 

「比企谷はやっぱり今でも先輩達優先で出るべきだって思う?」

 

「…俺は……」

 

『先輩、私今年のコンクール出たいです』

 

『えー。でもあんたまだ一年でしょ?うちの部活、基本的に上級生優先で出場するんだけど』

 

『だって、コンクールでないんじゃモチべーション上がんないですよー。私、今年出れないんだったらもう部活辞めますから。部の友達に一緒にバンドやろうって誘われてるんです』

 

『そんなこと言われても…』

 

パートリーダーがちらりと俺を見る視線を感じた。ここで俺が出場したいと言えば、何かが変わったのかもしれない。

ただそれは結果論だ。俺は何も言わなかったし、このときに戻っても何も言うことなんてなかった。

実力よりも優先されるものがある。中学生の頃の俺はそのことを理解していた。納得したつもりでいた。

けれど。

 

『優子のこと支えてあげて』

 

『みんなでオーディション、受かったら良いな』

 

『私はあんたにも出て欲しいなって。上手いのに勿体ないじゃない』

 

加部先輩の言葉。塚本の言葉。優子先輩の言葉。

 

「俺は…」

 

「…わかんないわよね。でもね、私はちゃんと決めていることもある」

 

「なんですか?」

 

「確かに結論はでなくても、オーディションは絶対に受かりたいって。私、努力しているのに報われないのってやっぱり嫌だからさ。中学のとき結構頑張ってたのに、ダメだったの今でも悔しいし、今だってみんなそうだけど毎日毎日やる気出して練習してるのに、コンクールでダメだったっていう結果以前にオーディションにさえ受からないなんて悔しい」

 

「…さっきまで色々考えてたのに、急に感情的ですね」

 

「悪い?」

 

「いや、優子先輩らしいと思います」

 

「でも、比企谷もそれでいいと思う」

 

「え?」

 

「あんた、頭良いからきっと色々考えてると思う。だからさっきの質問の答えだって出ないのかもしれない。それでも一番大切なのは比企谷がどうしたいのかだよ。勿論、実力で落ちちゃうかも知れないけど、少なくともコンクールに出たいのに周りの誰かを気にする必要なんてない。だって比企谷もトランペットパートの一人で頑張ってる一人なんだから」

 

「……」

 

「いい?わかった?」

 

「はい」

 

「よろしい。はい、到着っと。ここ私の家」

 

「おー。……普通の一軒家」

 

「でしょ?普通に普通でしょ」

 

「はは。そうですね」

 

「ふふ。わざわざ送ってくれてありがとう。楽しかったわ」

 

「いえ。あの…」

 

「……私ももっとよく考えてちゃんと答え出すからさ、比企谷の結論もいつか聞かせてね」

 

「…はい」

 

「それじゃあ。また明日、部活で」

 

手を振りながら玄関に向かっていく。片手を上げることでそれに答えたが、優子先輩は玄関の扉に手をかけると振り返った。

 

「オーディション、絶対受かりましょ?」

 

「はい」

 

今度こそまたね、と別れの挨拶と共に家に入っていく優子先輩。

夏の夜がまだ少し風が吹いていて涼しくて良かった。色々と思うところについて考えようとしていた頭が少しだけクリアになる。思い返してみれば今日はボリュームが詰まった日だった。

 

「つっかれたなあ。色々」

 

突くように出た言葉とは裏腹に、俺の口角は少し上がっていた。

 


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