やはり俺の北宇治高校吹奏楽部の生活はまちがっている。   作:てにもつ

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ドアが閉まれば、残ったのは俺と高坂の二人だけだ。

 

「…さっきから力入ってるぞ?緊張してんのか?」

 

「さっきからって?」

 

「教室いて練習してるときから」

 

「そう?あんまり自覚なかった」

 

「あんま緊張することねえだろ」

 

「うん。別に緊張してるわけじゃないの。ただ気合い入ってるだけ」

 

高坂の真っ直ぐな瞳が俺を射貫く。しばらくお互い無言だったが、やがて高坂はふっと笑った。

 

「頑張るって約束したから」

 

「頑張るって誰と?」

 

……まさか、最近噂になってた……。

 

「か、彼氏?」

 

「………そんなようなもんかな」

 

「いや、そんなようなもんって」

 

「女の子だから、その子」

 

「……もしかしてお前って、その…百本くらいお花咲いてる的な?吹奏楽部に多いって聞くし」

 

「よくわかんないけど、多分比企谷が思ってるのとは違う。私好きな人いるし。あ、男性ね」

 

「え、まままマジで?めめめめっちゃ気になるんだけど」

 

「それはダメ。秘密」

 

いたずらに笑う高坂は確かに全く緊張してなさそうだ。気になる気になる。気になってオーディションなんてどうでも良くなってきた。いやそれは良くない。

 

「比企谷の方は?緊張してない?」

 

「おう。まあな」

 

「…もしかして、手を抜いて吹くつもり?」

 

「いや、怒ってんの?別にそんなつもりないけど」

 

「……それならいいけど。前に先輩優先で出た方が良いとか言ってたし。全国目指すって言ってるのに、まだそんなこと言って弱気だそうとしてるのかと思った」

 

「……」

 

「何、その無言」

 

「しょ、正直に言うとそう思わないって訳じゃないんですよね。今でもそう思ってる。むしろ高校になってその気持ちちょっと強くなった」

 

「ほら、やっぱり」

 

「それに全国目指すって言ってるけど、未だに全国に出れるとは思えない」

 

「……」

 

渡り廊下でソロの練習をしていた中世古先輩。三年生にとっては最後のコンクールでかける想いは俺なんかよりずっと強い。

中世古先輩が言っていたが、ちゃんと知っている。部員が練習する様子を見てきた。中学生の頃なんて見たこともないくらい真剣に俺たちは練習を重ねてきた。

それなら出場枠は譲るべきなのかも知れない。それに俺は吹けるならそれでいいと思っていたはず。

 

「…だけどまあ」

 

『オーディション、絶対受かりましょ』。そう言って振り返った優子先輩。

 

「…出たいからな、俺が」

 

「……それは誰かとの約束?」

 

「まあ、そんなようなもんかも」

 

「じゃあ受からないと。約束破るような男は最低だから」

 

「男のハードルたけえぞ。先生とか上司に怒られてるときなんて嘘吐いて、責任誰かになすりつけまくってっから」

 

「ふふ。前から言おうと思ってたんだけど、私、比企谷の捻くれてたり妙にリアリストっぽいこと言うの嫌いじゃない」

 

「そ、それはどうも」

 

音楽室の扉が開く。トランペットを持った吉沢の表情は入る前と全く変わらない。

あぶねえ。ちょうど俺の番が来て良かった。ドキッとしたわ。普通に。

 

「んじゃ、行くわ」

 

「頑張って」

 

「頑張れ。それじゃ私は二年生呼んでくるね」

 

「おう。失礼します」

 

「どうぞ」

 

手元にある紙にまだ何かを書いている滝先生と、やっぱり怖い松本先生の前にぽつんと置かれたいつもの椅子。座れば少しは緊張するかと思っていたが、全くそんなことなくて少し驚いた。

 

「さて、それでは比企谷君のオーディションを始めます」

 

 

 

「失礼しました」

 

オーディションは割と早く終わった。最初にいつから始めたのかなどの質問を受け、演奏は決められていた部分と、滝先生の指示で吹いた部分が二カ所で合計三カ所のみ。こういうのって早く終わるとすぐに見限られて終わった感あるんだけど、どうなのだろう。

 

「お疲れ様」

 

「おつかれー」

 

「お疲れ」

 

「それじゃ私行きますね。失礼します」

 

俺と入れ違いで入っていく高坂はいつも通り背筋が真っ直ぐ伸びて不安なんて一切感じられない。誰からも応援の言葉がなかったのは掛ける必要性がないと判断したからだろう。

俺たちが待っていた席には二年生がすでに待機していた。優子先輩と加部先輩と滝野先輩。入る順番に座っているのなら、次は優子先輩だ。

 

「お疲れ。良かったじゃない」

 

「そうですかね?すぐに終わりましたけど」

 

「まあ後は結果待つだけね」

 

「緊張してますか?」

 

「ちょっとだけ」

 

「……頑張ってください」

 

「うん。ありがと」

 

「……あ、あと加部先輩と滝野先輩も…」

 

「え、うん。ありがとう!」

 

「…おう。さんきゅー」

 

普段あまり絡まない後輩からの激励に、二人は驚いていたが素直に受け取ってくれた。

 

「なんか比企谷から言われると思ってなかったからビックリしちゃったよ」

 

「社交辞令で。一応」

 

「お前、それめっちゃ余計な一言…」

 

「あはは。ホントだよ」

 

「社交辞令とか言いつつ、照れすぎだしね」

 

ぱしっと足を叩かれる。

 

「ちょ、なんすか優子先輩?」

 

「せっかく応援するなら、ちゃんと目を合わせて言ったらもっと良かったんだけどね。でも二年生、頑張るから」

 

優子先輩の言葉に加部先輩が優子先輩の肩を組んで、滝野先輩はぐっと親指を上げた。

音楽室から聞こえてくる高坂の音は、相変わらず綺麗でこんな狭い場所に収まっていられるか、という様な感じさえする程力強い。

それでもここにいる先輩達が自信をなくさないで吹いて欲しい。

 

「んじゃ俺、教室戻りますから」

 

「うん。また後で」

 

さて、オーディションの結果はどうなるのだろう。教室に戻る足取りは決して軽い物ではない。それでも重くはなくて、何となくトランペットパートは中世古先輩の言っていた通り、誰が選ばれても上手くいくはず。少なくともこのときまではそう感じていた。

だが、ここは吹奏楽部。オーディションのメンバーで問題なんて起きないはずがないのに、楽観視して甘い考えに浸ってしまっていた。

結果発表。その瞬間から束の間の安寧は、崩壊へと動き出す。

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