やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。 作:てにもつ
「ではこれより、オーディションを始めます」
「私たちが参加するA編成でのコンクールは一チームにつき最大五十五までしか参加することができません。つまり、ここにいる何名かは必ず落選してしまうことになります。皆さん、緊張していますか?」
「してまぁす……」
涙声の素直な意見に教室の張り詰めた空気が少し緩まった。滝先生も目を細めて笑っている。
「ですよね。ですがここにいる全員、コンクールに出るのに恥じない努力をしてきたと私は思っています。胸を張って、皆さんの今までの努力を見せて下さい。…では、始めます」
「「「よろしくお願いします!」」」
まず始めに行うのはホルンから。音楽室の外には椅子が並べられていて、先生に呼ばれた人がオーディションをしている間近い順番の人は座って待っていることとなる。
パート毎にいつもの練習する教室に集まれば、少しでも緊張を解そうと話しているパートもあれば、練習をしているパートもある。トランペットは完全に後者だった。
その理由はいつも会話の中心にいる中世古先輩が真面目に練習していることがあるだろう。それもあって全員が少し離れて自分が不安な部分を練習しているが、どこか殺伐とした空気とも言える。だが、そんな空気が気まずくはない。それだけみんな真剣なのだ。
そうして待っている時間は意外と短かった。
「すいません。今チューバの先輩達がやってるんですけど、次トランペットです」
がらがらと教室が開くと、立っていたのは加藤だった。加藤が俺に気がついて片手を上げる。軽く頭を下げてそれに応えた。
あんまり不安そうな顔をしていない。上手くいったのだろうか?
「一年生から順番で、まずは一年生の三人。その後に最初の人が終わったら、二年生を呼ぶようにとのことです」
「うん。わかった」
「それじゃ、行きますね」
吉沢の一言で俺と高坂も立ち上がる。高坂はフックに掛けていた指を一度話すと、トランペットを力強く見つめてそれから持ち上げた。
「あ。待って。三人とも」
「?なんですか?」
「うん。皆に言っておこうと思って。あのね、トランペットパートから選ばれるのが何人かわからないけど、全員が選ばれることは絶対にないと思うんだ。だけど私たちはライバルじゃなくて、同じ部活で同じパートになった仲間だよ。一年生の三人は入部してから不真面目な部活だと思って入部したら急に真面目に練習するようになって、大変だったけど今日まで付いてきてくれた。二年生は去年いろいろあったけどこうして残ってくれていて、三年生はこれが最後のコンクール。この中に誰一人として四月から真面目にやってこなかった人なんていない。私は全員が頑張ってきたこと、ちゃんと知ってるし分かってる。それは皆も同じでしょ?だから誰が選ばれても、言いあいっこなしで素直に応援してあげよう」
「香織先輩…」
「それとあと、もう一つ。皆、今日は全力で頑張ろうね!」
「「「はい」」」
優子先輩が中世古先輩に『香織せんぱぁい。好きですぅ』と良いながら抱きついた。それを見て皆が笑って、やっといつものトランペットパートらしくなった。
「おー、トランペットパート、なんかかっこいいかも…」
「かっこいいのは、パートじゃなくて中世古先輩だけどな」
「お、比企谷」
「どうだった?あんま不安そうな顔はしてないけど」
「うん。なんか緊張してあっという間だったよ。でも、自分の全力は出し切ってきたかなって」
「そっか。そりゃ何よりだ」
「うん。比企谷も頑張りなよ」
「ああ。まあぼちぼちな」
「はっきりしないなあ。そう言えば、オーディション終わったらまたこの前勉強会したメンバーで打ち上げしようよ」
「えー…」
「嫌そうだなー」
「……だってどうせ塚本目当てだろ?それなら俺いらなくね?あいついれば良くね?」
「……うわ。忘れよとしてるのに嫌なやつ……」
「え、なんて?良く聞こえなかったんだけど?」
「なんでもないよーだ、バーカ!」
「急に罵倒された…」
べーっと舌を出して走りながら、低音パートの教室に向かっていく加藤。だが、笑顔で最後に振り向いて。
「塚本も言ってたでしょ?皆でコンクール出れたらいいなって。私もそう思ってるから!頑張って!」
あいよ。その言葉を掛ける前に加藤は走り去ってしまった。
「ほら、比企谷。早く行かないと」
「ああ。行くか」
一年三人で歩いて音楽室に向かっているとふと思った。
そう言えば、俺たちが三人でいるの珍しい。もはや初めてじゃなかろうか。
低音パートの一年組なんてしょっちゅう一緒にいるのに、この差はなんだろう。俺は寡黙でクール。高坂はミステリアスで粛々としてる。吉沢は静かめだし、割とマイペース。それに対して低音は天使と運動部テンションのやつがいるからなこの差だな。今も音楽室に行くまで会話一切ねえし。
ただこうして冷静に考えると、俺たちって上級生達からしたらかなり絡みにくいんじゃなかろうか。別に構ってちゃんではないから、相手にされないならされないで別に良いんだけど。
「ねえ。楽器毎に学年は一年から順番って決まってるけど、学年が同じなら誰からでも良いって言ってたじゃん?どうする?」
「俺は別に何番でも」
「私も」
「じゃあさ、私最初でいい?」
「おう。じゃあ俺二番でいいや」
「良かったあ。私二人の後は嫌だったんだよね」
「別に何番に吹いたって変わんないでしょ?」
「変わるよー。待ってるときに聞こえる演奏でショック受けそうだもん」
トランペットパートに宛がわれた教室から音楽室まではそう遠くはない。あっという間に付いてしまえば、教室で中世古先輩の話を聞いたり、加藤と話していたからかもうチューバの最後の一人が終わったところだった。
「お疲れ様です」
「…うん。お疲れ」
県祭りでたまたま会ったときも思ったが、この先輩相変わらず大きいな。チューバだってかなり大きく重たいが軽々しく持っているようにさえ見える。
「…頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
俺たち三人に一言だけ残して、先輩は教室に戻っていった。
「それじゃ行ってきまーす」
「うん。頑張って」
「ありがと。…失礼します」
ちらりと中を見ればどうぞ、と笑っている滝先生と相変わらず眉間に皺を寄せている松本先生が見えた。